24.扇子に隠れて

Side:***



メインストリート沿いに歩いて、オープンにしている店先を眺めながら散歩を楽しんでいると、一際色鮮やかなものが並ぶ店が目についた。
道に面した台の上には、色鮮やかな小物がたくさん並んでいるのが見える。
思わず足を止めると同じくしてマルコさんも立ち止まってくれるのが嬉しかった。
そこは、女性向けの雑貨屋さんのようだけど、この島の気候の為なのか中央には扇子が並べられてた。
様々な模様や色付けがされたそれを眺めていると、その中にあるセットの扇子が目に留まった。


「マルコさん、見て!これすっごく素敵ですね」
「ん?……あぁ、そりゃ…いい色だなァ」


私の見ている扇子を横から覗き込んだマルコさんが、歯切れの悪い返事をしているから、私も目線をそちらへ遣ると…。
あ、照れている。
頬が少し赤く染まっているのがわかった。
今すぐにでも、抱き着いてしまいたいと思える程、可愛い。
可愛い。


扇子のセットは男女ペアになっているものだった。
大きさが少しだけ違うそれは、並べると絵が完成するようなよくあるものではあるけど、すごく素敵だった。
その色合いが、水色に黄色の鳥だったから。
男性用の方に鳥の本体を。
女性用の方には、尻尾の方が伸びてきてその模様が可愛らしく描かれている。
一見ペアに見えなく感じるのは、男性用の枝の部分は濃いめの紺色、女性用のは薄いピンク色になっているからだと思う。
この色合いの鳥が素敵って思えるのは、確実にマルコさんに影響されているから。
それに気が付いたマルコさんは、ちょっと…っていうか、もう完全に照れてしまっているようだ。
なんだか、嬉しい。
影響されている自分も、それを喜んでくれて実感している様子のマルコさんも。
そしてその扇子こそ、私達が一緒に持つべきものだと、確信した。
お互いの帯に飾ったら絶対に素敵だ。


「これ、一緒に持ちたいんですけど、いいですか?」
「あァ、もちろん…」
「今回の旅行のお土産にしたいから、私が」
「いいや。今回はキスで誤魔化されたりしねェよい」
「こんなに人がいっぱいいるところでしませんって!それより…中、入れます?」


店の中を示すと、マルコさんがぐっと言葉に詰まる。
店内は、若い女性客でいっぱいであちらこちらできゃいきゃいとはしゃいでいる人たちで賑わっている。
その中に、男性一人で入っていくのはかなり勇気がいるだろうと思うから。
マルコさんが怯んだ隙に、目的のペア扇子を手にして、さっと店内へと小走りで入った。
そこから振り返ると、一瞬唖然とした表情のマルコさんが見えたけれど。
呆れたような笑みに代わり、片手をあげて私に合図を送ってから後退していった。
店から少し離れたところで私を待つことにしたんだろう。
このお店には、他には絶対に用事はなさそうだし。
若い女性向けすぎて、隊へのお土産にも、隊長さんたちのお土産にも、ましてオヤジにだって買うものは見当たらないから。
それよりも。
道の端に立ち、店内ではなく別の方を向いて辺りを確認しているマルコさんが見える。
私が見ている事実には気が付いていなさそう。
その姿を客観的に見ていると、立ち姿が美しい。
横を向いていたり、足元を見るために伏し目がちに下を向いたり。
今日は若干気温も高めだから、その厚さに首筋に手を当ててため息を落としたり。
凛としてすらっとした姿は、格好良すぎて一日中見ていられそうな程だった。
思わずじっと見つめすぎて、我に返ると急いでお会計の列に並んだ。
速く戻って、一緒に歩きたいから。
この扇子も、お揃いで持ちたいから。

お会計が自分の番が来て、すぐ持つことを伝えてからそれを済ませた。
扇子を二人分買えたことに満足で、ほこほこしていたらお店の入口付近から聞こえてきた二人連れ女性の会話。
きゃっきゃとして、高い声でひそひそしているようなんだけど、その内容がなんとも聞き捨てならないというか、なんというか。
その人たちは、私とマルコさんの丁度間のあたりにいるようで、会話が丸聞こえになってしまっていた。


