One sided relationship 2

Side:☆☆☆



翌日以降、どうせ会社で会うだろ、って言葉通り、会社に行けばマルコ部長には会える。
会える、と言っていいんだろうかっていうレベルの話になってしまうけど。
会えるというか、見かけるというか。
遠くに座っていてパソコンや書類や、別の社員の人と会話しているところなら見かける。
同じフロアにはいるものの、部長の管轄が広すぎて課の末席にいる私とでは、会話するきっかけすらない。
まるでコンサートに行って、今日は芸能人に会えた!っていうようなレベルの話だ。
どうしてうちの会社には、漫画とかドラマで見かける、女性がお茶ですよって席までコーヒーとかを持っていくシステムがないんだろう。
喜んで持っていくのに!
ていうか、そこで零しちゃって、ハンカチで拭いたり、叱られたりっていうベタベタなイベントまで起こすことも出来やしない!
接近する機会すら、放っておくと皆無だ。
せめて目が合えばと、熱視線を必死に送ってみるものの、遠すぎる距離からマルコ部長が気が付いてくれるハズもなく。
もどかしい日々を過ごして、すでに一週間。
あんなに家が近所だというのに、駅はおろか、近くのコンビニですら偶然会うというミラクルも起きずにいた。


「☆☆☆ちゃん?おーい、どこ見てんの?」
「…はっ…、すみません、ぼけっとして…」
「そろそろ終業のとこ悪いんだけど、資料チェック手伝ってくんない?」
「はい、大丈夫です」
「サンキュー、データ送るから、数字チェックよろしくね」


向かいの席に座る先輩に声をかけられるまで、マルコ部長をずっと見つめてしまっていた。
仕事中なのに!
先輩から送られきた資料、それからデータの確認作業に集中することにした。
それじゃないと、いつまでたってもマルコ部長を見つめてしまいそうだったから。
あれから何度かベランダにも出てみたけど、部屋に灯りは点いてはいるけど、そこに出てくることもなかったし。
っていうか…。
そういえば…重要な確認をすることを忘れていたんだけど。
マルコ部長、マルコ部長ってこんなにも、マルコ部長のことばっかり考えているけど。
多分これは恋なんじゃないかなって、薄々感づいてはいるんだけど。
そもそも、マルコ部長って独身なの?
恋人は?
一人暮らしなの?
むしろ、何歳??
それすら知らずにいる自分に驚いた。


「こっち終わりました」
「お、サンッキュー!マジで助かった、ありがとな」
「まだありますか?」
「後は大丈夫、今度美味い飯奢るから」
「楽しみにしてます、お疲れ様でした」


残業を終えてフロアを出る時にマルコ部長の席を見たけど、もうさすがに居ない様子だった。
むしろ、フロア自体そんなに残っている人もいない時間帯だ。
あれから帰りだって一度も見かけていない。
私も終業時間に帰ることだってあるのに。
一体いつ仕事を終えて帰っているのかすら、全く知らない。
もっとマルコ部長のこと、知りたいなあ。
エレベーターに乗り、閉のボタンを押したその時だった。


「悪い、乗るよい」
「わ、わわッ…!}


閉まりかけたエレベーターの扉の間に、にゅっと入り込んできた腕。
閉まりかけた扉が異物を察知して次第に開いていく。
慌てて私も扉の指示ボタンを押して、閉まるそれを阻止した。
だって、声からしてマルコ部長だったから。
何度も連打したボタン、それを見たマルコ部長が私の腕を止めた。


「☆☆☆、お前それ閉まる方のボタンだ」
「え…、あわわ、すみません」
「まァ、慌てて間違えたって気持ちも分かるが…」


ぶふっとマルコ部長が吹き出して笑う。
それを不思議な気持ちで見ていた。
私も気持ちを余所に、扉は閉まっていきゆっくりと下降していく空間。
久しぶりのマルコ部長。
ふわりと漂うたばこの匂い。
席に居なかったのは、帰りしなに喫煙所にいたからなんだろう。


