11.キスしたい

Side:***



マルコさんが出発して四日目の午後。
お昼ご飯も食べ終えて、甲板に出てきた。
午後は、甲板にある倉庫の備品の整理をしようと思っているから、その下見。
外の風は気持ちよくて、春島というよりは初夏くらいの気温だった。
甲板で休憩しているクルーの中には、上半身裸になってくつろいでいる人もいるくらいの気温。
マルコさんも、同じ気温の中にいるんだなって、実感できてうれしい風が私の頬を撫でた。

下見と言いながら、倉庫を開けると目の前にどんと置かれているエースのストライカー。
その奥には乱雑に並べられた、いつ置いたのかすら忘れられているような備品がたくさんある。
視界に入れてしまうと、さすがに見て見ぬ振りは出来ずに、午後からの仕事というには少しだけ早いけど始めてしまおうと思った。
ちなみに、私は整理整頓は苦手だ。
どうして倉庫の整理をしようと思ったかっていうのは、必要ないものは解体するなり、貰っていいと言われたからだった。
実際、木箱や壊れた酒樽も多いけど、その更に奥には先人達の作った機械製品がいくつか見える。
もう使われていないけど、直せば使えたり部品を取り出すことは可能だろうと思った。
こういうのは好きだ。
エースのストライカーだけは現役だから、傷を付けたりしちゃいけないと思って、入り口より離して置いておいた。



「***、お前ここにいたのか」


奥から物を引っ張り出して、その作業を半分程終えたところだった。
声をかけられて振り返るとストライカーのマストの部分を掴んでいるエースがいた。
爪先で甲板をとんとんと音を慣らし、にししと楽しげに笑う顔。
こういう時は、何か企んでいる時だ。
これから食糧庫にでも盗みに入るんだろうか。


「お前さ、今日マルコに会いに行かねェ?」
「……え?」
「だから、島に先入りすんだよ」
「明日になれば着くでしょ?」
「まァ、早く会いたいわけじゃねェってんなら、別にいーけど」
「会いたい…!」
「だろ?」


エースの顔が更に楽しげに笑っている気がした。
会いたいか会いたくないかなんて訊かれたら、答えはひとつだ。
マルコさんの顔や声、仕草、私の知る限りの全てを総動員して脳内再生していたけど、そろそろ限界だ。
写真くらい一枚でいいから、撮っておけば良かったって思うくらい。
激しく後悔したくらい。


「怒られない?」
「…そんなの、後でいくらでも。それよりさ、お前ここんとこずっと誰かと一緒じゃねェ?」
「うん…隊長さんたち、船大工さん達、ナースさん達…」
「今夜はおれの番なんだよな」
「番…?」
「そ、おれの番。マルコの頼みらしーぜ?お前をひとりにしないでくれっていう」


愛されてんなァってエースは続けたけども。
待って。
それって、本当に?
確かにここ数日、皆が声をかけてくれている。
朝なんか毎回、イゾウさんが朝食に誘ってくれているし。
お昼だってサッチさんや、ハルタさん、ジョズさんと今日だって一緒に食べた。
皆、マルコさんの…?


「いや、勘違いすんなよ?皆言われたからやってんじゃねーからな。皆おまえがスキなんだからな」
「う…うん」
「マルコがひとりにすんなって言うなら、内緒でこっちから会いに行ってビックリさせてやろうぜ」
「でも、どうやって…」
「おれだけが、可能なんだ」


エースが掴んだストライカーを揺らす。
確かにこれ単体のスピードなら、モビーよりも速い。
そしてポケットから取り出した一枚の紙。
真白いそれは、風の流れに反して自ら動いているように見える。
あ、ビブルカード!
エースの掌の上で、進行方向に小さく進むそれを見る限り、これはマルコさんのもののようだった。
マルコさんのビブルカード。
いいなぁ。

余談だけど、私があまりに羨ましがり、可愛いって連呼するものだから、エースはそれを半分にちぎって私にくれた。
私の手の上でも、マルコさんを目指して小さく震えながら進んでいくビブルカード。
嬉しい。
可愛い。
一生大事にしよう。

可能ならば…。
今すぐにでも会いたい。
皆の優しさももちろん嬉しかったけど。
今、更に愛しく思うのはマルコさんのこと。
今すぐに顔が見たい。
抱き着いて、キスしたい。
愛しくて堪らなくなってしまった。
泣きそうになりながらエースを見上げると、そこにはさっきと変わらない姿のエース。
その手中にあるストライカーを揺らす様は、誇らしげに見えた。


