「夢を見たんですよ」 後輩は言った。 理由はわからないが、この後輩が唐突に帝人に話しかけることはとてもよくあることだった。 今日の雨はひどかったですね、とか。 今年の夏は暑かったですね、とか。 宿題ってめんどくっさいですよね、とか。 他にもたくさんあった気がするけれど、あまりにもたくさんありすぎて過去に何を聞かれて自分が何を答えたのかを帝人はよく覚えていない。 これは別に帝人の記憶力が乏しいわけではなく、後輩の話しかける数が多すぎる所為だ。 と、誰に聞かれているわけでもないのに心の中で釈明してみる。 特に意味はない。 「せんぱーい、聞いてますかー」 後輩が言った。 どうやら、自分の耳は聴こえているけれど聞こえてはいないらしい。 馬耳東風とはまさにこういうこと。 右から左へさようなら。 だがしかし、それを許してくれる後輩ではなかった。 「せーんぱーい、おっそいますよー」 「・・・聞こえてるけど、その言葉は聞きたくなかったよ」 脅迫、ダメ、絶対。 そんな言葉を掲げる帝人など気にもせず、後輩は「聞こえてたんですか。あーあ、残念」などと不吉な言葉を発した。 というか、おそうってなんだ、おそうって。 押そう?推そう?圧そう?捺そう? 襲う、ではないと心から願いたい。 殴られるのは嫌だ。 痛い思いはしたくない。 「で、なんだって?」 「夢を見たんですってば」 「誰が」 「俺が」 「誰の」 「先輩の」 『誰が』のところで『俺の』と答えてくれれば揶揄しようもあったのに、何故そこで『先輩の』と答えてしまったんだろう。 ちなみに、この後輩が『先輩』というとき、その言葉は大抵の場合帝人のことを指す。 そして、今この空間には帝人と後輩しかいない。 ということは、つまり。 『先輩の』=『帝人の』という方程式の出来上がり。 そしてそれはつまり。 後輩が帝人の夢を見た、ということだ。 それが一体何なんだ。 帝人の頭の中に、小さなクエスチョンマークが浮かんだ。 「意味がわからないって顔してますねー、先輩」 「うん」 「まあ、つまりは俺が帝人先輩の夢を見たってことです」 「うん?」 語尾を上げて疑問を表した帝人に、後輩は、「まあ、聞いてくださいよ」と笑って言った。 後輩は語る。 昨日の夜、夢を見たんです。 青い青い海の中で、溺れる夢を見たんです。 でも、溺れているのに、息ができたんです。 不思議でしょう? でも、夢の中で俺は当たり前にその事実を受け入れてました。 俺はどんどんどんどん沈んでいきました。 最初は陽の光が入って視界が眩しかったんですけど、沈んでいくうちにどんどん暗くなっていきました。 しばらくすると、辺りが真っ暗になりました。 そこらへんにいっぱいグロい深海魚がいました。 でも、それもすぐにいなくなりました。 それからまた沈んでいって、今度は鮫に会いました。 今思えば、深海魚も住めないような深海に鮫が生きられるはずないんですけど、そこはまあ、夢ですからつっこまないでください。 鮫は何頭かいました。 正確な数字は覚えてません。 というか、鮫って何頭?それとも何尾? まあ、そんなことはまあどうでもよくて。 俺を喰おうとはしませんでした。 ただ、俺を見てました。 あ、鮫ってよく見ると結構愛嬌のある目をしてますよね。 あの歯が全てを台無しにしてますけど。 っと、話がそれました。 で、いつのまにかその鮫もいなくなって、また黒い海の中で俺は一人になりました。 こんなに深いんだから、もうそろそろ地面に足が着くんじゃないかなぁって思った瞬間、俺の足は硬いものの上にありました。 よくみるとそれは地面でした。 舗装されたばっかりのコンクリートみたいに平坦な地面でした。 もう沈まないんだなって思って、俺は地面の上を歩き始めました。 右か左か東か北か南か西か。 よくわかりませんけど、とりあえず俺は歩きました。 歩いて歩いて時々走って。 進んで進んで時々戻って。 別の方向に進んでみたりもして。 それで、気付いたら、いつのまにか辺りが真っ白になってたんです。 人間の目って確か暗順応だか明順応だか、そんな機能があったなぁ、っていきなりそんなことを思い出しました。 で、俺は人体って不思議だなって思いながら歩きました。 歩いてから何秒たったのか、何分たったのか、何時間たったのか。 俺は視線を彷徨わせて見ました。 そしたら、遠くのほうに黒いなにかが見えたんです。 俺は、走りました。 その黒いなにかに向かって、走りました。 今思うと、焦ってたんです。 その黒いなにかが消えるんじゃないかって思ったんです。 だから走りました。 あんなに走ったこと、現実でもそうそうなかったと思います。 そのおかげかはわかりませんけど、俺はどんどん黒いなにかに近づいていきました。 黒いなにかの形も見えてきて、俺はやっとそれが人だって気付きました。 流石に疲れて俺はちょっと立ち止まりました。 心臓がおもしろいくらいバクバクいってて思わず俺、笑っちゃったんです。 俺の笑い声が聞こえたのか、それともたまたまこっちを向きたい気分だったのか。 さっきまで黒いなにかだった人がこっちを見て、ちょっとだけ、笑ったんです。 で、そこで、目が覚めました。 「・・・・・・・・それのどこが僕の夢なの?」 「あ、ちなみにその黒いなにかだった人が帝人先輩でした」 「起きたあとに気付いたの?」 「起きるギリギリで気付きました」 「・・・・・何か、変な夢だね」 「そうですよねー」 「ちなみにそれが夢だって最初からわかってたの?」 「それが聞いてくださいよ先輩。 俺、マヌケなことに最後の最後まで気付かなかったんですよ」 「起きるまで?」 「帝人先輩が笑いかけてくれるまで」 「なんでそこで夢だって気付いたの?」 帝人の心の底からの疑問に、後輩は笑顔で答えた。 「だって、帝人先輩が俺に笑いかけてくれるなんてとんだ悪夢ですもん」 「・・・・・・・君ってかなり失礼な後輩だよね」 「今頃気付いたんですか?」 ゆめのネタばらし title 告別 20140731 |