15.桜並木の散歩

Side:***



パタパタパタ…と部屋の外を走る足音で目が覚めた。
ぼんやりとした頭を覚醒させるために上半身を起こすと、掛けられていたシーツが肩から滑り落ちて裸体を晒してしまう。
慌てて胸元までそれを引き上げるも、室内には私一人しかいなかった。
マルコさん…?
自分の寝ていた隣に掌を這わせてみると、冷たくなっているそこは、居た人が随分前に寝床を出た証拠で。
早朝まで続いていた行為は、まだ身体に熱の芯が残る程であったのに、マルコさんがいないというだけですぐに冷えていくような気がした。
マルコさんだって忙しいんだ、こんなことで淋しくなってどうするの。
それでも身体的にも今すぐ元気にはとても動けそうになくて、ただ座ったままぼんやりとしていた。

やがて廊下の足音が食堂の方から響いて来て、ゆったりとしたそれが自室前で止まる。
カチャリと鍵の開く音がして、その扉が開いた。


「目ェ覚めたかい、おはよう」
「おはようございます。…あ、朝ごはん…?」


室内に入ったマルコさんが、片足でバタンと扉を閉める。
その手には、トレーに乗った二人分の朝食があった。
横から見てそれは、ほこほこと湯気がだっており、美味しそうだ。
簡単な物だが、とマルコさんがそう言ってトレーをベッドに乗せ、靴を脱いで私の隣に腰を下ろす。
ギシッとベッドが軋んでマルコさんの方に重心が寄ってしまい、肩に寄り掛かる格好となる私。
私の肩を引き寄せて、額にキスをしてくれるマルコさん。
さっきまで淋しいなんて、心の中で悪態をついていたハズなのに、もう心が満たされているから、勝手な乙女心だ。
トレーの上にはピザトースト、スクランブルエッグ、彩り綺麗なミニサラダが付いていて、コンソメスープも乗っていた。
美味しそう…。
それになんだかすごく、盛り付けが綺麗。


「4番隊の人…?」
「いや、…これは、おれが」
「えええ!?マルコさんが作ってくれたんですか!?」


思わずベッドの上の朝食と、マルコさんを交互に見てしまう。
肯定してくれるマルコさんに、頬が緩むのを止められない。
起きた時にベッドになかったのは、朝食を作ってくれていた為だった。
二人分ある、ということは私の為に。
ああ…もう、どうしよ。
こんなに至れり尽くせりでいいのかな。
こんなに幸せでいいのかな。


「マルコさん、好きッ!」
「ああ。おれも…だが、そんな格好で抱き着かれたら、さすがに飯どころじゃねェよい」


思わず抱き着いてしまったけど。
その時にベッドの上に乗っていたトレーが僅かにバランスを崩して、お皿同士がぶつかる高い音がしたけど。
それ以上に、私自身が何も身に着けていない状態だった。
抱き着いた私を支えてくれている片手、もう一方はすでに胸をふにふにと揉まれてしまっている。
でもそれは、決して熱を帯びたものではなくて、いたずらにじゃれ合うような触り方だった。


「***を食いてェところだが、今日から休みなんだ、食ったら出かけるよい」
「はい!」


さすがに裸体を晒してご飯を食べるわけにはいかず、服を着たかったんだけどマルコさんに阻まれてしまった。
仕方なく、シーツを引っ張って身体に巻きつけて食事を頂くことにした。
マルコさんが作ってくれた…。
スープはとっても優しい味だったし、トーストもとても美味しかった。
スクランブルエッグもふわふわで。
私だったら、こんなに柔らかく焼けない。
なんだか、どこかのシェフが作ってくれたんじゃないかっていう程、とても美味しい朝食だった。
マルコさんは慣れた手つきで食事をしていたけど、いつもこんなの作るのかな…?
自分で料理をする機会があるんだろうか。
ていうか、何でも出来ちゃうんだなぁ…。
マルコさんに出来ないことってあるんだろうか?

