23.綺麗な髪

Side:***



朝ごはんの後、マルコさんの言うように着付けをしてくれる宿の人が部屋まで来てくれた。
勝手がわからないまま、指示に従っているとパーテーションで部屋を区切られてマルコさんと離された。
それ以降も従うことしか出来ず、浴衣も事前にマルコさんが選んでくれたというから、されるがまま、腕を上げたり下着を外されたり…。
素肌に着るのかと慌てたけど、浴衣には浴衣用の下着があるんだそうだ。
びっくりした。
そのうち、仕切りの向こう側ではマルコさんの支度が整った様子だった。
一瞬私が慌てたのがわかったんだろう、着付けをしてくれている人が、ポンポンと優しく私の肩を叩いている。


「大丈夫ですよ、女性の方が時間がかかりますから」
「ああ、そう聞いてるよい。待ってるから、べっぴんに仕上げて貰え」
「はい。……わぁ…綺麗…!」


目の前に広げられた浴衣は、濃紺に鮮やかな紫陽花が咲いていて、足元に置いてあるのは真っ赤な帯だった。
マルコさんが、事前に私の為に選んでくれていたという浴衣。
見えている小物も、草履もすべて綺麗で可愛くて、思わず頬が緩んでしまった。
それを見た宿の方も、一緒に笑ってくれている。
小さな声で、浴衣選びに一番時間をかけていらっしゃいましたよ、と教えてくれたから、更に口元が緩んでしまうのは仕方がないことだと思う。

その後、いっぱい締め付けられたり、足りないところにタオルを挟まれたりして、ピシっと浴衣を着せて頂いた。
なんだか着慣れなくて、自分じゃないみたいな雰囲気の私が気恥ずかしそうに鏡の向こう側にいた。


宿の方に案内されるままパーテーションを出ると、テーブルのところでお茶を飲んでいるマルコさんが見えた。
着ているものは、さっきまで着ていた服とはまるで違って。
私と同じ濃紺の浴衣は、白いラインで大きな花の柄が入っているもので、黒い帯で腰元を閉めている。
全体的に落ち着いた雰囲気なんだけど…素敵。
私に気が付くと、すぐに立ち上がってくれたんだけど…。
長身に浴衣の柄がすごく栄えて、本当に素敵だった。


「マルコさん…すごく素敵…」
「何言ってんだい、メインはお前だ、***」


すぐ目の前にまで互いに歩み寄り、マルコさんが私の頬を指の背で撫でる。
そのまま、首筋へと指先が伸びてくると、そこも撫でられるからくすぐったい。
でも本当に、見上げる程に背の高いマルコさんは、もともとのすらっとした体形が本当に栄えて綺麗。
目の前のマルコさんに、文字通りポーっと見とれてしまっていると、首筋を撫でているマルコさんの指が、私の髪の毛を下から持ち上げていく。


「髪の毛、結ってやるからそこへ座れよい」
「…え?」


よく見ると、テーブルの上には櫛やかんざし、ちょっとした髪飾りが並べられている。
さっきまでマルコさんが座っていた引かれたままの椅子に誘導されていく。
そのままそこへ腰を下ろすと、背後に回るマルコさん。
その手にはもう、櫛が握られていた。


「髪はお客様がお結いになるとのことでしたので、これで失礼致します」
「とてもお綺麗です、楽しんできてくださいね」


着付けをしてくれていた宿の方が、片付けを終えた様子で部屋を出て行った。
再び、二人きり。
マルコさんの手は私の髪を梳かすことを開始しているし。
さらりと髪の毛を滑るマルコさんの指先はとても優しくて。
触られているだけで気持ちがいい。
するすると本当に器用にまとめていくんだけど。
どうして、こんなことが出来るんだろう?
もともと器用だから?