それからは忙しかった。
早めに準備をしなくてはならないからだ。
エースのストライカーが速いとはいえ、モビーでもあと約一日かかる航路を行くんだ。
明るいうちに出ないと、到着が深夜になってしまう。
それに内緒でってエースは言ってたけど、さすがにオヤジには言っておこうと思った。
それから、サッチさん、船大工長、毎朝ご飯に誘ってくれてたイゾウさん。
私がいなくなって探してくれるだろう側近の人には一応全員に。
皆驚いていたけど、笑って許してくれた。
オヤジなんか、大笑いしながら、マルコの奴に一泡吹かせてやれ、なんて頭をぐりぐり撫でてくれた。

結局、服を着替える時間くらいしか残っておらず、せめて顔だけは拭いておいた。
急いで甲板に向かうとすでにストライカーを海に浮かべてしまっているエースが立っている。
おそらく、ここからまた放ったのだろう。
だけど今は、それを咎めることすらできない。
内緒の為、見送ってくれる人はいないし、二人でこっそり出ていくつもりだから、必然的に小声でのやり取りになってしまう。


「***、前向きたい?それとも後ろ向きにしとくか?」
「…何のことを言ってるのかサッパリわかんないんだけど…」
「だから、コレで縛んの!おれの後ろに」
「縛る?」
「だってお前、ひとりで立ってられねェだろ?おれさすがに何時間もお前のこと支えてられねェと思うからよ」


エースが手にしているのは、ただの飾り気のないロープ。
それを自分の身体に巻きつけてから、私にも向けてくるからちょっと怖い。
でも確かに、言っていることは正しい。
エースの小型のストライカーは、基本的にはエースのボディバランスで水平を保つように出来ているらしく、私だと一人で立っていることすらままならない。
ちなみに、マルコさんもひとりで立っていられる。
本当、この船の人達の運動神経やボディバランス、身体能力の高さには感心させられる。
ただ、それ以外に選択肢はなかったのかと。
もうちょっと早く言ってくれたら、丸い個所に私が立っていられるような足場を組んだものを。
おそらく、私に声をかけてくれた数分前くらいに思いついたんだろう。
いや、違うな。
思いついてくれたんだろう。
エースの思考はとても単純で、だからこそ確信を突いてくる。
マルコがいなくて淋しいなら、本人に会いに行けばいいだろっていう、一番単純で一番手っ取り早い方法だった。
連れてはいけないって言われていたから、当たり前のように船で待っていることいか考えていなかった。
私が先に行ったら、マルコさんは喜んでくれるかな?
それとも、怒るかな。


「怖いし、さすがに前向くよ」
「ああ、んじゃ丁度いいな。おれにしがみ付いとけ」


私に背中を向けて自分の肩のあたりをポンポンと叩いているエース。
そこへ上半身を密着させ、エースから受け取ったロープを腰に回した。
二週程回してからエースに返すと、ぎゅっと前の方で結ばれる。
ほんと、原始的というか、何の色気もない、無骨な安全装置だった。
エースが歩くと、ぐんっと身体が引かれて無理矢理に歩かされる格好だ。
身体を斜めにして私を背に担ぐ格好を取ると、一気に甲板から飛び出してしまう。
驚いて声も出せなかった。
海に落ちる…と目を瞑ったけど、トンといい音がしてエースの足がストライカーに着いた様子だった。
同時に背後の私も足先が硬いものに当たる。
その部分は、エースの能力を原動に返る装置の真上。


「そこ乗ってろ、足下ろしたら燃えるから気をつけろよ」
「了解…っていうか、お手柔らかに!」
「善処する!」


そう言いながら、すぐさま出発してモビーから離れていく。
あまり身体を動かすとエースの迷惑になりそうで、首だけ振りかえると、甲板の端にサッチさんやイゾウさんの姿が見えた気がした。
モビーだって島に向けて全速前進で向かっているはずなのに、あっという間に見えなくなってしまう。
ストライカーの速さがよくわかる。

前にもこうしてストライカーに乗せて貰ったことがあるんだ。
その時は迷子になりかけて途方に暮れていたところ、マルコさんが迎えに来てくれたんだった。
格好良かったな。
焦ったって言いながらも、全然落ち着いていて、頼もしく見えた。
その後、思いっきり叱られたり、マルコさんに強く抱きしめられたりしたけども。
思い出すと、ドキドキした。
思わず目の前にしがみついているエースに回している腕に、力が入ってしまった。



**********



「ごめん…少し休んでいいかな…」


出発から約5時間、ものすごい速度で休むことなく、進んだ結果、夕方を少し過ぎるくらいにはどうにか到着出来た。
出来たんだけど…。
5時間立ちっぱなしの上に、途中で二人を結んでいたロープは外れて吹っ飛んで行った。
おかげで途中からは、エースにしがみ付く形となり、腕ももうパンパンに痛い。
今すぐにでもベッドに横になりたいくらいには、くたくたに疲れた。


