さて、まずはこの状況を整理しようか。



なんて、僕は特に整理するほどの状況なんて初めから存在すらしていないというのに宣言してみる。
全くもって戯言だ。
そもそも僕のこの「戯言」というのは口癖みたいなものだ。
玖渚友が「うにー」とよくわからない鳴き声を上げるように、あの殺人鬼が「傑作」と笑うように。
僕が「戯言使い」と呼ばれる理由でもある。
その他にも「人間失敗」、「欠陥製品」、「切腹マゾ」、「人類最弱」、「無為式」など色々不名誉だったり言い得て妙だったりする呼び名があるけれど。

とは言いつつ、実際特定の人以外にあまり呼ばれなかったりするからこれも戯言だ。


「いーちゃーん」


そうこんな風に、「いーちゃん」とか「いの字」とか「師匠」とか「いっくん」とか「いーいー」とか。
なんともバリエーションに富んできているなとは最近思ったことだ。


「いーちゃんってば」


言い忘れていたけれど、僕は今まで人に自分から名を告げたことが一度しかないというのが唯一の自慢だ。
その所為なのか何なのか、時々自分の名前を忘れてしまうという意外な弊害が起こったりすることがある。
笑えない話だとしみじみ思ったり思わなかったり。


「ねえねえ、いーちゃんってばー」


その記憶力でよくあのER3システムに入れたものだとよく言われるけれども、僕はただ、あの組織の末席を汚していただけで、あそこに受かったのも運が良かっただけだと思っている。
そういえば、日本にも日本のER3システムと呼ばれる「神理楽(ルール)」と呼ばれる組織があったような気がしないでもない。


「ふーん。 僕様ちゃんを無視するなんていい度胸だね、いーちゃん」


日本も最近は危なくなってきた、とこのごろ本気で思う。
殺人鬼やら人類最強やらジグザグやら、物騒な世の中になったものだ。
いや、全員知り合いだけど。


「・・・・・いーちゃん、いくら僕様ちゃんだって、怒るときは怒るんだよ?」
「・・・・・あれ、友、いたのか」
「うっわー、僕様ちゃんの心は今ズッタズッタに引き裂かれたんだよー。 これでも普通の女の子より目立つのに」
「そりゃあ、そんな真っ青な髪してて目立たないわけないだろ」
「ふーん。 じゃあ、いーちゃんはわざと僕様ちゃんのことを無視していたと解釈していいんだね」
「いや、僕の口癖について考えてたら思考が飛ぶに飛んでしまっただけだよ」
「ふーん」
「興味なさそうだな」
「興味はあるよ。 あってあって売るほどにあるよ、売らないけどね。 だって、いーちゃんのことだし」
「そういえば友」
「なぁにー」
「友がいつも言ってる『うにー』って何なんだ?」
「ふふーん。 知りたい?知りたい?知りたい?知りたい?知りたい?知りたい?知りたい?」
「うん。まあ、それなりに」
「では、いーちゃんだけに特別に教えてあげよう」


玖渚が何だか不敵な笑みを浮かべている。
一体、何が来るんだ!?
次の言葉を期待して待つ僕に、玖渚はゆっくりと口を開いた。


「特に意味はないんだよッ!!」


パリーンどっしゃーんガラガラー。
例えるならこんな効果音が、僕の背後で鳴り響いた。
あんだけ引っ張っといて、それはないだろうそれは。
あまりの衝撃に僕は一度絶望しかけた。

いや、待て待つんだ僕。
もしかしたら聞き間違いかもしれない。
いや、きっとそうだ。
そうだ、と、思いたい。


「ごめん、友。 もう一度言ってもらってもいい?」
「だから、たいした意味は無いんだよー」


はい。僕の一縷の希望は今玖渚友によって屠られました。
さようなら、僕の希望。


「いーちゃん?! どしたのそんな世界の終わり直前みたいな顔してッ!!
普段表情筋の働きがほぼ停止しているといってもいいいーちゃんがッ!!
何があったのッ!?
僕がいーちゃんの発問に答えている間にいーちゃんの身にいったい何がッ!?」


おまえの所為だよおまえのと、僕は言わなかった。
というか、何気に失礼なことを言っている自覚はあるのだろうかこの娘は。


「何にもないから」
「絶対なんかあるね、ありまくるねッ!!」
「何にもないってば。 とりあえず落ち着け友」


というか、何で今日友はこんなにテンションが高いんだ。
いつもより三割増しははしゃいでいる気がする。


「うにー。 いーちゃん、僕様ちゃんお腹減ったー」


と、思った次の瞬間にこれか。


「お腹減った、お腹減った、お腹減ったー」
「あー、はいはい。 わかったから」
「わーい。 久しぶりのごはんー」


久しぶりってことはやっぱり何日か食ってなかったわけですか。
それでよく生きていられるなー、と今更不思議に思う。
ああ、でも食べるときには食べるからなー。
まあ、いいや。

とりあえず、僕は玖渚、そしてついでに僕のご飯を作るため冷蔵庫へ向かう。
問題は食料があるかないかだ。
後者の可能性が高いような気がぷんぷんする中で、僕は冷蔵庫を開けた。
そして、閉めた。

「友」
「なあにー」
「食い物は諦めろ」
「えーッ!!」


玖渚の声が部屋中に響く。
腹が減っていると言う割には元気がありあまってやしませんか、玖渚さん。


「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでーッ!!」
「冷蔵庫の中に食えるものがない」


賞味期限間近だとか、少し過ぎているだけであるだけなら僕だって、「まあ、大丈夫だろ」と思うけれど、流石に今回ばかりは危なかった。
これで料理はしたくない。
そう思って、僕は玖渚に諦めてもらおうとしたわけである。
僕のその思いを、玖渚が受け止めてくれるかどうかはわからないけれども。

玖渚友は言った。


「よし、買いに行こう。 いーちゃん」


うん。そうなると、思ってた。
冬が徐々に近づいてきた今日この頃、はっきり言ってあまり外出したくはないが、しかたない。


「じゃあ、行ってくるよ」
「うん。 ちょっと待ってて。 今準備するから」
「友も行くのか?」


驚愕。
用事があるとき以外はほとんど外にでない引きこもり、あの玖渚友が。
たかが、スーパーに行くだけ、という何も興味をそそらないイベントに自ら参加するなんて。
まあ、自分の家の食料だけれど。


「いーちゃんと〜おっ買いっもの〜」


それも何故か歌まで歌っていらっしゃる。
変なメロディだけれど。
なんか、楽しそうだな。


準備できたー、と玖渚の声がする。
もう玄関にいるらしい。
気が早いなあ、と思いながら、僕も玄関へ向かう。


外は案の定寒かった。
これでまだ冬ではないというのだから驚きだ。


「いーちゃん、行こう」


そう言って、玖渚は僕の袖口を引っ張る。
やはり、何だか楽しそうだ。
何でかなんて、僕には皆目検討もつかなかったけれど。
それでもまあ、玖渚が楽しそうなので。
まあ、いっか、と心の中で、僕は戯言を呟いた。




二人の最短距離を行く


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20140731







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