「懐かしいなァ」
「懐かしい…?」
「ああ、…まァさすがに覚えてねェだろうが。昔こうして、よく髪を結ってやったよい」


いう通り、本当に慣れた手つきで髪を纏め上げていく。
手早い動きで、それでいて全く痛くもない。
すごく上手だった。
私より上手な気がする。

結いながらしてくれた昔話。

普段髪の毛は下ろしっぱなしだった私。
その頃は私本人も、周りも誰も気にはしていなかったんだけど。
ある日、モビーに訪れたお客様の中に、すごく美人な女性がいて、とても綺麗に髪の毛をまとめていたそうだ。
それを見た私は、自分も同じくしてみたいと、自ら髪の毛をまとめだした。
でも子供の手のこと。
当然上手くできなくて、泣き出したらしい。
慌てたクルー達。
お父さんは出来ないし、オヤジは手が大きすぎるし。
結局、髪の毛を綺麗にまとめることが出来たのは、数少ないナースさんと、イゾウさんだけだったと。


「イゾウだけが出来るから、毎日イゾウに張り付いててなァ。面白くねェなと思ったよい」


その頃から、マルコさんに可愛がられてたんだなって、実感した。
嬉しくて頬が赤くなった気がする。

だから皆で、イゾウさんに結い方を習ったんだって。
最初はポニーテールから。
そしてツインテール。
これは、左右で別の人が結ったりするから、高さを合わせるのに苦労したらしい。
それから三つ編み、編み込み、…とたくさん練習してくれたおかげで、当初の目的のあの女性の髪型が出来るようになったみたい。
みんな頑張ってくれたんだなぁ。
それにマルコさんも。
今でもきちんと、こんなに優しく手際よくできるくらいには。


「だから古株はほとんど、女の髪の毛が結える。だがおれが一番上手く出来ていたと、胸を張って言えるよい」
「本当に上手だと思います、全然痛くないし、…私より上手いかも」
「サッチなんかは、女ウケがいいと喜んでいたよい」


今でもきちんと…。
え…。
今でもきちんと出来るのはそういうこと?
忘れていないのは。
慣れているこの手つきは。
さすがにしてはいけないと思っているけど、どうしても。
過去は気にしないと決めているつもりだけど、どうしても。
自然に頬が膨れて唇が尖ってしまっていたんだろう。
髪はもうアップにされてしまっているから、顔全体は無防備に出てしまっている。
口数の減った私を気にして覗き込んだマルコさんが、ぷふっと小さく噴き出した。


「おれが他の女の髪の毛を触ると思うかい?」
「すみません、疑って…」
「こんなに綺麗な髪、毎日触ってたンだ、他の女の髪なんて触る気も起きねェよい」
「そんな、管理も適当だし…綺麗なんて」
「綺麗だ。真っ直ぐで柔らかくて、指を通すとするりと抜けていく」
「ちょ…ッ…マルコさん、恥ずかしいです…!」
「ある日突然、***が自分で結えると言い出した時には、淋しさを感じていたよい」


出来たよい、と両肩をポンっとされて。
そっと後ろに掌を伸ばしてみると、纏め上げられた髪の横からはかんざしが揺れていて。
ところどころ、さっきテーブルの上にあった髪飾りもついているんだろう。
久しぶりに出した首筋がくすぐったい。
そしてそこに、更にマルコさんが唇を寄せているような感覚があるから余計にくすぐったい。
うなじに唇が触れるのがダイレクトに伝わると、びくっと腰が震えた。


「マルコさん、そこ…だめ…ッ」


さっきシャワーは浴びたけど。
マルコさんの唇がつーっと触れたまま移動したり、時折強めに押し付けたりするから、ぞくぞくとする感覚が止まらない。
そのうち、マルコさんの両手が外側から伸びてきたから、抱きしめられると身を竦めたら、その手はテーブルの上へ。
コトリと音を立てて置かれる櫛。
それから、ピン数本。
抱きしめられると思ったのが、恥ずかしい。
身体にも表れちゃってたし。
マルコさんの腕が引いていくのと同じくして、私も竦めた身を元に戻した。
横を見ると、掌を上にしてマルコさんが私に差し出してくれている。
その合図をしっかりと受け取り、掌に自らのそれを乗せると、思っていた以上に優しく握られる私の指先。
立ち上がるのを促すように引かれ、ゆっくりと腰を上げていくと、マルコさんのすぐ目の前、対面する形で向かい合った。
いつもと違う服装同士。
ちょっと気恥ずかしい。
でも隣を歩けるのは嬉しいな。