「部長、帰りご一緒してもいいですか?」
「お互いに家が近ェからな……ふっ」
「も〜、まだ笑ってるんですか?」
「お前案外、間抜けなミスするよなァ」


私が扉を閉めるボタンを連打していたことが可笑しかったんだろう、肩を揺すって笑っているから、私もつられて笑ってしまう。
久しぶりに会えて、お話が出来ている雰囲気がとても心地よくて、ああ、やっぱり好きだなって思う。
それに、お互いになんて部長と一緒にひとくくりにされるのが、すごく嬉しかった。
エレベーター止まらないかなとか、また邪なことを考えてしまうけど、普段通りきちんと一階に到着してしまう。
いつもひとりで帰る時は早く着けばいいって思うくせに、こんな時ばっかり早く感じるから困ったものだ。


「別にエレベーターで一緒になったからって、帰りまで同行することねェんだぞ?」
「気を使ってるわけじゃないですよ」
「おっさんと帰ったってつまんねェだろ」
「部長こそ、つまんないですか?」
「いいや、ご近所さんだからな」


短く揃った顎髭を撫でながら、先にエレベーターを降りていくマルコ部長。
身長差もあって歩幅の広いマルコ部長に合わせて私も小走りでそこを出て隣にまでおいついていく。
きちんと肩を並べて歩けるようにと。
会社の入るビルを出て、駅へと向かう途中の道筋で会話をしながら歩いていく。
あれから一週間ぶりだし、普段からそんなに交流もないから、正直何を話したらいいのかなって緊張したけど。
マルコ部長の話題が豊富で、会話が途切れることはない。
ちゃんと私にも応えられるように質問してくれるし、仕事の話だってわかりやすく話してくれている。
この間もそうだったけど、相手をきちんと認識して会話してくれる人なんだなって改めて思った。
だけどそれ以上に、気遣って貰えていることが他にもある。
歩幅だ。
さっきは小走りで追いかけてようやく隣に着くことが出来たのに。
今は自分の歩幅でもちゃんと肩を並べて歩けている。
無理しているとかじゃなく。
さっきよりも、少し速度を落として歩いてくれているようだった。
あの晩の帰り道、酔っていてそこまで理解することが出来なかったけど、あの晩もきっとそうだったんだろう。
本来のマルコ部長の歩く速度は、きっとさっきエレベーターを降りた直後のものなんだと思う。
こういうところも素敵…。


電車の中でも楽しく会話をさせて頂き、これが自宅付近まで続くんだなって思って改札を出た時に、マルコ部長の足が止まった。
私もその場で立ち止まると、家の方角とは別の方を指している様子で。


「おれはこのまま、少し飲んでから帰るよい」
「お一人で…?」
「まァ…痛いとこ突くなァ」
「私もご一緒してもいいですか?」
「別に構わねェが…おっさんと飲んだって、…」
「楽しいです」
「変わった奴だよい」


はぁ、と小さくため息をついているけど。
それはめんどくさいからとか、着いてきて欲しくないとかのマイナスなそれじゃない気がする。
この人は、心底自分のことをつまんないおっさんだと思っているんだろう。
本心で私のことを、自分に着いてくる変わった人間だと思っていそう。
こんなに格好良くて、スマートなのに。

こっちだ、と示された方角へ歩いて行き、ひとつの雑居ビルに入っていく。
普段使っている駅にあるとはいえ、今まで一度も足を踏み入れたことのないビルだった。
一階がコンビニになっているから、そこには入ったことはあるけども。
割と古めなエレベーターに一緒に乗りこむ。
会社のとは違って狭い空間の為、距離が近い。
マルコ部長の息遣いまでしっかり聞こえてきて、余計に緊張した。

ビルの一番上の階までエレベーターは上がっていき、そこで古い音を立てながら停止する。
マルコ部長が先に降りて、手で扉を抑えてくれていた。
その紳士的な仕草に心が跳ねたのだけど、私が降りるか否かの時に、部長の手にガシガシと割と大きな音を立てて扉が当たっているのが見えた。