「ねー、あの浴衣の人めっちゃ格好良くない?」
「あ、マジだ。…渋い、素敵……」
「でしょ!?声かけにいこ!」
「行く、絶対」


待って…それってもしかして、マルコさんのこと?
浴衣の人なんて、他にいないし。
冷や汗みたいなものが背を通った気がしていると、彼女たちの方が先に行動してしまっていた。
パタパタと駆けていく彼女たちの背を、店の中から見送ってしまう私。


「あのー…すみません、おひとりですか?」
「…ぁあッ?おれか?いや……ッ…と」
「お、お待たせしました!」


やっぱりマルコさんのことだった!って思った時にはもう駆け出していて。
ドシンとぶつかるように、横からマルコさんの身体に両手を回してしがみついた。
っていうよりも、勢いよすぎてこれはもうタックルだ。
けっこういい速度で突っ込んだのにも関わらず、マルコさんは両手で私を受け入れてくれて、ぎゅっと一瞬だけ強く抱きしめてくれた。
や、ちょっと待って。
今更だけど冷静になって状況を改めて頭の中で整理してみたけれど。
ナンパされてたっぽいマルコさん、それに嫉妬して独占欲丸出しで突っ込んできた私。
これって、なんだかすっごいヤな女っぽい。
私のってすごい主張してるみたいで…。


「***、買い物おれの分もありがとよい」
「えッ……は、はい…っ」
「恋人待ってたおれは、おふたりってことでいいかい?」


私の頭をぽんぽんしながら、声をかけてきた女性二人に、笑みを向けて告げるマルコさん。
言葉にも嬉しかったんだけど、その言い方もすごく優しくて、きゅんと胸が高鳴った。
言われた方の女性たちも、ちょっと頬を染めてたくらい。
そして私に向かって、ごめんねと告げて別のところへと歩いて行ってしまった。
嫌な態度を取ってしまったのに、マルコさんのおかげで穏便に済んでしまった。
あれは完全に、やきもちだ。
マルコさんは普段から、大人気だと思う。
一番隊の隊員達はもちろん、他の隊のクルーや、隊長、それにオヤジにまで頼られている部分はかなりある。
だからお部屋は、来訪者でいつもいっぱいだ。
それに、多分他の海賊達からも、一目置かれていたり、勧誘されたりとかもしていると思う。
文字通り大人気。
それに、女性からだってモテモテだと思う。
前にナースさんの一人から声をかけられていたのを見たことがある。
冬のあの島では、女性にも言い寄られていた。
でもそれは、海賊の中の出来事であって。
こんな風に、今は海賊には見えない状態でいたとしても、普通にもてちゃうんだなって感じると、余計にやきもちを妬いてしまう。


「***、行くよい」


私がもたもたしてたからか、マルコさんの腕が腰に回ってきてぐいっと横へと引いた。
そのまま、並んで道を歩く形になる。
手を繋いで歩いたことは何度だってあるけど、腰に回されたのはあまり記憶になくて。
エスコートのスマートさにドキドキしながら、身を任せて共に足を進めた。

妬いてしまったことには、ちょっと気まずい気持ちを隠せず。
せっかく買ってきた扇子もなんとなく渡せないまま、梱包はしないで貰ったからすぐ使える状態のそれが二本、私の手中にある。
指先でそれをちょいちょいとなぞりながら進んでいくと、マルコさんが片方の掌を私に差し出してきた。
見上げると、なんでもお見通しっていう表情で笑っているマルコさんがいる。
もう、本当に適わないな。
掌の上に、マルコさん用の扇子を乗せると、嬉しそうなお礼の言葉を貰う。
私の腰に手を回したままだから、片手でその扇子を指先でいじり、器用にも開いたり閉じたりをして柄を眺めて楽しんでくれている様子だった。
普段通りにしてくれているから。
だから、今ここで沈んだまま旅行を楽しめないのも困るし。
ここは素直に、もやもやしたこの気持ちをちゃんと伝えようと思った。