あんまり私が見つめるから、マルコさんが、ん?って首を傾げている。
その姿すら可愛くて。
可愛くて、格好良くて、色気も合って。
それでこんなに美味しい食事まで作れるとか、もう完璧すぎて怖いくらいだった。


「そういや、***は料理は苦手なんだったか?」
「どうして今そういうこと思い出すんですか…」
「次はおれの為に、何か作ってくれよい」
「食材が、消し炭になるかもしれないけど、大丈夫ですかね?」


マルコさんの言うように、私は料理が苦手だ。
こんなにふわふわな卵を焼ける気がしないし、美味しいトーストを作れる自信もない。
マルコさんは驚いて目を見開いていたけど、そのうち大きな声で笑い出した。
それでもいい、と言いながらとても上機嫌で、楽しげにしながら食事を終えてしまった。
本当に美味しかった。
片づけくらいは手伝おうと思ったんだけど、着替えしとけよい、と言われてさっさとトレーを持って自室を出られてしまう。
そこだけは、女子力を見せたかったのに、簡単に阻止されてしまうから、とにかくクローゼットへ向かって衣服を取り出した。
クローゼットの中。
そこにはマルコさんの服も一緒に掛かっている。
さすがに下着は、見えないようにボックスの中に仕舞い込んではいるけど、スカートとかシャツとか、ハンガーに掛けるものは同じところに収納しているから、私の服とマルコさんの服が隣り合って掛かっているのを見ると、未だにちょっとドキドキするんだ。
今日着る為の服はもう決まっていた。
だからそこから取り出して、見に付けていく。
二泊の旅行。
同じ島には皆がいるものの、二晩もモビーを開けることになる。
心配になって、大丈夫なのかとマルコさんに尋ねると、問題ないと返ってきたから、それくらいは大丈夫なんだろうけど。
そんなにマルコさんを独占してしまっていいのかなって、ちょっと思った。
他の人に邪魔されず、二人きりの時間を過ごせる。
いや、邪魔だなんて言ってしまうのは申し訳ないんだけど。
それでも、時々部屋でキスをしていると、ノック音に遮られることもあったりしたから。
それがない状態で、二日間もマルコさんを独占できるんだ。
嬉しくて堪らなかった。
あまりに嬉しすぎて、昨日の昼のうちに支度を済ませてしまった上に、着る服まで決定してしまったんだから。

マルコさんがおそらく食器を洗って戻ってきた頃には、私の支度は完璧に出来ていた。
二日分の着替えと、身の回りの物を入れたら割と荷物が大きくなってしまい、それすらマルコさんに持たれてしまう。
申し訳なく思いながら、片手はしっかりマルコさんに握りしめられていた。


「オヤジ、部屋にいると思うから挨拶してから行くよい」


廊下を出て、オヤジの部屋のある階にいくと、天上がものすごく高いそこ。
6メートルはあると思う。
この階は基本的に、身体の大きなクルー専用の階となっている。
隊長さんや、うちの船大工チームのメンバーにも何人か、大きな人がいるからその人達の自室もあるところ。
私も何度かオヤジの部屋には泊まらせて貰ったこともあるから、なじみのある階だった。

マルコさんが、部屋の扉をノックする。


「オヤジ、いるかい?」
「ああ、入ってこい」


部屋に入る直前まで、マルコさんが繋ぐ手を緩めてくれないから、このまま入るのかと動揺した。
手、繋いじゃってるけど…!?
結局、オヤジの目の前まで足を進めても、マルコさんはその手を決して放そうとはしなかった。
当然、オヤジの目にもその光景が入ったはずだ。
楽しげに大声で笑っているし…。


「帰るのは明後日だよい、何かあれば、電伝虫に…」
「そんなものは置いていけェ」
「でも何かあった時に困るだろい!」
「おめェ一人いねェからって、どうにかなる海賊団じゃねェ」
「けど…!」
「バカヤロウ、さっさと寄越せ」
「わかったよい、…じゃあ行ってくる」
「行って来ます!」
「ああ…楽しんできなァ、土産は孫でいいぞ」


冗談なのか本気なのか、計ることは不可能だったけど親父が大声で笑って、私達二人が盛大に照れるという構図だった。
オヤジの部屋で良かった。
これが甲板だったり、他のクルーがいるところだったら、もっと盛大に湧いただろう。
マルコさんに繋いだ手を引かれ、オヤジの部屋を後にすると、人もまばらな甲板に出た。
気持ちのいい風。
春というよりは、初夏に近い、肌を滑る風が気持ちのいい島だ。
島で一日を過ごしているというのに。
マルコさんと手を繋いで、モビーの上に居て吸い込む空気はまた別な気がした。



