10.マルコ隊長の色気は昔から

Side:***



「***!」


名前を呼ばれて振り返ると、ナースさんの一人が私の方へと向かって走ってきている。
そろそろ夕刻、晩御飯の時間に近い頃。
私は今日の分の仕事を終えて、道具をしまいに船大工部屋に戻る途中だった。
長い脚が眩しい。
いつも思うけど、なんだか当たり前みたいになっちゃっていて気にしなくなってきている自分が怖いけど、この船のナースさん達はなんて魅力的なお姿なのだろう。
長い脚、揺れる胸元、色っぽい唇。
どれかひとつでいいので、私に下さい…。


「また顔にススなんか付けて!マルコ隊長がいないからって、気を抜き過ぎだわ」
「さっきまで新しいエンジンの調子見てたんで…」


まったくもーって言いながら、柔らかなハンカチで私の頬を拭いてくれているんだけど…。
そのハンカチすら、柔らかくていい匂いがする。
確かに、エンジンの細かいところにも気を配って見てきたし、配電盤にも頭を突っ込んだ気もする。
作業服だって汚れてしまっている。
それにしても今更ながら汚いな、私の格好…。
目の前の綺麗なナースさんとは大違いだ。


「今夜また皆でお風呂行こうって話してるんだけど、大丈夫そう?」
「はい、いつもの時間で大丈夫ですか?」
「うん、食堂に集合ね。その後、女性部屋の談話室で皆でお酒を飲みましょうって言ってるの」
「楽しそうですね!」
「でしょ?いつもマルコ隊長に取られちゃってるもの、楽しみにしてるわね、…色々と」


語尾が妖艶だった気がしますが、気のせいかな…。
色々と。
うん、色々訊かれるんだろうなとは思った。
以前にお風呂場で迫られて、たくさん質問をされたことがあるから。
歯切れの悪い返事をしていると、ナースさんは来た時と同じように軽やかに、またねと走り去ってしまった。

今この場にはいないのに、マルコ隊長、っていう言葉を聞いただけでドキっとする。
私が今いるここは晴れていて気持ちがいいけど、滞在中の春島は晴れているんだろうか。
ちゃんとご飯食べてるかな?
眠れてるかな?
風邪とか引いてないかな?
マルコさんの居ない間、居る時以上に考えてしまう。
マルコさん、って心の中で何度も呼んでしまう。
まだ三日目の今日、明後日会えると思えば、それ程淋しくは感じないハズ。
何度も自分に言い聞かせた。

だけど道具を船大工部屋に置いて、着替えの為に戻ってきた自室…マルコさんとのお部屋。
扉を開くと否応なく漂ってくるマルコさんの香り。
出発の朝はこの扉を開こうとする私と、それを阻止するマルコさんとの攻防があった。
はやく行きますよって言っても、なかなか離して貰えず、迫られるキスからは抗えなかった。
何度も重ねあわされて、ベッドに逆戻りする寸前でもあった。
そのベッド…。
私が朝整えたまま、今はピシッとしているけど、あの朝は二人分の寝た痕跡を正すのを忘れてしまっていたっけ。
夜はそれを見て、少しさびしく感じたのも事実で。
ダメ、こんな風にいろいろ考えるからさびしくなるんだ。
とにかく、着替えだ。
クローゼットを開けると、いつものメインの紫のシャツはそこにはない。
でも数枚残されているマルコさんの私服。
あるものとないもの。
その隣にかかる私の衣服の全て。

何泣きそうになっているの。
ほんと、ダメだなぁ…。

滲みそうになる視界を、片手で拭ってさっさと着替えてしまった。
お風呂に行く前は、普通の部屋着。
女の子らしい洒落っ気は全くない。
だけどマルコさんは、そんな私を見てもいつも可愛いって言ってくれたんだ。
それが嬉しくて、もっとおしゃれしようって決めたから…。
何をしていても、何を考えていても、すぐにマルコさんが浮かぶ。
困ったな…。


「***ちゃん、いる〜?」


コンコンって軽い音がして、扉がノックされた。
そして聞こえる、サッチさんの元気な声。


「飯食いに行こうぜ」
「はい、居ます!今行きます」


クローゼットを閉めて慌てて扉まで走っていくと、ノブを回して扉を開けた。
そこにはサッチさん。
だけじゃなくて、イゾウさんやハルタさんもいる。


「マルコに言われたろ?ちゃんと鍵かけなきゃダメだぞ」
「そーだよ、侵入されたらどーすんだよ!コイツとか、コイツとか!」


そういえば、鍵をかけるのを忘れてた。
っていうか、寝るわけじゃないし着替えくらいならいいかって安直な考えをしていたかもしれない。
こつんと私の額をごく軽く小突くサッチさんと、それを見ながら腕をぐいっと引いてサッチさんから距離を取ってくれるハルタさん。
わーわーと騒ぐ二人の後ろで、煙管を吸いながら黙って表情を緩めているイゾウさん。
賑やかに食堂へ向かいながら、私の前ではまだサッチさんとハルタさんが、喧嘩なのか遊んでいるのか、大声を出しながらずんずんと進んでいく。
イゾウさんは私の顔を見て、ちょっと考えた後に着物の袖口で、そっと瞼を撫でてくれた。



**********



「で?どっちから告白したのかしら?」


お風呂の後、女性部屋の談話室に全員で移動してきて、乾杯をしてからの私に向けての第一声だった。
談話室では、椅子とテーブルでお酒を楽しむものだとばかり思っていたんだけど、いや、実際そうなんだけど。
でもお部屋の半分は、マットレスで埋め尽くされている。
全員でそこにお泊りしちゃいましょう、っていうことらしい。
マルコさんとのお部屋に戻ることを考えれば、とても嬉しくてありがたいことだった。
そろそろシャツの香りも、ベッドの香りも薄くなってきた頃だったから。
ひとりで眠るのは淋しい。