「わっ……マルコ、さん…?」
「可愛いよい。よく、似合ってる」


ぎゅっと、ふいにマルコさんに抱きしめられた。
いつも、してもらっていることなのに。
突然されることだって、最近は少しずつ慣れてきたのに。
今すごくドキドキしているのは、着慣れない浴衣のせいだろうか。
それとも、似合ってるって褒めてくれたマルコさんの声色が、すっごく熱っぽく聞こえたからだろうか。
抱きしめられるといつもは、素肌が頬に当たるけど、今は浴衣に生地が柔らかく私に触れている。
それすら、くすぐったくて。
いつもと違う姿のマルコさんが、色っぽ過ぎて。
全部がその要因に思えた。
自分からもマルコさんの背中に両手を回してしがみつくと、ますますマルコさんの腕の力も強くなっていく。
それに、掌に触れるいつもと違う布の感覚も、更にドキドキを煽る。
いつもぎゅっとされると、高等部を撫でて貰えるんだけど、今日はせっかくセットしてもらったヘアアレンジはさすがにマルコさんも触ることはせず、でも、代わりに腰付近を撫でられるから、きゅんと胸が高鳴った。


「マルコさん…ッ…部屋、出られなくなっちゃう…」
「確かに…」


やっとの思いで口に出した言葉は、マルコさんも同意をしてくれたものの、腕の力は一向に弱まらない。
それにさっき軽くお化粧もしてもらったから、マルコさんの胸元に頬がくっついてしまっているのも、気にはなっていた。
これって…レンタル?
汚しちゃまずいんじゃ…?


「お化粧で汚しちゃったりしたら、困りませんか?」
「大丈夫だ、…汚すかもしれねェから、買った」


汚すの前提!?
なんで?
って思ったけど、それ以上は追及しなかった。
理由がわかってしまったから。
それはもう、さっきから密着していて気がついていることだった。
こんなにも触れ合っていたら、それは極当然のことと思える。
一気にまた体の芯からきゅうってなるような思いだった。
恥ずかしいのに、嬉しくて。
どうなるのかもうそれでわかっているのに、待ち遠しいような、期待してしまっているような。
色々なことが思い浮かんでは自分を支配していくうちに、丁度真上に位置しているマルコさんが、ふっと小さく笑った。
そしてゆっくりと腕の力が弱められていく。
でもそれは、完全に離れたわけではなくて互いの間に隙間が出来るくらいの猶予しかない。
背をかがめたマルコさんが、私の顔をのぞき込んでいる。
それから片方の指先が、頬に触れた。


「ほっぺたが赤くなってる。…化粧かい?それとも…?」
「また言わせようとして…でも、マルコさんが好き過ぎて…もう、だめ」
「そんなこと言われちゃ、可愛すぎて堪んねェよい」


自然にマルコさんの唇が下りてきて、最初は頬に触れた。
柔らかな厚みのあるそれが触れると、くすぐったくて、自然に目が閉じてしまう。
ますます、頬が熱くなるのを感じた。
それから顎を持ち上げられて、上を向かされると、すぐにマルコさんの鼻が私のそれに触れる。
直後、唇が塞がれた。
ちゅっと音を立てて触れてからすぐに離れてしまう唇。
名残惜しくて目を開くと、目が合ったマルコさんは眉を下げて笑みを浮かべていた。


「そんな顏されると、せっかく着た浴衣を台無しにしちまいそうだよい」
「ん、…一緒に歩きたいです」
「ああ。今日はまだ始まったばかりだからなァ」


抱きしめられていたのが解かれると、やっぱり名残惜しくてマルコさんを見つめてしまったけど。
差し出された手を、さっきと同じように掴むと、今度は繋ぎ合わせる形へと変えられた。

玄関で、草履を履いて外に出ると、爽やかな風が私達を包み込んでくれた。
気持ちのいい風。
海風とはまた違った、鼻先をくすぐる甘い香りが新鮮だった。
宿の庭を手を繋いで歩いているだけでも、幸せ。
でも、昨日は移動してきただけだったし、お店にしか行かなかったからまだわからないけど。
ちらりと見えた街並みは素敵だったし、あまり他の島では見かけない建物の構造をしていたようだったから、楽しみではある。

