霧野の幼なじみはちょっとばかし異常なところがある。 異常といっても本人にとってそれはいたって正常で普通なことであるので、治す予定はないらしい。 なぜ治さなければならないのかもきっと理解してはいないだろう。 かわいそうに。 生まれおちた病院から小学校まで霧野と神童はずっと一緒だった。 家だって近かったから遊ぶといえば相手はだいたい神童だったし、他にも友人はいたけれど、神童と過ごす時間の方が遥かに楽しいと思えた。 去年のことだ。 神童の家の隣にとある家族が引っ越してきた。 引っ越しの挨拶をしにその家族がやってきたとき、たまたま霧野は神童の家に遊びに来ていた。 両親に留守番を頼まれていた神童と二人で玄関に向かう。 無駄に大きい門の前には一人しか立っていなかった。 てっきり家族全員で挨拶にくると思っていた霧野としては少し拍子抜けだったが、こちらだって子供二人(内一人は他人)だし逆に気が楽になったと思っていた。 定番の引っ越しそばを持ってやってきたその人はまだ若く、近くの高校の制服を着ていた。 「はじめまして」 人懐っこい笑みを浮かべてそう言った彼の名を松風天馬といった。 くるくるしてておもしろい髪だなあというのが霧野が彼に抱いた最初の印象だ。 これよければもらってくださいと引っ越しそばを手渡して、彼は去っていった。 「丁寧な人だったな」 素直に思ったことを言って三十秒。 神童は何も言わなかった。 不思議に思って隣にいる神童を見ると、さっき手渡された引っ越しそばをそれはそれは大事そうに胸に抱えながら松風さんが去っていった方向を見つめていた。 神童のあまり光の入らない茶色の瞳に、なぜだろうか、嫌な汗が背中を伝う。 その時に感じた嫌な予感が形となって現れたのは、それから三日後のことだった。 話があるんだと神童に言われたから、霧野は学校が終わってからすぐに神童の家にお邪魔した。 ふかふかのソファーの上に向かい合う形で座る。 しばらくの静寂のあと、神童は言った。 「好きな人ができたんだ」 ほんのりと頬を染めて伏し目がちに言う幼なじみは、まさに恋する乙女のようだった。 なまじ顔が整っているおかげで違和感はないが、親友の乙女顔なんてできれば見たくなかった。 その表情のまま、「一目惚れって本当にあるんだな」という神童の言葉に、脂っこいものを食べたあとみたいに胃が重くなる。 無性に帰りたくなる気持ちを深呼吸で無理矢理おさえつけて、霧野は口を開いた。 「相手は、誰なんだ」 お願いだから、俺の予想が外れますように。 神様なんて信じちゃいなかったが、この時ばかりは本気で祈った。 もじもじとお前は女子かと突っ込みたくなるような動作をしながら、神童は小さく、けれどはっきりとした声音で答えた。 「松風さん」 困ったときの神頼みというけれど、土壇場での願いをすべて叶えてくれるほど神様は暇ではなかったらしい。 「霧野も覚えているだろう」と目の前の神童が微笑む。 覚えてるよ、覚えていますとも。 「ちょっと待て神童」 「なんだ?」 「松風さんって男だよな?」 「そうだが」 それがどうかしたのかと首を傾げる神童に、いやいやどうかするだろと突っ込む。 「だって男だぞ?」 「霧野は小さいな」 「おまえも変わらないよな?」 「身長のことじゃない。人間性の話だ」 いいか、霧野と小さい子供を諭すみたいな言葉に少しイラッときたが、ここで反論しても話が進まない。 我慢して続く言葉を待った。 「まず愛に性別なんて関係ないし、たとえ松風さんが人間じゃなくても犬でも猫でも鳥でも植物でも俺は松風さんを好きになっていたと思うんだ」 「神童………」 それ、小学二年生の言う台詞じゃない。 真剣な顔で言われても困る。 「ということで、だ。霧野」 「なんだよ」 「手伝ってくれるだろう?」 その言いぶりからすると、霧野に選ぶ権利はないらしかった。 「イエス」か「はい」。 それ以外の選択肢は認めないと。 面倒くさいと思いながら拒否しなかった自分はたいがいこの幼なじみに甘かったんだなあという事実を霧野はその日実感した。 受難 20140731 |