「いいけど、それだけマルコに会うのも遅くなっちまうぜ」


ストライカーを持ち上げて、全く平気そうなエースの足元に転がる私。
嘘でしょ。
なんでこんなに元気なの?
エースは足から5時間もの間、火を出し続けた上に飛沫もかなり浴びているはず。
それで平気で立ってられるのが凄いと思った。
なんという体力の差。
恐ろしい…。


「頑張る!頑張るから…あと5分だけ」


投げ出した手足は私の意思とは別で、今すぐには言うことをきいてくれそうもない。
はぁ…と小さくため息をついて、とにかく休むことを優先にしていると、隣にエースが腰を下ろした。
ポケットから出したビブルカードの行方を追っている様子だった。
待ってね。
私ももう少しで頑張るから。
待ってて、マルコさん。


ようやく回復した私が立ち上がれたのは、それから20分程してからだった。
エースは、文句を言うわけでもなく、無理をさせるわけでもなく、そっと隣に座ったまま待っててくれた。
途中、マルコさんの話を挟みながら。


「ありがとう。…中心部かな、マルコさんがいるの」
「おう、まァ多分、こっちだな」


エースが示すのは、ビブルカードの動いていく先の方。
そうなんだよね。
結局はこれが示す先を目指すしかない。
手の上をすすすっと小さく移動するそれは、間違いなくマルコさんを目指している。
もう少しで会えるんだ。
そう思うと、胸が高鳴る気がした。


「ん〜…?まだ、こっちの方みてェだな」
「さっきあの店見たよね?」
「マルコの方も移動してんだろうなァ…あいつ絶対飛んで移動してやがる」


確かに、徒歩ならどこかですれ違う可能性だってあるけど、飛ばれていたらそれは無理だ。
さっきまで手の中で、目の前の店を示していたハズなのに、5分くらい経過した今はまた別の方角へとビブルカードが移動する。
その動きは小さくてわかりにくくはあるけど、確実にマルコさんがこの島で移動を繰り返している証拠でもあった。
酒場を何軒か回っているんだろう。
とにかく、私達はカードを頼りに移動していくしかない。
目当てのお店を覗いては、空振りするということが数軒続いた。
あるひとつのお店以外は、全部確認したと思う。
その店だけはエースが女の私を入れるわけにはいかないと、断固拒否したから確認は出来なかった。
派手な看板と電飾から、そこがどんなお店なのかは想像がついたから、私もあえて突っ込まなかったけど。

エースとの航海の後に、またお店を巡るのは本当に身体的にもしんどかったけど、マルコさんに会えるというだけで頑張れる気がした。
もうすぐ会える。
だからもう、イジワルしないで会わせて…。
祈るような気持ちで、次のお店を目指した。
そこは、一回に食事処、その上は宿になっているところだった。


「ここに居なかったら、休憩がてらとりあえず飯にしようぜ」
「うん、…エースも疲れたよね、本当ありがとう」
「気にすんなって」


頭をぐしゃぐしゃっと撫でられ、お店の扉を開くエースの後に続いて中へと足を踏み入れた。
だけどここにも、マルコさんの姿は見られなかった。
私達はとにかくひとつのテーブルを選んで席に着いた。
途端にお腹がぐぅうっと鳴りだして、エースに笑われてしまう。
手頃な値段の料理に、お酒、どっちもこの島の名物らしきものを注文して待つことにした。

このお店、良く見るとあちらこちらに派手な衣装の女性がいる。
まだ早い時間だからなのか、客足はまばらだけど、派手な女性達を割と遠巻きに見ている男性客の姿も見える。
はっきりとそういうお店って記載はなくても、こういうケースもあるんだなァ。
思えば学生の頃は、友達と食事に出かけることはあっても、あまり繁華街には出なかった。
私が知らなかっただけか。
エースも慣れた様子だし、世間知らずって言うのも困るなと思っていた。
そう思っていると、カウンターの方から、それを背にしているエースに一人の女性が近づいてくる。
派手で、攻撃的な衣装を着たその女性は、素肌もとても綺麗な美女だった。
イルヴァさんのような激しい美女を知っている私から見ても、相当綺麗な人だと思う。
コツコツと、高いヒールの音を響かせているから、エースもそれに気が付いた様子だった。
そして案の定、エースの背後でピタリと足を止める美女。
彼女はエースの肩にそっと掌を乗せた。