マルコさんが一歩で渡れる飛び石を、砂利に落ちないよう軽くジャンプして渡ると、マルコさんは遅めの私に合わせて速度を緩めてくれる。
そうして3つ程石を飛んだところで、遠くの方から私達を呼ぶ声が聞こえた。
不死鳥、と呼ぶ声は、決して大きいわけじゃないのに、よく通って聞こえてきた。
それは、今日帰る予定だと言っていた通り、昨日お会いしたベックマンさんと、カルリーノさんだった。
ベックマンさんは昨日とあまり印象は変わらないけど。
カルリーノさんの方は、全くの別人に見える程、服装の印象が違う。
それに加えて、海賊のトレードマークとも言える三角帽子をきっちり被っていた。


「海賊なんだなぁ…」
「***も海賊だろう?」
「いやでも、なんていうか、カルリーノさんは格好よくて、憧れますよね」
「おれは、今のままの***がいいよい」


どうしてマルコさんは、こういう言葉をさらっと言えちゃうんだろう。
それに、私が照れるのをわかっている上で、発言しているから更に困る。
さっき言われた通り、ほっぺただって赤くなってしまっていると思う。
だからそれを誤魔化すように、遠くにいる二人に手を大きく振った。
それにきちんと二人も返してくれている。
横を見ると、マルコさんも片手をあげていた。
これでお別れ。
私たちと、あの二人ともだけど。
あの二人も、しばしの別れなんだ。
たまにしか会えないからこそ、僅かな時間でも大切に大切にしているんだと思う。


「あいつらに、これ以上おれ達の時間を邪魔されるわけにゃいかねェからな」


行くぞ、と言わんばかりに繋いだ手を引いて先へと進んでいってしまうマルコさん。
逆、逆って思ったけど、その表情を見る限り、私と同じ気持ちで、そういう意味で言ったんだろうなと思った。
だからまたねの挨拶はこれで終わりにして、宿の建物の中へと入った。
宿の方に部屋の鍵を預けて、表通りに出る。
昨日見た景色とはまた違って、活気づいている午前中の風景だった。


「わぁ…人がたくさんですね」
「夜とは違った雰囲気だなァ」
「目的の場所って、あるんですか?」
「ある…が、散歩をする時間もあるよい」
「嬉しい。…いろんなところ、見てみたいです」
「こんなにいい女をエスコートできるおれは、果報者だよい」


また、恥ずかしいことを。
赤くなる私とは裏腹に、至極嬉しそうに頬を緩めているマルコさんを見ていると、私も自然に同じ表情になっていったと思う。
だって恥ずかしがってちゃ、心臓がいくつあっても足りない。
多分。

宿の前の表通りとクロスしている道を曲がると、更に大きな通りだった。
こっちがメインストリートなんだろうと思う。
二階建ての建築物がほとんどなんだけど、よく見ると一階と二階のデザインが大きく違う。
窓について詳しく見てみても、下の窓は横開きなのに、二階の窓は縦開きになっていて、全く別の人が建設したような造りになっていた。
その違和感が、なんとも言えない赴きがあって、とても素敵だった。

その建物たちも、一階はほとんどが賑やかなお店になっている。
そこに集まる人々。
売っているものも、食べ物ばかりじゃなくて、雑貨があったりして色取り取りで綺麗。
ひとつひとつのお店を見てみたいと思った。

マルコさんに手を引かれ、目につくお店に入りたいとお願いしても、文句も言わず、むしろ嬉しそうに頷いて一緒についてきてくれる。
男の人って、女の人のウィンドーショッピングが苦手っていうのは聞いたことがあるけど。
マルコさんは付き合ってくれるんだなって思ったら、ますます大好きになっていく。

そんな大好きなマルコさんと、久しぶりの穏やかな散歩を一緒に楽しむことが出来た。
果報者はきっと、いや、絶対私の方。




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