「せっかちでな、すぐ閉まりやがる」


はぁっとまたさっきと同じ小さなため息が聞こえたけど、やっぱり不服そうではない。
こういう不便なところも、少し気に入っているようにも見えた。

エレベーターを降りて二つ目の扉、そこを押し開いてリンッという小さな呼び鈴が鳴りながら店内へとマルコ部長が先に入っていく。
入口には、よく見かけるポップやチラシ等は一切なくて、扉に掛かっている札には『OPEN』と記載されているのみで。
ひっくり返せばきっと、『CLOSED』になるんだろう。
上の方にやや小さめな看板で、『LEGALISS』と書いてあるのが見えた。
これがおそらくお店の名前。
マルコ部長の後に続いて入っていくと、小さなバーになっているようだった。
カウンター席、おそらくその反対側にはボックス席がある普通のお店。
でもおしゃれな雰囲気で、間接照明も凝っている様子の綺麗なグラデーションになっている。
バーカウンターには、ワイシャツと黒ベスト、きっちりとネクタイをしているバーテンダーも見える。
後ろからライトで照らされたお酒の瓶は、キラキラとしていてすごく綺麗。
物静かな雰囲気のその人は、マルコ部長を見ると準備を始め、目線を後ろの私に遣ったと同時にその手の動きを止めた。


「珍しいな、人連れとは」
「会社の部下だよい」
「ほう…?」


二人が交わす会話は、客とバーテンダーの会話とはおおよそ思えないもので。
有名店ではない様子のお店の雰囲気から、常連なんだろうことはわかるけど、それ以上の関係があるようにも見えた。
カウンター席へ、慣れた足取りで移動していくマルコ部長に着いていくと、私もその隣の椅子へとたどり着く。
くるりと回るその椅子に手をかけた時、その人が私達を交互に見てから、背後に向けて片手を挙げた。


「カップルは、ボックス席へ行け」
「おい、カップルじゃねェってェの」
「男女の客をそう言うんだよ」
「お客様、こちらへご案内致します」


さっき手を挙げたのは、お店の人を呼ぶ為の仕草だったんだろう。
背後からやってきた男の人は、目の前の人と同じ格好をしている。


「わかったよい。…イゾウ、いつもの」
「そちらのお嬢さんは?」
「腹、減ってるか?」
「はい、…いいんですか?」
「じゃあ、ふたつ」
「選ばせてやれよ…」
「飲み物は席で注文するよい」


椅子へ置きかけた鞄を手に、マルコ部長が振り返る。
今度は私が先にボーイさんに着いていくと、ついたてのようになっている壁を抜けて、ソファの席が見えた。
そこへ通され、更に奥へ進んでいく。
すると、並んで座れるように置かれた二人掛けのソファ、その向こうは夜景が広がっていた。
パーテーションで仕切られたそこは、個室のような雰囲気にもなっている。
自分が住む駅なのに、見慣れない景色は、思った以上に綺麗だった。


「こっちへ来るのは初めてだ」
「綺麗ですね…」
「ん、…狭ェ…」


私が先にソファに腰を下ろして、続いてマルコ部長が隣に座ったんだけど。
近っっっっか!!
近い、近い、近い。
肩がトンと触れたまま、離れることすら出来ない距離。
さっきまで景色を楽しんでいたハズなのに、一気にそんなのがどうでもよくなっていく。
隣のマルコ部長が動く度に、私の肩にそれがぶつかる。
近い。
近くて、思わず顔を上げて部長を見上げると、間近で目が合った。
こんなに至近距離で目が合うのも、初めてのことだ。
店内が暗くて良かったと思った。