「火拳、火拳のエースよね。やっぱり隊長同士ね、拠点はここになるのかしら?」
「隊長同士…?マルコさん、ここにいるんですか?」
「不死鳥?ええ、一昨日からいるわよ」
「やったな、***!」


思わずエースとハイタッチをしてしまった。
やっぱりここでビブルカードが止まったのは正しかったんだ。
ここにいれば、いずれマルコさんが戻ってくる?
それとも一部屋ごとにノックして確認するべき?
ドキドキしてしまって落ち着きない私に、エースがとりあえず座れ、と声をかけてくる。
知らないうちに、立ち上がっていたみたいだった。
私が椅子に腰を下ろすと、美女はエースに何度か声をかけている様子だったけど、全く応じないエースに痺れを切らしたのか、私を人睨みしてから戻っていった。

ここに滞在中ということさえわかれば、とにかくは腰を落ち着けられる。
幾分ホッとして、運ばれてきた料理とお酒を堪能させて貰うことにした。
移動の成功と、マルコさん発見の欠片に、エースと乾杯までした。


料理を半分程食べ終えた頃、ふとあることに気が付いた。
トントントン、とリズムよく店内の端に走る階段を下りてくる音がする。
まだ姿は見えていないのに、何故かドキドキした。
店の中だって決して静かではないのに、響く足音。
やがてその足音の人物が階段の見えるところに現れた時…。


「マルコさんッ!」


思わず立ち上がって大きな声を出してしまう。
突然名を呼ばれて驚いたんだろう、マルコさんは階段を見ていた目線をこちらへと向ける。
そしてその動きを止めたみたいだった。
マルコさんは目を見開いて、私を見ている。
その直後まだ階段には段数もかなりあったのに、階段の上から飛び降りてきた。
小さな音を立てて床に着地すると、私達のところまで足早に移動してくる。
そして、私のすぐ目の前で足を止める。
まっすぐに私を見下ろしてくれる、久しぶりのマルコさんの顔。


「マルコさん、来ちゃいました」
「…***…?なんで…どうやって…?いつ…?」


大混乱中のマルコさん。
そりゃそうだろうと思う。
普通に考えれば、足のない私。
会えるのは明日って思っていたハズだから。
マルコに一泡吹かせてやれ、っていうオヤジの言葉通り、ポカンとしているマルコさん。
可愛い…。


「お届けものデ〜ス。…んじゃ、ごちそーさん」


食事をしっかり終えたエースが立ち上がって、マルコさんの肩に手を乗せて、芝居がかった口調で告げている。
っていうか、ご飯食べ終わるの早い!
今日は眠らなかったエースが、お店を出ていく音が店内に響いた。
マルコさんは未だに、状況が飲み込めていないらしくて、立ち止まったままだ。


「びっくりしました?…会いたくて…勝手なことしてすみませ…ッ……マルコさん!?」


目を見開いて驚いていたと思ったら、突然抱きしめられた。
久しぶりのマルコさんの温もり。
それを堪能したかったのにあっさり解かれてしまう。
だけど次の瞬間、身体がふわりと浮きあがってマルコさんに抱えられた。
そしてそのまま、マルコさんが下りてきた階段を駆けのぼっていく。
次に驚いたのは私の方だ。
まだ会話らしい会話すら、ほとんど出来ていない。
もしかして迷惑だった?
なんて不安になる程、見上げたマルコさんの顔は真剣そのものだった。
どうしたの…?
不安になっていると、階段をものすごい速度でいくつも上り、ある部屋の前で立ち止まった。
そこがマルコさんの部屋なんだろう。
乱暴に扉を開くと、室内へと足を踏み入れる。
自室よりも半分程の広さ、そしてベッドと机と椅子だけというとても質素な部屋だった。
部屋の中央で下され、再びマルコさんに正面から抱きしめられた。


「***…何やってんだい」
「め、迷惑でした…?」
「なわけあるかい。…ただ、驚いた。訊きたいことは山ほどあるが、今はこうしていてくれ」


月灯りに照らされた室内で、マルコさんの腕の温もりを感じていた。
やっと会えた…。
触れあえた。
その喜びに、じんわりと胸が熱くなっていくのを感じた。
抱きしめてくれるのは嬉しい。
だけど今は、会えたことで興奮状態で、それだけじゃ足りない。
なんてことを考えてるんだろうって自分でも思うけど、止められなかった。


「…マルコさん、キスしたい、です」
「……ダメだい」
「どうして?」
「キスなんかしちまったら、抱きたくなるよい」
「いいのに…」
「こんなとこでお前を抱けるか」
「何か、あるんですか?」
「すぐに分かる…」



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