22.美しい月

Side:Marco



何度も、何度も自分の欲望のままに腰を振って、興奮の熱が冷めた最後の行為でようやく***の中から自分を引き抜くことができた。
抜け落ちるときに甘い声を漏らしたかと思うと、おれの腕の中で気を失うかのように眠りに落ちていった彼女をベッドに横たえた。
暫く寝顔を眺めてはいたものの、すっと熱が冷めると、とんでもねェことをやらかしたという気分に陥り、小さくため息をつくばかりで。
それでも、悪かったなんて謝罪をしようものなら、こいつはおれの方を慰めるのだろう。
愛しいという気持ちが指先に表れているのが自分でもよくわかる。
優しく触れたいと自ら思い、絶対に痛くないようにと半ば臆病になりながらいつも触っている***の頬。
指先にも気持ちがいいのが伝わる程、柔らかく滑らかなそこを絶対に傷つけないようにと。
汗をかいた後の、額に張り付く前髪を指先で梳かしてやった後、自分も頭をベッドへと預けて眠る態勢を取った。

眠れねェ。
横になったはいいが、さっきまで興奮していた身だ。
まったく睡魔が訪れる気がしねェ。
腕の中、すやすやと気持ちよさそうに規則的な呼吸を繰り返している***を起こすわけにはいかず、同じ態勢を取っていることも要因である気がしてくる。
仕方ねェ。
確か酒の用意をしてあると聞いた気がする。
身体を起こす前に、***の額へキスをすると、身動ぎはしたものの再度深い眠りについた彼女を残し、ベッドから立ち上がった。
さすがに裸体のままでは落ち着かず、下半身のみ服を着用することにはした。

さっきの行為で、テーブルから椅子に移動させた食事とグラスの乗る皿を手に、冷蔵庫へと移動する。
中には数種類の酒が準備されており、その中からワインをひと瓶手に取った。
テーブルに向かうも視線を窓の外へとやると、桜が小さな風で揺れているのが見えた。
室内で飲もうと思っていたが、外の気温でこの身体の熱を冷ますのもいいかと、
窓の向こう側、テラスへ続く扉を開くと、案の定室内よりはずいぶんと低い、夜の春の島の気温。
火照った身体には丁度良さそうだ。
テラスの床にトレーを乗せて自分もその端に腰を下ろす。
テラスの縁から足を投げ出すように座ると、地面にはつかず自由に動かせる高さがあり、素足をくすぐる夜風がつま先まで包むようで気持ちが良かった。
そのまま足を前後に交互に揺らす。
こりゃいい。
明日の夜は、***と二人、ここで静かに飲むのもいいものだ。
自らグラスに酒を注ぎ、口元に運んで喉に通したとき、ふと自分のこの姿を客観的に考えた。
なんと嬉しそうにしているものだろうか、と。
それに気が付いたのは、自分の口元がゆるりと弧を描いていたからだ。
自分でもはっきりとわかる程には、表情が緩んでいる。
***のことを考えるといつもだ。
むしろ、自分が体験して楽しいと感じたことは、すべて***と共に体験したいと思っている。
自分が二度目になろうが、関係ない。
上書きされるくらいにしか思ってねェ。
どんな顔をして喜ぶのだろうかと、想像すらしている。
そのためにわざわざ時間を作ってここの下見に来たのだから。
さすがにあの日は、泊りはしなかったが。
それでもあの強行突破が十分に報われる程には、***は喜んでいる様子だった。
正直、ほっとしたのも事実で。
ベックマンに会ったり、くそ海賊に遭ったのは想定外ではあったものの、概ね、おおよそ、全体的に見れば成功とも言えるだろう。

見上げると、美しい月がよく見える。
月見酒も悪くねェ。
むしろ、さっきは部屋の灯りをつけなくとも十分に視界が照らされていた。
感謝以外には何もねェ。
雲一つない夜空に輝くのがまた綺麗だった。


ワインの瓶、残り1/4程になった頃、背後でカタンと小さく扉の開く音が聞こえてきた。
この部屋には、自分以外には***しかいない。
首だけ振り返ると、案の定扉を開いてこちらを見ている***の姿がある。
着方はいまいちわからないのだろう、薄い浴衣を羽織り、前をなんとなく止めている様子だった。
その姿がまたも煽情的で、自分の女ながら心を揺さぶられる思いだ。


