衝動4

Side:☆☆☆



目が覚めると、薄暗がりの中で。
ソファの上に横になって眠っていた。
身体には、大きめのブランケット。
確実にこの部屋のもので、しっかりと肩から足の先まで掛けられていた。
身体を横向きにして眠っていたようで、ブランケットの端を抱き込むように握りしめていた。
無意識の中なのか、顔をそれで半分覆っているようにしていて。
それにしても。
あれ…。
私どうしてここで寝てるんだった?
それに昨日は…。
昨日、は…?
記憶を呼び起こしている最中に、間接照明が点いていることに気が付いた。
すぐに気が付かなかったのは、それを遮る大きな背中が目の前にあったから。
背中…。
背中だ。
その背中は、私の眠るソファに寄り掛かるようにして床に座っているみたいで。
このシルエットは。
瓶のお酒に直に口をつけて飲んでいるその姿。
特徴のある髪型に、顔を傾けてそれを飲み干す後頭部を見る限り…。


「ワイパー…さん…?」
「ん、…目が覚めたのか。まだ夜中だぞ」
「ほかの、皆は…?」
「まだ寝てる、お前ももう少し眠るといい」


私の声に気が付いた大きな背中、ワイパーさんが半身振り返る。
いつもより、少しトーンを落とした低い声。
他の皆を起こさない為だろう、その声色もすごく優しい。
それに、淡い光のもとだからだろうか、私を見る目がすっごく、甘いような気がする。
いやそれよりも、近い。
ワイパーさんは、私に眠るといいと言いながらも、半身振り返った体制のまま片腕を私の頭の上付近に置いて頬杖をついているから…。
寝そべった体制のまま、私は顔を上げることもできずにいる。
だって顔を上げたら…。
く、くっついちゃうかもしれない。
色々なところが…!
どうしよう。
こんなんで眠れるなんてことある?
いや、ない!
だって、その体制のままでもワイパーさんはお酒を飲んでいるから、瓶の底が動いているのが私からも見えるし。
何より、飲んでいるお酒特有の甘い濃い匂いが香ってきているから。
近すぎるせいで、ごくりと喉が鳴るのまで聞こえる。
ほんと…どうしてこうなった…。
昨日、最初に寝落ちしたのは意外にも、ブラハムさんだった。
お酒すごく強そう…と思っていたけど、ペースが速かったせいか突然横になってその場で寝てしまった。
ラキは帰すつもりだったらしくて、何度も身体を叩いていたけれど、全く起きる気配がなくて、仕方なくブランケットを掛けてあげることにした。
それから料理をたくさん食べてくれたゲンボウさんが撃沈して…。
そのころウトウトし始めた私も、ソファに上がるように促されて…。
その時はそのまま言われるままにソファの上に乗り上がったけども、その相手はワイパーさんだったような気がする。
だいぶ酔っていた気がするから。
皆思っていた以上にお酒が強くて…。
付き合っているうちに、完全に潰された感覚がある。
でも今は。
けっこうたくさん飲んだはずのお酒は、完全に抜け切っている気がする。
すっかり正気だ。
部屋の中を、見える範囲で確認すると、ワイパーさんの言うように他の皆は眠っているようだ。
小さくイビキも寝息も聞こえてくるし。
何より向かい側のソファにはぼんやりとラキの背中が見える。
その暗がりの中、ワイパーさんは一人でお酒を飲んでいたんだろうか。
手元には、お酒の瓶一本。
テーブルの上には、たくさんあった料理はもうすでになくなっていて、お皿も誰かが片付けてくれていたよう。
そんな中で、一人で…?


「何か、食べ物作りましょうか?それとも、もう少しお酒…」
「いやいい、そんなに気を回すんじゃねェ」
「お酒だけじゃ、物足りなくないですか?」
「おれが勝手に飲んでるだけだ」


