13.好きなんだもん

Side:Marco



こんな汚ぇ宿で…。
おまけに人間の欲望を幾度となく飲み込んできたベッドに***を横にさせることになるなんて。
先程自分がした行為を棚に置いて、部屋を見渡して小さな罪悪感を得た。
腕の中には未だ拗ねている様子の***が相変わらず壁を向いている。
おれはその首の下に腕を差し入れ、もう一方では行為の惰性と物足りなさを感じる表れで彼女の柔らかな胸を指先で弄んでいた。
胸の頂きを目指さないのは、それ以上の欲望が生まれると困るという単純な理由だ。
ただでさえ、一度しかしてねェんだ、今でも下半身の重さと熱にはギリギリ理性が勝っている状態なのだから。


「キーホルダー、嬉しかったよい」


部屋を見渡した時に視界の端で光ったもの。
こっそり荷物に忍ばせてくれたんだろう、手紙と共に入っていたものは、おそらく***の手製だ。
おれの発した物の名、***にも覚えがあるのだろう。
腕の中で、ぴくりと身体が反応した。
その時の光景を思い出しているのかもしれない。
小さく頷いてその先は触れようとしないから、思わず唇の端が持ち上がるのを感じた。
あの手紙か。
そんな小さなことでも恥ずかしがる***が可愛いと心から思う。


「おれも、大好きです、だよい」
「わッ…今それ言うの、ダメですよ」
「おかげで離れていても、頑張れたからな」


さっきはあんなにも乱れていたのに、こんな些細なことでも照れている様子を腕の中に感じると、再びムラッと小さく性欲が沸く。
些細なことでもすぐに襲ってしまうだろう。
もうシャワーブースで、なんていう無理はさせられねェのに。
昼間の疲労と先程の行為で、疲れもピークに達しているはずだ。
このまま、眠らせてやるのが一番だ。
おれが悪戯さえしなければ、このまま***は眠りにつけるだろう。
今このまま、***を腕に抱きしめているだけでも、おれは十分な程に幸せだ。
たった一人、先入りしている島でこんなにも幸福感に満たされたことなんか、過去に一度だってない。
欲を吐き出し、娼婦を帰らせた後にひとり眠った記憶のある似たようなベッドが、今はその狭さすら有難いと感じる程だ。
***が眠ったなら、おれもそのまま朝まで眠りにつくことにしよう。
胸を触っていた手を彼女の頭に当てて、そっとそこを撫でる。
後ろから見て、膨らんでいた頬も今は元に戻っている様子だった。
暖かい。
自分よりも少し高めな体温が心地いい。
暗がりで、ふと目に入った自分の腕。
***に腕枕をしている方の掌が自由になっているのが見えた。
なんの気なしに、それを見つめて幾度か握ったり閉じたりと繰り返した。
***の頭を撫でる手、身体に触れる手、内部へと挿入する手。
笑わせることはあっても、泣かせることだけは絶対にしねェと、おれの思考を実行に移す手。
すると腕の中の***が身動ぎをする。
起こしちまったか…?
寝かけている時に身近で動くものがあれば、否応なく睡眠も邪魔されるというものだ。
悪いことをしたな。
大人しくしていてやろう。
そう思っていると、開いたままだった掌に、***の指先が下から這うように登り、そして重ね合わされた。
そのまま指を絡めて握られる。


「マルコさん、時々それしてますよね」
「…そうだったかい?」
「寝てても、時々してますよ」


それは全く記憶にねェ。
だが思い起こせば、朝目が覚めた時に手を繋いでいるということが度々あった。
あれは***が甘えておれの手を取っていたんだろうと思っていたんだが…。
振り返ると、一気に頬が熱くなる思いだった。
おれか!
思えば前にも、サッチやイルヴァに指摘されたことがあった。
片時も離したくねェのか、と。
その時は気にも止めなかったが…。
その時の状況といえば、***が近くにいるのにも関わらず、おれのすぐ隣にいない時だ。
自分はそんなにも我慢の出来ねェ奴だったのか。
今こうして腕の中に***を抱いているというのに、何を足りないと思うことがあるのか。
一度しか抱いていないから?
4日もひとりで過ごしていたから?
エースに抱き着いて来たから?
おそらく、その全てが原因なんだとは思う。
…器の小せぇ男だよい。


「マルコさん」


狭いベッドの上、***が身動ぎをしている。
おそらく振り返りたいのだろう。
僅かに掛けている毛布を持ち上げて隙間を作ってやると、よいしょと小さく掛け声をつけて***が此方へと身体を向ける。
室内には小さな灯りをひとつだけ灯してあるが、おれの身体の影になって***の表情はよく見えない。
先程握られた手は、外されてしまったが代わりに頭を撫でていた方の手を彼女に取られ、同じように指を絡めて握り込まれた。


「好き」
「ああ、おれも…」
「ねぇ、すっごい好き!」


強く指先に力を込められ、その強い力がおれの心臓まで届いてくるようだった。
もう一方の手が、おれの頬を撫でているという事実に気が付くまで、暫くかかった。
***の指先が、頬を撫でる。
時折、下唇へと触れて厚いそれを僅かに押される。
そっと触れてくる、***の薄い指先がくすぐったく、喉を鳴らして笑ってしまった。