「起きるまで、隣に居てやれなくて悪いな」
「私こそ、寝落ちしてしまっていたみたいで…」
「昨日はいろいろなことがあったから、疲れたろ?」


いろいろなこと、を想像したのだろう。
***の頬が赤く染まっている。
おい、おれが冷静になろうとしているときに、煽るんじゃねェよい。
いろいろには、移動から何から詰まっているつもりで発したものを。
まぁそれでも、照れる***が可愛くて、暫くじっと眺めてしまった。
隣にきて飲むのだろうと思い、逆さにおいてあったグラスをひっくり返した。
自分のそれの隣に並べ、ワインを注いでやる。
月明かりに照らされた赤いワインは、***の頬の色のようで美しい。
背後からはこちらへ来る足音に、扉が閉まる音が聞こえてきている。
乾杯というこかと、自分のグラスを手に取ったところで、目の前に***の両手が伸びてきたのが見えた。
そのままふわりと、後ろから柔らかな感覚に包まれていく。
首筋へ巻き付く***の両手。
浴衣の袖はそのせいで捲り上がり、両腕が露出してしまっている。
そこへ唇を押し付けてやると、ピクリと小さく反応を示した。
その後、背後で何やらもぞもぞと動いているなと思えば、おれの首の後ろですぅっと呼吸をしている音が聞こえてきた。


「何やってんだよい」
「マルコさんの匂いがするから」
「まァ…確かにそこはなァ」


人間の身体では、首の後ろが一番匂いが強いと聞く。
確かにそれは事実で、それはそうなんだが…。
枕が匂うのもそれが原因でもある。
ってな箇所なのは間違いねェ。
今日は汗も掻いているし、さっきまであんなにも動いてただろうが。
外気温ですっかり汗は引いたものの、さすがに…。


「朝にシャワー浴びようと思ってたんだ、あんまり嗅ぐと…」
「でもサッチさんが、…マルコさんの匂いが一番するのはここだって」


サッチの野郎!
手にしたグラスを割りかけて、さすがにまずいと思いトレーに戻した。
止めさせてェのに、腕に力が入っているのか一向に解ける気配はねェし、何より***が後ろで小さく笑っているから、無理に引きはがすのも気が引ける。
結局はされるがままに、おとなしく態勢を維持したままで。
これも惚れた弱みってやつかい。
嬉しそうにしていると、こっちまで悪い気はしねェ。
だがさすがに止めねェとと思えるようになったのは、***がそこにキスをし出したからで。
リップ音が背後から聞こえてくる。
それに耳のすぐ後ろからだ。
割と広範囲に唇が触れられているようで、時折くすぐったさに身動ぎをすると、さらに嬉しそうになるから参る。


「そんなに煽ると、襲うぞ」
「いいですよ」
「へェ…こんなところで、朝まで裸に剥かれてェのかい?」
「昼間にもう、したじゃないですか」
「朝飯の後には、着付けの従業員が部屋に来る予定だよい。見られ…」
「着付けって、なんですか?」


花が咲いたかのような笑顔だと思った。
さっきまで美しいと思えていた月が霞む程に。
おれの言葉に、首筋へキスをしていたのを止めて顔をのぞき込んでいる***。
その顔は、期待に満ち溢れている。
ああ、そうだ。
この顔が見たい為に、いろいろ準備をしたんだ。
冬島では、結局様々な箇所へは連れて行ってやれなかったから。
告白も、結局は自室ですることになっちまったし。
後に嬉しかったと言われ、自分でも満足はしたつもりだったが。


「せっかくのスタイルが和なんだ、浴衣着て歩きてェと思わねェかい」
「マルコさんも?」
「ああ、おれはおまけみてェなモンだが…」
「嬉しい!わあ〜、絶対似合うと思うんです、楽しみだな〜」
「おれはお前に…」
「じゃあ、襲うのは今はダメです!」