そう言って、飲み干したお酒の瓶をテーブルに戻す為、ワイパーさんがソファから離れていく。
でもその体制の時も、乗せている腕はそのままで。
それ以上に、上半身を支える為に、ソファの背もたれの方に手を移動させて重心をかけているから、僅かにソファが軋む音がした。
それは紛れもなくワイパーさんが起こした振動で。
小さなことなのに。
本当に些細なことなのに、それだけでも私の鼓動は速くなってしまう。
コト、と小さな音を立てて瓶がテーブルの上に乗せられて。
部屋が静かだから、小さな音でもよく響く。
それは部屋になのか、私の心になのか。
手元にお酒がなくなったことで、冷蔵庫に取りに行くのかなと思案していたけど。
ワイパーさんは、さっきの体勢と同じになるようにゆっくりと体を戻していっているようで…。
あっという間にさっきと同じ格好になった。
違うことといえば、私の鼓動がさっきよりも格段に速いことだけだ。
どうしよう。
本当に。
こんなんじゃ、緊張して眠れないよ…。
朝まで、一睡もできない覚悟を決めないといけない。
幸い明日はお休みの日だ。
皆が帰った後に、昼寝をすればいい。
でも、そのためにはもう少し、もう少しだけ身体を下の方に移動した方がいいのかもしれない。
だって、なんだか少しくすぐったいから。
天アドがワイパーさんの腕とかにぶつかってしまっている気がする。


「本当に、頑張ってんだな」
「…え…?」
「この癖、おれ達にゃねェものだ」


ワイパーさんがそう言い終えたのと同時に、天アドが小さく弾かれて揺れる感覚がある。
ぶつかってるんじゃなくて、もしかして触られている?
証拠に、顔は見えないけどワイパーさんが小さく笑っている。
笑ってる?
思いがけず信じがたい出来事に直面した私は、余計に心臓が早くなっているのを感じた。
尚も続く、ワイパーさんによって天アドが揺すられている行為。
堪らず、少しだけ頭を動かしてワイパーさんの方を見ると…。
頬杖をついたまま、さっきお酒の瓶を持っていた手は、今は自由になっていて伸ばした人差し指がやけに目立っている。
一本だけ立てたその人差し指で、私の頭をつついていたのかと思うと、頬が熱くなっていく。


「起き上がっても、角度は変わんねェのか」
「…く、くすぐったい…です」
「そりゃあ、悪かったな」


ちゃんと言えただろうか。
声が上ずったりしなかった?
その会話の後も、ワイパーさんはそれを触るのを止めてはくれなくて。
おまけに、再びソファに寝るようにと、そっと頭を上からトントンとつつかれている。
触れている指先のなんて優しいこと。
有無を言わさずなところもあるのかもしれないけど。
痛いなんてことは絶対になくて、ただただ、優しく促すだけのその接触。
くすぐったさもあったけど、無言のまま従ってしまう程だった。
ソファに頭の位置を戻すと、再度天アドが触られる感覚がある。
つつくようにしたり、揺するようにしたりと、触り方はその時その時で違って。
その度に、くすぐったく感じたり、急な優しい触れ合いに、キュンと胸が高鳴ったり。
それを、薄ぼんやりと照らされている見慣れた室内を眺めながら、暫く過ごした。
ワイパーさんはお酒のおかわりを持ってくるわけでもなく、ずっと私の頭で遊んでいる。
飽きない、んだろうか…。
っていうか、お酒に酔っているんだろうか?
こんなにも、優しい時間があっていいの?
少し前には考えられない接触に、信じられない気持ちもあったけれど。
それでも、何より…くすぐったさが限界だ。
思わず片手を伸ばして、それを頭上まで持って行ってしまった。
天アドに添えたその瞬間、ふれた自分の髪の毛以外の感触。
指先同士が、触れ合った。