「狭いな、…場所変えて貰うか」
「大丈夫です、…ここで!」


立ち上がろうとしたマルコ部長の腕に思わず手をかけた。
振り返り驚いた表情のマルコ部長とまた目が合う。
僅かな時間、見つめ合ったままで時が止まったかのようだった。


「座れ、マルコ」
「…なんだよい」
「注文を取りに来たんだ」
「いつものでいいよい」
「そちらのお嬢さんのだ」


二人の会話を聞いていると、なんだかいつものマルコ部長のイメージが全く別のものになっていく気がする。
普段は割と落ち着いた雰囲気だし、部署でも偉い立場にいるからなんだろうけど、眉間に皺が寄っているのもよく見かけるし。
だけど今は、なんだか気が抜けているようにも見えるし、何よりイゾウと呼ばれたバーテンダーさんの一言に、ぐっと言葉を詰まらせているようにも見える。
マルコ部長に、こんなに強い物言いで発する人なんて他に見たことがない。
涼しい顔のイゾウさんと、次第に仏頂面になっていくマルコ部長との掛け合いが、なんだか可笑しかった。
隙だらけで、可愛い。


「ご希望の、お飲み物はありますか?」
「あんまり詳しくなくて…すみません」
「大丈夫、その為におれ達がいるんです」
「じゃあ最初なので、甘めでアルコールの低めのものをお願いします」
「お好みのフルーツ等、ありますか?」
「オレンジで」
「畏まりました」
「…そんな対応もできんだな」
「バーテンダーですから」


私をチラリと見た後に、ちょっと口角を上げて笑みを浮かべたイゾウさんが去っていった。
またふたりきりになる。
個室にいるみたいで、本当に緊張してしまう。


「よく来るんですか?」
「ああ、帰っても一人だからな、飯の支度が面倒な時はここで済ませることが多い」
「恋人、とか…いないんですか?」
「…いりゃ、さっさと帰ってるよい。お前こそ、おっさんとはいえ男と二人で大丈夫か?」
「大丈夫です。いたら、さっさと帰ってます」


マルコ部長の真似をした口調で注げると、ふっと小さく笑う声が聞こえる。
だけどそれ以上に、男と二人で、っていう言い方に心が跳ねた。
おっさんとはいえ、っていうのがくっついてはいたけども、ここで強烈にマルコ部長に男性を感じてしまった。
そうなると、触れている肩も緊張を煽る道具にしかならない。

マルコ部長が話してくれている内容はしっかり聞いてはいたけども、ドキドキしてしまって上手く受け答えが出来たかは定かじゃない。
緊張マックスでいると、先程注文した飲み物と、マルコ部長のいつものが運ばれて来た。


「マリブオレンジです、甘口なので飲みやすいと思いますよ」
「ありがとうございます!」
「お前は最初はハイボールだろ、タリスカー10年。それと料理」


すっと音もなくグラスがテーブルに並べられる。
その次に、マルコ部長がいつものと頼んだ料理、お皿には厚めの生ハムにサラダ、バゲット、そしてローストビーフが乗っている。
ローストビーフは端の方にたくさんブラックペッパーが着いていて美味しそうだった。
ごゆっくり、とイゾウさんが下がってしまうと、二人でグラスを持ち上げて静かに乾杯をした。
一口飲んだお酒もすごく美味しかったんだけど、何より、イゾウさんの手作りだという料理、特にローストビーフが絶品だった。
これは、晩御飯の代わりに通い詰めるのは当然だと思えるくらい。

マルコ部長は、割と早いペースでお酒を飲んでいて、会話しながらでもその流れは止まることなく、
二杯目は、ロックで飲んでいた。
私も二杯目を注文したけど、軽めのカクテルをお願いすることにした。
暗くてアルコールの感じがわかりにくいし、万が一酔いまくっちゃって帰りに迷惑をかけてしまっても困るから。
そして夜も深まり、終電の時間の心配はないものの、そろそろ帰らなければ明日に響くなという時間帯。
マルコ部長の手が、もう帰るという仕草をしているから、それを僅かに引き留めた。


「部長、連絡先交換してください」
「必要、あるか…?」
「ご近所さんですし、何かあった時に困るじゃないですか」
「まぁ…だがメールも電話も、マメな方じゃねェよい」
「連絡手段のアプリ、やってませんか?」
「課のグループには突っ込まれた気がする程度だよい」