首筋へ両手を回し、背に体重を預けている様子で次第に***の重みが身体にかかってくるのが伝わる。
おまけに、時折両足を床から跳ねさせているのだろう、前のめりになる感覚さえある。
当たってるぞ、胸が。
ブラジャーもしていないんだろう、薄い布越しにダイレクトに柔らかな膨らみの感触があった。
無防備すぎだろう…。
それに、はしゃぎ方がガキみてェ。
きゃっきゃと何度もそれを繰り返すから、零しちまいそうで酒のグラスも手に取れねェ。
はぁ…と小さくため息を落としても、自分の口元がゆがんでいるのがよくわかる。
このため息は、自分に対してだった。


「それじゃ今夜はおとなしく、眠くなるまで酒でも飲むよい」


首筋に回る***の腕の片方を強めに引いてやると、重心のずれた彼女の顏が横から覗く。
さらに引いてやると、腕の中に上半身がすとんと落ちてくる。
その身を抱えてやり、隣へ座るよう促しつつ、その途中で唇へキスをひとつ触れてやった。
こんなの、何度もしているだろう。
おそらく目を閉じる隙さえ与えないほどの短い触れ合いであったためか、***の口からは困った時に出る特有のおかしな声が発せられていた。
それでもキスをする度に、頬を染めてどこか恥ずかしそうな仕草をするから、さらに困らせてやりたくなる。
照れながらも、ようやく隣に腰を下ろす***。
縁から両足を投げ出して、先ほどの自分と同じように前後に揺する様は、おっさんのおれに比べて格段に可愛らしい。
ったく、調子がいいもんだなァ。
さっきまで妖艶におれを誘っていたものを、今は無邪気に明日について語っている。
振り回されるおれの身にもなってみろよい。

それから、二人でワインの瓶を開ける頃には***が大きくあくびをし始めた。
あまりにでかい口を開いたことに、自分でも恥ずかしくなったんだろう、慌てて後から手で抑えてはいたが。
さすがに深夜を回り、おれも限界に近づいてきてはいる。
ワインも丁度良く、身体に染み込んで心地が良かった。


「あの東屋で寝たら寒いかなぁ?」
「朝方は、そこまで気温の下がる地域じゃねェよい」
「じゃあ、今夜はあそこで寝たいです。目が覚めて、庭を一番に見れるなんて憧れませんか?」
「船の生活のおれ達には、贅沢な目覚めになるかもしれねェな」


おれにとっては、***が隣で共に眠り、朝共に目覚めることの方がよっぽど贅沢な暮らしに思える。
だが目の前の愛しい恋人の頼みは、聞いてやりてェからな。
すでに酔いが回り、眠気も相まって足元が覚束ない状態の***を抱きかかえてやった。
テラスの端に、グラスを二つ残して、露天風呂の横を抜けて東屋を目指す。
腕の中、揺れが心地いいのか***はすでに眠りにつくギリギリの様子だ。
そっと東屋のマットレスに下ろし、寒くねェようにとブランケットや毛布を足元から引っ張り上げてやると、***の両手がおれの方へと伸びてくる。
眉を下げ、うっすらと目を開いたままおれを見つめる仕草は、まるで本当にガキのようだった。
おおよそ大人の男に強請る仕草とは到底思えないが、叶えてやれるのはおれだけだ。
その事実にゾクリと背筋を震わせつつ、***の腕がおれの首筋に来るよう、背に片手を差し入れて抱えながらおれ自身もマットレスに沈む。
自由な片手で、もう身体を隠す意味を半分ほど成していまい浴衣の腰紐を解いてやる。
一瞬、目を見開いた***ではあったものの、いつものおれとの約束を思い出したんだろう。
頬を染めながらゆっくりと目を閉じていった。
浴衣の前だけを軽く開いてやり、露出した素肌に自らのそれを押し付ける。
二人分のぬくもりは、ブランケットの中でも心地よく、すぐに眠りへと誘われていく。
ふと見上げると、さっきよりも少し位置を変えた月が、同じように二人を照らしていた。
美しい月だと思う。
さっきの月見酒も悪くはなかったが、今夜は朝まで付き合って貰うよい。
おれの可愛い***を一晩中照らしてやってくれ。

また明日。
こうして、旅行の一日目、ふたりの長い一日が終わった。



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