「まだくすぐってェのか」
「は、はい…ッ」


ワイパーさんの低い声色が耳元で響く。
さっきよりも、近くで喋ってる?
返事をしようにも上ずってうまくいかず、結局は首を縦に何度も振ることでそれを示すことになってしまった。
かっこわるい…。
受け答えも満足に出来ないなんて。
でも、無理。
ようやく終わった触れ合う箇所に、自分でしたことながら僅かに淋しさを感じながら、上げた手を元の位置に戻そうとすると。
その途中で、勢いよくがしっとそれを掴み取られた。
驚いて、言葉にならない変な音が口から出てしまった程。
あまりに声が大きかったから、他の誰かが起きてしまったんじゃないかって思う程。
でもそれを確認する余裕なんて、今はない。
手の甲側から掴まれているようで、包み込むようにそっと握り込められている。
強い力が込められているわけでもないけど、離れない程度ではある。
捕まれた手は、私の目の前までゆっくりと小さな弧を描きながら戻ってきた。
ワイパーさんの手ごと。
身体は横を向いたままだから、それを私は目の当たりにしていて…。
目の前には、二人分の手がある。
目の前で、私の手を包み込んで握るワイパーさんの手がある。
大きな手。
それに、あったかい…。
間近で見ると、ワイパーさんのしっかりとした指先の感じも、はっきりとわかる程で。
これ、やばい。
めちゃくちゃやばいよ。
心臓だって今にも飛び出しそうなんだけど!?
どうして握られてるの?
何がどうなって、今こうなっているの?
それまでの過程を見てきたハズなのに、全く思い出すことが出来ない程、パニックになっていた。
それなのに。
そんなにも混乱して、ただこの現状に緊張している私なのに。
ワイパーさんはそれが平気なのかわからないけど、僅かに指先が動いているように見える。
僅かだったそれは、次第に目で見ていてもはっきりとわかるくらいに、動き出す。
そして何度か、触れ合っている指先ごと、私の肌を撫でるような動きを繰り返していた。
私の指先の上を滑る、ワイパーさんの指先。
何度も往復するそれを、目で追った。
そのうち、ワイパーさんの指先が私の人差し指の下に入り、ゆっくりと持ち上げられていく。
お互いに指先一本ずつ、絡み合うように繋ぎ合わされて。
二人の繋がりが、深くなっていくみたいで、は、恥ずかしい…。
全身の意識が完全に指先にいって、ちょっとでも動くたびに、心臓も大きく跳ねる。
ますます、眠るなんて出来ない状態になっていっているんだけど。
ワイパーさんはどう思って、こう、しているんだろう。
私としては、このまま離したくない。
そんな気持ちで、持ち上げられた人差し指、そこに僅かに力を込めてワイパーさんの指先を握った。
途端に、ぎゅっと強い力ではっきりと分かる程に、握り込められた。
心臓まで、鷲掴みにされたような、そんな気分になっていく。
どうしよう…。
速い鼓動がもっともっと、速度を増していく。
あまりの恥ずかしさに、もう一方の手でブランケットを握りしめて、それで顔を半分隠した。
恥ずかしいのに嬉しくて、ドキドキして。
感情のすべてが乗っ取られたみたいに、コントロールが効かない。


「まだ、甘い匂いがする」
「苦手ですか?」
「いや、あいつと同じ匂いってのが面白くねェだけだ」


その返しは、少しだけ熱を帯びているような声色だった。
面白くないだけ、その言葉がワイパーさんの言ったセリフそのままに、頭の中で巡回する。
今の、どんな顔で言ったの?
見たいけど、顔を上げられない。
なんだかさっきから、頭頂部にワイパーさんの呼吸音が聞こえてきている気がするから。
気がするどころか、喋った吐息で天アドが揺れた感覚さえある。
近くて、ものすごく、近くて。
そのまま、身動きが取れない。
言葉の余韻に浸っていると、ゆっくりとした動きでワイパーさんの指先から力が抜けていき、握りこめられていた手が解放されていった。
ついに、離されてしまう。
もう少し、触れ合っていたかったな…。
目の前で開いていくそれは、離れていくのかと思いきや、その場で掌が開かれた状態になっていく。
私の軽く握った拳がワイパーさんの掌に触れたまま、それは大きく開いて。
なんの意図がわからないまま眺めていると、暫くその状態ではあったものの、痺れを切らしたらしいワイパーさんの4本の指が一旦握り込まれ。
それが私の指の下に入って、ぐっと下から押し上げて広げさせられた。
ワイパーさんの大きな掌に重なる私の手。
お互いに開いたまま重なり合って、そのまま絡めるように握りしめられた。
さっきよりも、深く、密着して。
最初こそ、力を入れていたのはワイパーさんだけだったけど。
そのうち私からも緩く握り返すと、ソファにゆっくりと下ろされていく。
重なり合っている指の付け根もそうだけど、指先が触れる手の甲もくすぐったい。


