*死ねた注意 自分がなんでこうなったのかなんて覚えていない。 ただ視界が真っ赤になって意識とさよならをしたところまでの記憶はあった。 それから気がつけば真っ白な病室にいて包帯だらけの真っ白な自分と感動もなにもない再会を果たしたのだ。 どうやらまだ生きてはいるらしい自分の身体を見て、けっこうしぶとかったんだと感心した。 けれどそれもあと二週間ほどだろうとなんともなしに理解していた。 さてこれからいったいどうしたものか。 「うーん」 五分くらい考えてみてとりあえずこの病室から出ようということになった。 どきどきわくわくしながら病室の扉に腕をつっこんでみる。 予想通り腕はすんなりと扉をすりぬけた。 少しの感動と少しの虚しさを感じる。 ああ、自分はもう自分ではなくなってしまったんだとちょっとだけ哀しくなった。 廊下を歩いているとたくさんの人とすれ違ったけれど誰も天馬には気づいていないようだった。 これは少し寂しい。 「戻ろっかなー」 なんにもすることないし。 くるっと今来た道を引き返して自分が眠っている病室まで戻る。 出たときと同じように病室の扉をすりぬけた。 するとどうしたことだろう。 白いベッドの上横たわる自分の身体のすぐそばに人がいた。 眠る自分をじっと見ている彼を天馬はよく知っていた。 「………つるぎ?」 なんでここにいるんだろう。 もしかしてお見舞いに来てくれたのか。 そうだったらいいなって思った。 ここだけの話、天馬は剣城のことが好きだった。 だけれどそれは友愛じゃなくて恋愛的な意味を含んだものであったから、天馬は絶対に剣城にこの気持ちを伝えてはいけないと決心していた。 気持ちを押し殺すことはとてもつらいことだったが剣城と一緒いられるのなら苦でもなんでもなかった。 大好きな剣城が自分を見舞ってくれた。 きっと優一さんのついでだろうなあと思ったけれど、それでも嬉しかった。 うれしくてうれしくて、剣城の名前を呼ぼうとしてもう呼べないことを思い出す。 自分の口はもう彼の名前を紡ぐ声を出すことはできないのだ。 なにをしたらいいのか、なにもできない状況に立ち尽くす天馬の耳に小さな声が聴こえてきた。 小さな小さなそれは嗚咽のようだった。 今この部屋には天馬と剣城しかいない。 天馬は声を発することができないのだから、この嗚咽は剣城のものなのか。 剣城でも泣くんだなって思ってなんで泣いてるんだろうと思った。 動かない剣城に近づいて隣に並んぶ。 改めて見る自分の顔は自分のものとは思えないほど白くて幽霊みたいだと他人事みたいに思った。 隣の剣城を見る。 剣城は静かに泣いていた。 白い頬を一筋の涙が伝って、またひとつ嗚咽がこぼれた。 松風。 剣城の唇がそうかたどって嗚咽よりも小さく天馬の名前を呼んだ。 もしかして、もしかして剣城は俺を悼んで泣いてくれてるの。 正確にはまだ一応死んでないから悼まれるのはどうかと思ったけれど、そんなことよりも剣城が俺のために泣いてくれているというのが信じられなかった。 お見舞いに来てくれた上泣いてくれるなんて、もしかしなくとも俺は剣城に嫌われてはいなかったのだろうか。 そうだったらいいなあ。 自分で言うのもあれだけれど剣城にはあまり好かれていないという自信があった。 自分はそれくらいのことを剣城にしたのだから当然だと天馬は自覚していた。 だから今不謹慎ながら天馬の心は少しだけ歓喜にふるえている。 せめて声が相手に聴こえれば、ありがとうって言えるのに。 「なあ起きろよ」 剣城が言った。 起きたくても起きれないんだよって言えなかった。 「なんでそんなところで寝てるんだよ」 (そんなの俺が知りたいよ) 「サッカーはもういいのかよ」 (よくないよ。俺だってまだサッカーしていたいよ) 「なに勝手にいこうとしてるんだよ」 (勝手じゃないし。好きでこうなったんじゃないんだけどなあ) 「ばっかじゃねえの」 (ひどい!?) そのあとも馬鹿だとか阿呆だとかコロネ頭とか散々なことを言われた。 なんで俺は死にかけてまで好きな人に罵倒されてるんだろう。 しかも泣きながら。 泣かせてるのは俺なんだけど。 「好きだったんだ」 (……おう?) 何だろう。 今剣城の口から信じられない言葉が飛び出た気がする。 なにがなんだか目を白黒させていると再び剣城が口を開く。 「好きだったんだよ」 今までに見たことのないくらい優しい顔で剣城は言った。 夢みたいに現実感がない。 夢じゃないかどうか確かめようとしてほっぺを掴もうとした。 すり抜けて掴めなかった。 夢じゃなければいいのにと思うと同時に夢であればいいと思う。 だって、そんなこと今言われても、俺はもう応える術ももたないというのに。 ありがとうも何も言えないのに。 俺も好きだよって言えないのに。 ねえ、神様ずるいよ。 こんなの、ずるいよ。 優しく泣く剣城の隣で、こらえきれずに子供みたいにわんわん泣いた。 涙なんてもう出るわけがなかったけれど、病院中に響き渡るくらい大きな声を出して泣いた。 いいじゃないか、泣いたって。 どうせ剣城には聴こえやしないんだから。 だから今は思いっきり泣いてやる。 言えない気持ちを全部こめて、泣くんだよ。 宇宙船に乗り込んで一番後悔したことは、あなたの好きな花を摘まなかったこと。 title 告別 20140731 |