「予約の宿、少し遠いんだが、飛んでくかい?それとも、珍しい乗り物にでも乗っていくかい?」
「え…乗り物、あるんですか?それがいいです!」


モビーを下りて島の中心へ向かって歩いている途中、尋ねられた質問。
マルコさんは私の返答を予想していたんだろう。
こっちだい、と手を引いて進んでいく。
昨日泊まった宿のある繁華街を背にして道を曲がり、賑やかな街並みを抜けて、なんだか大きな建物の前までやって来た。
建物の外には、いくつもの荷台が置いてある。
荷物を乗せる専用のようなものもあれば、人を乗せる為のものもあって、様々な種類のものが置いてあった。
前には、それを引くためのものだろう、太いロープがくくりつけられてある。


「ラビウまで行きてェんだが」
「ああ、それなら丁度いいのがいるぜ。今日はまだ荷台を引いてない元気なのが。少し揺れるかもしれないがいいか?」
「問題ねェ。二人分で頼むよい」
「おお、弾むねェ。…ちょっと待ってな、いい荷車用意してやるから」


受けつけらしき人と交渉してくれて、いつの間にかその人が建物の中に入ってしまっていた。
私はこの乗り物、初めてだ。
やがてさっきの人が建物から出てきたと思うと、その後ろから大きな二足歩行のライオンが姿を現した。
お、大きい…!
恰幅もいいけど、マルコさんよりもずっと背の高いライオンさんだった。
さすがに驚いて彼を見上げると、キリっとした目元を見せてくれて、更にサムズアップをしてくれる。
なんだかとっても頼りになりそうだった。
お店の人ふたりに着いていくと、奥にある倉庫の中に、帆の付いた荷車まで移動した。
帆の中は、ゆったりとしたソファがあってくつろげるようになっている。


「けっこう長時間だ、眠るもよし、いちゃつくもよし、好きに使いな」


乗れるように整備してくれているんだろう、受付の人が中を確認してゴーサインを出してくれた。
ライオンさんは、その車に着いているロープを肩に掛けて、再びサムズアップを見せてくれている。


「ガオッ!」
「奴もオッケーだそうだ、じゃあ、二人ともいい旅をな」
「珍しい乗り物だろい?」
「はい、格好いいです!」


ライオンさんは言葉が分かるのだろう。
褒めると、ウインクして見せてくれる。
なんだか素敵。


「こんなに大きな車を引いて、重くないんですか?」
「ああ、こいつらは車を引くのが趣味っつーか、生きがいっつーか…?だからお嬢さんも、楽しんで乗ってやってくれ」


車に乗る私を手助けしてくれた受付の人がにっこりと笑って教えてくれた。
趣味で引くんだ。
すでにスタンバイ万全のライオンさんは早く走りたくてなのか、屈伸運動をしている。
マルコさんも乗りこんで、二人がソファに腰を下ろしたところで、すぐに車が動き出した。
最初のスタートはゆっくり目で、それから本通りに出た時には、速度が増して行っていた。
確かに揺れはしたけども、船の揺れに比べたらそうでもなかった。
それに前で楽しそうに走ってくれているライオンさんの背を見ていると、頼もしくて仕方ない。
いい旅行になりそうだ、そう思えた。


「いちゃつくもよし、って言ってたよい」
「言って、ました…ね……ッ…」


長時間の移動を楽にするためのソファなのだろう、座り心地は抜群で、おまけに足を投げ出せる程、ゆったりとした作りになっている。
だからマルコさんがぐっと私に重心をかけてくると、簡単に上へ乗り上げる格好となってしまう。
今朝までしてたばかりなのに、マルコさんの目はもうすでに色気を帯びている。
艶っぽい眼差しで見つめられるから、ドキドキしてしまうんだ。
最初は頭を撫でられていただけだったのに。
そのうち頬に降りてきて、親指で唇をなぞられる。
下唇を引かれると、閉じていたそれが開かされていくのを感じた。
マルコさんの瞼がゆっくりと落ちていき、私も同じく閉ざした。
そろそろ唇が触れ合うだろう、という時に、その寸前で行為を止められてしまうこととなる。