「わかります?…こんなにドキドキしてるの」


無邪気にも、***に握られている手が彼女の胸元に当てられた。
確かに、静かにそこに集中すれば、速い鼓動がおれの手にも伝わってくる。
だが。
だが、だ。
鼓動よりも、当たってんだよ。
胸の尖りが。
さっきまで、きちんと避けていた。
理性は保ち、弁えているつもりだった。
なのになんで、お前が壊そうとしてくるんだ
おそらくそんなことは、微塵も思っていないのだろう。
表情は見えないが、無邪気に笑っているのだろう。
そんな声色だ。
さんざんセックスもして、抱いてきている。
時々、大人びた表情もするから、こっちまでドキっとさせられちまうことだってある。
なのに時々こうして、ガキのようなことをするんだ、***は。
そこも、愛しいと思っちまってるからおれも大概だが。
互いに全裸の状態で、男にこんなことをしたらどうなるのか、わかってやってんのかよい。


「伝わってきてるが…さすがに、煽り過ぎだ」
「わかってます!…我慢してくれてることくらい。でも、…好きなんだもん」


顔が見えねェ。
繋いだ手をベッドへと押し付けて、上半身を起こすと隙間から差した光で、ようやく***の表情が見えた。
思った通り、頬を膨らませている。
こちらは雄丸出しで起き上がったというのに。
なんとも締まりの悪ぃ、互いの温度差だった。
さすがに堪えきれずに吹き出した。
おれが笑うものだから、***がますます膨れっ面をする。


「どうして笑うんですか」
「もう一度、言ってくれ」
「どうして、笑うんですか?」
「その、前」
「…好きなんだもん」
「それだ。…そういうガキくせェ言い方、好きだよい」
「また子供扱いする!」


ガキだなんて思ってねェよい。
おれを惑わす、色気のあるいい女だとちゃんと思っている。
裸の男に組み敷かれているのに、ガキ扱いだと騒ぐムードも何もない態度も含めて。
変わらずこのままいて欲しいとも、願っている。


「***、もう一度」
「…好き」
「違うだろい」


また唇を尖らせて膨れている。
ああ、堪らなく可愛い。


「マルコさんの、その顔好き」


おれの顔。
今どんな顔をしている?
自分では見えない為全くわからない。
ただ目の前の***が、頬を染めておれを見ているから、ヤりたい顔でもしているのだろうか。
そりゃ、至極真っ当なことだと思う。
互いに全裸で、ベッドの上にいる。
おれが今、***に覆いかぶさっている状態で、いつセックスが始まってもおかしくない状況だ。
これで我慢できているおれを、褒め称えてもいいくらいだ。
その時ふいに、唇に触れた。
もう、覆い被さるのが辞めようと思っていた矢先だ。
このまま居れば、このベッドで***を抱くことになりそうで。
我慢して、シャワーブースで無理をさせちまったことの意味を、失くしちまうような気がしてきたから。
そろそろ寝かせてやろう、と、そう思っていたのに。
***が顔を上げて、おれの唇にキスをしてきたところだった。
ご丁寧に、キスに留まらず、唇を開いておれのそれを舐めていきやがった。
本当に煽るのが上手くなった。


「***…あまり煽るなと…」
「だってマルコさんにキスしたいです。……そういうことする以外で、キスは気持ちを伝えることも出来ますよね?」
「…***…」
「する前の、だけじゃなくてもいいですか?」


キスは遊戯のきっかけにすぎないと、無意識にそう思っていたが。
***の言うことは最もだ。
身体を求めてばかりの自分に、少しだけ反省をした。
これじゃ、十代のガキとなんら変わりねェ。
了承としてひとつ頷きを見せると、***は嬉しそうに笑みをおれに向けてくれた。
ほっとして、こんどはおれから唇を落としていく。
触れるだけの柔らかなキス。
すぐに顔を上げて目を合わせると、今度は***が顔を上げておれの唇へ音を立てて触れた後にすぐに離れた。
額を触れ合わせて、小さく笑い合った。
さすがに欲望が完全に引っ込んだわけではなかったが、ここはおれが折れるべきだと思っている。
このベッドでは、という理由と、***の小さな願いに。


やがて、***がうとうととし始めたから、おれも隣へ身体を横にした。
さっきまで背を向けていたのが、今はこちらを向いている。
おれの腕枕にしっかりと頭を乗せ、微睡んでいる姿を見るのは好きだ。
無防備な姿をおれに預けてくれるのが、堪らない。
もう少しで瞼が落ちそうになっているから、その頭をそっと撫でてやった。
撫でおろす度に、瞼が下がっていく。
完全に閉じてしまった頃、規則的な寝息が聞こえてきた。
眠ったか。

今日は色々なことがあったはずだ。
どんなきっかけでエースが***を連れてくることになったのかはわからないが、大変だっただろう。
明日はモビーが来る。
明後日は宿を予約してある。
明日は残念ながら二人とも忙しいはずだが、明後日以降は身体を休めることが出来るはずだ。
桜の咲くあの宿で。
下見をしにいった宿の景色を瞼の裏に浮かべつつ、おれも眠りへと落ちていった。
***の温もりが、心地いい。




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