めんどくさがるマルコ部長をせっついて、スマホを出して貰った。
追加の方法がわからないというから、私がスマホを借りて操作させて貰った。
きちんと登録は出来たと思う。
確認作業ってことにして、可愛いハートのついたスタンプを送ってみたりもした。
マルコ部長もそれに気が付いて、なんだか変な顔をして私と画面を見比べたりしていたし。
そういうところ、可愛くて素敵。
登録をし終えたところで、ついにマルコ部長が立ち上がってしまった。
もう、帰らなくちゃいけないらしい。
名残惜しいけど、確かにまだ水曜日で、残り二日も仕事の比がある状態だ。
無理は出来ない。



「これ以上は明日に響く、帰るよい」
「はい、まだ水曜ですもんね」
「イゾウ、会計、ここの分はいつものようにしといてくれ」
「ああ、またのご来店、お待ちしております」
「ごちそうさん、行くぞ☆☆☆」
「はい、…え?あれ?お、お会計…?」
「お連れ様に」


イゾウさんが軽く頭を下げていたけど、マルコ部長はどんどん先へ進んでいき、お店の扉を開いた状態で私のことを待っていた。
慌てて後に着いていったけど…。
エレベーターに乗り込んで、やっとふたりきりになったから、さすがに支払いをしようとしたんだけど。


「いらねェよい。こういう時は、ご馳走様でしたって笑顔でいりゃいいんだ」
「あ、あの、ご馳走様でした」
「ん、よいよい」


めっちゃ上機嫌だと思う。
こんな返事の仕方してるの、見たことないし。

相変わらず、歩幅も速度も合わせてくれていて、自宅まで共に歩いていく。
けっこう強いお酒も飲んでいるハズなのに、マルコ部長の足取りはいつもと変わらない。
お酒強いんだなぁ。
いつもは多分、飲みながら煙草も吸うんだと思う。
イゾウさんが灰皿を後から持ってきてたし。
でも、マルコ部長は一度も吸わなかった。
私が隣にいるからだと思うけど。
飲みながら吸いたかっただろうなぁって思うと、嬉しい反面申し訳ない気持ちにもなった。

そして別れの交差点、また明日、なんて軽く手を振ってあっさりと家路についてしまうマルコ部長。
さっきまでの出来事が逆に夢だったんじゃないかっていうくらい、あっさりと現実に引き戻された。
いつものマンション、いつもの扉、いつもの部屋の中。
それでも明日の仕事は待ってはくれないから、シャワーを浴びて寝る準備をした。
そろそろ寝ようか、という頃に、スマホのメッセージ音が一度だけ鳴った。
こんな時間に連絡を寄越すのは、友達かなァなんて軽い気持ちでそれを開くと。


バタバタと慌ててベランダに向かって、焦る気持ちでなかなか開かない鍵を開けた。
いい勢いを付けてしまっていた為、割と大きな音を立ててその扉を開き、転がるようにベランダに出た。
見る方向は、一直線。
その先には、驚いたようにこちらを見ているマルコ部長。
それでも私と目が合うと、僅かに緩めてくれる表情。
煙草の光がまるで蛍のように揺れていた。
今日はすごく晴れていて、月の光で煙草の煙までよく見えている。
知らせてくれたのが嬉しくて、ずっと見つめてしまった。
ほんの5分程の僅かな時間だけど。
そういえば今日はずっと、隣に並んでいることが多くて、顔をちゃんと真正面から見たのは数えるくらいしかなかったな。
やがて手元で火を消すのが見える。
中へ入る直前に、片手を顔の高さまで持ち上げてゆるりと振ってくれている。
だから私は、大きく右手を上げて、大きく左右にそれを振ったんだ。
私を見たマルコ部長が、また小さく笑う。


「おやすみ」


そう声は聞こえなかったけど、マルコ部長の唇がそう動いたのが見えた。
完全に室内へ入っていくのを見送ると、私も中へと入った。
室内には残されたスマホが、画面を明るくしたままテーブルの上に置き去りにされていた。
画面に文字を表示したままで。


『タバコ吸って寝る』





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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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