「ガオッ!」


突然ライオンさんが声を出したから、二人で顔を上げた。
すると目に入ったのは、一面のピンク。
マルコさんに昨日の朝連れて行ってもらった桜もすごく綺麗だったけど、ここのは桜並木になっていて、それでいて、視界が全てそれに覆われてしまう。
声を上げたくらいだ、ここは名所なのだろう。
二人、身体を起こしてその景色を堪能することにした。
その道中、一番景色のいいところなのだろう。
荷台を止められる広場になっている箇所があった。
当然のように、ライオンさんがそこへ乗り入れて、ロープを杭につなぐと、中を覗き込んでくる。
降りろ、ということだろうか。
マルコさんが先に降りて、次に私が続くと、ライオンさんがさっき受付の人がしてくれたように、片手を差し出してくれる。
その手に自分のそれを重ねると、下車を手伝ってくれた。


「ライオンさん、ありがとうございます」
「グルルッ」


彼は自分の胸元にあるプレートのようなものを指先で摘まんで、私に見せてくれた。
『レイ』
そう書いてある。
彼の名前なのだろう。


「レイさん、ありがとうございます」
「グルルルルッ」


きちんと名前を呼んでお礼をすると、喉を鳴らして首筋に顔や頬を擦りつけられる。
まるでミンク族のガルチューのように。
長くて柔らかな毛並みが気持ち良かった。


「おい、くっつき過ぎだよい」


マルコさんが私の身体を僅かに引くから、レイさんのふわふわとした毛並みが離れてしまう。
不満そうにマルコさんを睨んだ後に、100M程先にある、ここと同じような広場をレイさんが指している。
ロープを再び肩に乗せて示すから、そこまで歩け、ということなのだろう。
わかりました、と告げるとニコリと笑って先に進んで行ってしまった。
二人、のこされた桜並木で。
マルコさんが私の手を取ってくれる。
荷物も何もない、身軽な状態でここを歩けるのは素直に嬉しかった。
桜並木の散歩。
なんて素敵なんだろう。
前を見ても後ろを見ても、ずっと続いている桜並木。
切れることのないピンク色の道は、とても綺麗だった。
ひらひらと舞い散る花びらの中、二人で散歩しているように歩いて行く。
丁度いい気温、綺麗な道、隣にマルコさん。
横を見て、マルコさんを見上げると、丁度私を見ていてくれていた。
目が合うと、どちらともなくその場で足を止める。
ふわりとした風が二人の間を通ると、桜の花びらも一緒に目の前を通り過ぎていく。
すごく綺麗だった。
マルコさんも、ピンクがよく似合って綺麗。


「***、綺麗だ」
「マルコさんの方が、ずっと……ッ」


いつもなら、頬に手を当ててされるのに、少しだけ屈んだマルコさんにキスをされた。
触れるだけ、ちゅって音の鳴る短いキス。
目を閉じるのさえ忘れてしまう程、一瞬の出来事だった。


「あいつに邪魔されるからな」


マルコさんの視線の先には、さっきよりも少し近づいたレオさんが見える。
荷車のロープを持ったまま、こちらをじっと見つめていた。
はぁ、と小さくマルコさんが溜め息をつくから思わず笑ってしまう。
私は背伸びをして、マルコさんにもう一度キスして欲しくて、片手を彼の胸元に当てた。
背伸びをしたところで、マルコさんの唇にはまだ届きはしなかったけど、腰を支えられて、再び屈んだ彼の唇が近づいてくる。
私でも触れられる位置にまで下ろしてくれたから、そこからは私が重ね合わせた。
ちゅって同じキスをもう一度。
その後は、角度を変えてもう一度。
マルコさんがぐっと私のそれに唇を押し付けて、深く重ね合わせた頃、また遠くからレオさんが吠える声が聞こえてくる。
思わず至近距離で目を合わせて二人で笑った。


「ほらな、邪魔しやがるよい」



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