「少し、寝ろ」


え?
この状態で!?
驚いて大きな声が出そうになったけど、なんとか我慢した。
他の皆を起こしてしまうから。


「はい、…ワイパーさんも?」
「寝る」
「お…やすみなさい」


ん、と短い返事が帰ってきた後に、ソファが軽く軋む音が鳴る。
その直後、とんっと小さく頭部に何かが当たる感触。
何か、ではなくて、自分でもすぐに理解できたけど。
さっきまで頬杖をついていたワイパーさんがそれを外して、ソファに直に頭を置いたからだと思う。
距離が更に縮まったんだ…。
手は握り合ったまま、頭までくっつけた状態で…。
こんなので、眠れるワケない。
ドキドキしてるのは私だけなんだろうか。
暫く気配を伺ったけれど、ワイパーさんは動くような素振りもなくて。
鼓動が鳴る度にきゅんきゅんと高鳴っていくのを自分でも自覚しながら。
ああ、これは朝まで絶対眠れないだろうな。
覚悟した。



**********



眠れなかった。
壁に掛けてある時計は、もう7時を示している。
そろそろ起きて、朝ごはんの支度でもしようか。
あれから、一度ブラハムさんがトイレに起きた以外は、全員ずっと眠ったままだった。
ワイパーさんも。
私と手を握り合ったまま、頭をくっつけたまま…。
私は一睡もできなかったけど。
きっと眠っているだろう。
起こさないようにそっと手を離して、ソファから身体を起こした。


「眠れたか?」
「わ…ッ…おはようございます、起こしちゃいました?」
「いや、外で一服しようと思ってな」


身体を起こしたと同時に、ワイパーさんも顔を上げたから驚いた。
眠って…たん、だよね?
ワイパーさんは身体を起こすと、背中を伸ばしたりしながらその場に立ち上がる。
私もあれから初めて、部屋の中を見回したけど。
皆まだ、夢の中。
床に転がってるだけの人もいるのに。


「朝ご飯作るので、待っててください」
「なら手伝う」
「ワイパーさん、料理出来るんですね」
「そりゃあ、一人前の男だからな。生きてくのに困らない程度にゃ出来る」


外に行くと言っていたのに、ワイパーさんは煙草も吸わずに私と一緒に台所に並んでくれた。
背、高いなぁ。
昨日、カマキリさんともこうして並んでいたのに、全然別の緊張感がある。
それにすごく、照れる。
並んで立つことが。
それでも、したいことを伝えると、理解して料理してくれる。
包丁使うのだってすごく上手で。
卵を割るのだって上手で。
なんかワイパーさんと卵っていう、イレギュラーな組み合わせに、ちょっとだけ笑ってしまった。


「☆☆☆」
「は…はい…!」
「昨日の飯も美味かった。朝飯まで、悪いな」
「ありがとうございます。私も皆さんに感想頂けて助かりましたから、一石二鳥です。それにすごく楽しかったし」
「皆さん…か。…礼にこの間行った花が咲いているような、ああいった場所が好きなら見せてェところがあるんだが…」
「連れてってくれるんですか?」
「おい、包丁…」


お浸しを切っていたことも忘れて、嬉しくて思い切りワイパーさんの方を向いてしまうと、半ば呆れた顔の彼が柔らかく笑っていて。
ワイパーさんは割った卵を溶いているところだった。
この間の花畑みたいなところに。
また連れてってくれるんだ。
二人で、かな?
皆で、かな?


「じゃあ私、お弁当作りますね」
「お前に負担かけたんじゃ…礼になんねェだろ…」
「でもせっかく行くなら…」
「そうだな。二人分、頼む」


ワイパーさんから伸びてきた左手が、私の頭上から降りてきて。
器用に天アドを避けて私の頭をポンポンと撫でた。
朝からこの人は…。
また更なる胸の高鳴りに困ってしまうけど。
今のお礼、っていうお出かけは、デートだと思っていいんだよね?
嬉しくて。
嬉しくて。
思った以上にはしゃいでしまった。
他の皆が起きてくるまで、二人で会話をして。
そして全員が起きる頃には、二人で作った朝ご飯が完成した。

それを食べている間、なんだか意味ありげに笑うラキやカマキリさんと何度も目があったけれど。
その中で、ワイパーさんと目が合うと、いつも通りの表情から柔らかく変化していくのが、嬉しかった。




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