「いや…あの、えと…マルコさん、です」
「やっぱり!」
「医務室でのあの目、忘れられないわよね」
「あんな顔初めてみたもの」
「普段クールな顔してお仕事しているものね」
「***を見つけたら表情も変わるっていう話よ?」
「ほんと、ギャップ萌えってああいうことを言うのね」
「***には優しいのかしら?」
「ずっと、優しいです」


キャーキャー言いながらナースのお姉さま方のお酒も進んでいく。
マルコさんはずっと優しい。
出会った頃からずっと。
って今までの出来事が脳裏に浮かんだ。
だけど、突然ぼんって裸体のマルコさんが浮かんでしまって、急に恥ずかしくなってしまった。
してる時も優しい。
だけど時々意地悪で恥ずかしい思いをさせられるのも事実だ。
そんなことは絶対に言えないけど、最近夜になるとそういうことを思い出してしまったりもする。
私、マルコさんに飢えてるのかな。


「ねぇ、今何を思いだして赤くなったの?」


盛り上がっていたと思っていたナースさんの一人が、私の顔を覗き込んだ。
頬を突かれると、ナースさんの冷えた指先と私の頬の熱の対峙がすさまじい。
何を、って指摘されるとますます照れてしまう。
ほら、注目されちゃったし!
皆わくわくした感じで私を見ているし!


「マルコ隊長って、してる時そんなに優しくないって本当?」


ドキっとした。
普段は優しいけど、まさに今自分で考えていたことだったから。
そんなに優しくないって、どういうことだろう。
いや、イジワルな時もあるから、なんとも言えないけど。
時々意地悪なこともされるけど、その後にはそれを払拭するくらい優しくされるし、忘れるくらい溶かされてしまうからあんまりイメージにない。
マルコさん自身に自覚があるからなんだと思うけど、それは行為中だったり終わった後だったりと、その時によって違うけど。
絶対に強く抱きしめてくれたり、たくさんキスをしてくれたりする。
一晩中、手を繋いだまま眠ってくれたことだってある。
だから優しい、っていう感覚しかなかった。
言われた内容と、普段があまりに違う為、返事のしようがなくて首を傾げるばかりだった。


「あの男が変態なのか、奇人なのか、クレイジーなのか、常軌を逸しているのかなんてことは、どうでもいい話だわ」
「イルヴァさん、それほとんど同じ意味です…」


どんっと飲んでいたお酒のグラスをテーブルに置いたのはイルヴァさんだった。
今日は非番だというイルヴァさんだけど、格好もいつも通りセクシーだ。
寧ろ、いつも以上にセクシーなのは、すでに寝間着…なんていう言葉すらダサイと思える程の、色気ある服装をしているからだろうか。
黒いレースの下着が、真白い肌によく映える。


「私の蕾をこんなに色気のある花に咲かせたのは、重罪だわ」
「そうね、***は一気に色っぽくなっちゃったわね」
「私に、色気…ですか?マルコさんじゃなくて?」
「やだ、マルコ隊長の色気は昔からよ」


私に色気…。
全く想像がつかないけど、マルコさんと一緒にいるうちに移ったものだろうか。
だとしたら嬉しい。

その後も、ナースさん達からの攻撃は止むことがなくて、私もいちいち反応してしまうから、散々おもちゃにされた。
時々イルヴァさんが、マルコさんの話題で舌打ちをしてたよな気もするけど。
ちなみに、あの晩。
マルコさんが出発する前日の晩。
思いきりされてしまったことに関して、何人かやはり聞こえてしまっていたようだった。
だから口抑えたのに!
それに嫉妬したマルコさんが激しくするから…。
少なくとも隣の部屋のひとには確実に聞こえていただろうと思う。
ナースさん達が言うには、あの朝は、数人が前かがみになって部屋を出てきたとのこと。
やっぱり反省しなくては。
恥ずかしいし…。
マルコさんに言うと、きっとまた同じことになりそうな気がして困るけど。
でもなんとかしよう。
恥ずかしくて、他のクルーの人達と話せなくなっちゃう。

夜も更けていって、並べられたマットレスも半分程埋まってきた頃、私も欠伸が出てしまった。
みなさんの好意に甘えて、お泊りさせていただくことにした。
女性部屋で寝るのは本当に久しぶりで、嬉しかった。
部屋はまだ残してある。
っていうか、権利はそのままの権利なんだそうだ。
女性部屋は作りが特殊で、鍵さえかけてしまえば敵が乗り込んできてしまった時には、立派な避難所になる。
実際一緒に生活しているクルーでさえ、場所すら知られていない箇所だ。
敵に見つかることなんて、皆無に等しい。
実際、私が知る限り、敵に乗りこまれることはあっても、女性部屋が見つかったことはない。
嫌な話だけど、海賊にとって女性というのは、ある意味宝よりも貴重だったりするから。
もちろん、女性の海賊だってたくさんいるけど。
うちの女性クルーは少し別格だと思う。
海賊ではないし、それに…この溢れんばかりの色気と美貌。
鉄壁の守りで安全を確保するのは当然のことだ。

さすがに談話室に並べたマットレスでは全員分は確保できず、二人でひとつとか、七人でみっつとか、数人で共有して一緒に寝た。
明日朝から仕事の人もいるから、日付が変わった頃には全員が就寝したけども。
本当に、ありがたかった。
ベッドに横になった時に、隣に誰かがいてくれる安堵感。
久しぶりにそれを感じて眠った。

明日頑張れば、明後日マルコさんに会える。
まるで呪文のように頭の中で続けた。



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