「マルコさん、あのね…」


その時、ぐいっと腰に回せた腕に力が込められた。
マルコさんの腕に促されるまま、道の端へと移動させられていく。
な、なに…?
その速度についていけないまま、疑問符も脳裏に浮かんだまま。
マルコさんの身体に隠されるように抱えられて、横でバっと大きく扇子が開いたのが見えたと思えば。
奪うように強めに、唇にマルコさんのそれが触れた。
触れるだけですぐに離れていくと、間近で目が合う。
唇の端を持ち上げてニヤリと笑うマルコさん。
ああ…本当に、お見通しだ。
もう一度して欲しくて目を閉じると、願い通りにマルコさんの唇が角度を変えて触れる。
扇子に隠れてキスなんて、しばらく忘れられそうにない。
お揃いの扇子を見るたびに思い出しそうだった。


「で、これは装着の仕方とか、あんのかい?」


ドキドキして、全身が熱く感じている私とは裏腹に、屈めていた身を起こしていくマルコさんが、扇子を閉じていく。
さっきは唐突のことでよく周りが見えていなかったけど、改めて横を見ると割と人通りも多いところだった。
扇子のおかげか、マルコさんが隠してくれたからか、私達を気にしている人はいないみたいだったけれど。
二人きりの時にするのは、少しずつ恥ずかしいことにも慣れてはきたけど、外でしてしまうのは未だに顔が熱くなってしまう。
それに目の前のマルコさんが、こんなにも格好良くて色気がある状態なんだから、余計に。
扇子を指先で遊んで、開いたり閉じたりしているけど、そういうとこわかってやってるのかなぁ、マルコさんは。


「男の人は横か、前にってお店の人が言ってました」


マルコさんから扇子を受け取って、帯の真ん中に持ち手を上にして差し込んでいく。
それを右手から取りやすいように傾けて、帯から少しだけ出るくらいにすれば完成だそうだ。
もうなんか、ますます似合っている気がする。
粋っていうのはこういうことなんだろうと感じる程に。
あまりにマルコさんが格好良くて緊張する手を抑えながら、自分の扇子も横へと差し込んだ。
女性は柄の方を上にするのが基本みたいで、私の赤い帯からは青い色が覗いている。
小さなマルコさんが、そこにいるみたいで嬉しい。


「ありがとよい」
「私こそ。たくさん、ありがとうございます」
「まァ…、おれのは下心があるからなァ」
「そんなの…ッ…私だって、ありますよ」
「へェ、そりゃあどんな下心だい」
「さっき、すっごい妬いちゃいましたし」
「最近の若ェ女は積極的だな」


どこか他人事のように言うマルコさんを見つめていると、下唇を指先でつままれた。
また妬いて、自然に尖ってしまっていたらしい。
痛くはなかったのに、つまんだ箇所を愛しむように優しく、撫でられる。
その動きが優しくて気持ちがよくて、もう扇子は仕舞ったのに、またキスしてほしくなってしまう。
願いがこもったため息を小さく落とすと、マルコさんの眉が少しだけ下がった。


「そんな顏するな、…こんなところで、おれを興奮させる気かい」
「でも、ほんとに…」
「妬く***も可愛い、浴衣も似合っていて堪んねェんだ、もう少しその可愛らしいところを抑えてくれねェと困るよい」
「そんなの、マルコさんだって…格好良すぎて、困る」


ヘアセットが崩れない程度に、そっと頭を撫でられて、人目も憚らずにぎゅっと抱きしめられた。
マルコさんの腕は、心なしかいつもより熱いみたい。
一緒に居てドキドキしているのは私だけじゃなくて、きっとマルコさんも同じなんだって思った。
ふたりっきりでいちゃいちゃしたい気持ちも、一緒にお散歩をして、穏やかな時間を過ごしたいのも、どっちも大事だから。
妬いた私の失態を、マルコさんがさり気なくかばってくれたから、小さなお礼と謝罪を伝えると、返事の代わりに腕の力が強まった。


その後は、また手を繋いで散歩を続けた。
さっきとちょっとだけ違うのは、繋いでた手を指を絡める方に変えたことだ。
しっかり握りあって、お店を見る時も離れないように。


「牽制だ」
「私のセリフです」




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