09.ありがとう

Side:***



寒い。
こういう時はマルコさんに近づいて眠りたい。
あわよくば抱きしめて貰いたい。
でもいつもなら、目が覚めた時はいつも肌が触れ合う距離にいるのに。
片手をシーツの上を滑らせてマルコさんに触れるまで伸ばしていくと、腕の限界ギリギリまでいってしまった。
それでもマルコさんに触れることはなく、冷たいシーツの上を滑るだけで。
身体を移動して更に奥へと腕を伸ばしても、ベッドの端へ指が届くのみで終わった。
そういえば…。
マルコさんのいない朝だった。
昨日、新しい島に出発して行ったじゃないか。
それまではずっと一人で眠っていたはずなのに、いつの間にか二人で眠ることにこんなにも慣れてしまっていた自分がいる。
中央で寝ればいいのに、ベッドの壁側に寄ってしまう。
上を向いたり好きな方向に身体を向ければいいのに、常にマルコさんのいる側に向いて横になっている。
腕を伸ばしたせいでうつぶせになり、大きなベッドに全身を伸ばして寝そべっている状態で、大きく息を吸い込むとマルコさんの香りがした。

昨夜はどうしたんだったかな。
皆の宴に混ぜて貰って。
イゾウさんとサッチさんが近くにいて…エースも居たような気がする。
その後は…?
足を動かすと、ズボンを履いている感触がある。
作業服のまま寝た?
とにかく確認しようと身を反転させてみると、毛布が半分程捲れていて、下半身しか中に入っていなかった。
私は割と寝相が悪い方だ。
朝目が覚めると、たいてい毛布を剥いでしまって起きる。
ここ最近、それがなかったのは単純に考えて、マルコさんが毎日掛けてくれていたんだろう。
もしくは、そうならないように私を包んでくれていた。
今はこんなに離れているのに、部屋にもひとつひとつマルコさんの愛が残っている気がして、嬉しかった。

でも、ダメ、とにかく着替えだ。
あまり綺麗とは言えない作業服で寝たこと自体、ダメなことだ。
部屋の明かりを灯すと、きちんと整理整頓された机が目に入る。
マルコさんらしい、几帳面な机の上だった。
なんとなく覗きたくなって近づいていくと、メモの束と羽ペンだけが仕舞われずに使いかけた状態で残してあった。
そのまま出かけた?
まさか。
一応元の位置に戻して、クローゼットに向かおうと振り返ると、こんどは扉のところでひらひらとした紙が貼りつけてあるのが見えた。
『鍵はイゾウの部屋』
かろうじて読めるその字はきっと、サッチさんのものだ。
ていうことは、サッチさんとイゾウさんに、送って貰ったってことね。
…昨夜は楽しかったから、飲み過ぎたんだ。
さすがに、記憶をなくすくらい飲むのはそろそろ止めないと。


クローゼットから部屋着を取り出して着替えた後に、まだ早朝の為、イゾウさんの部屋に鍵を取りに行くことも出来ず、灯りを消して再びベッドへ戻った。
その端に座ると、マルコさんの香りがふわりと漂う。
それにしばらく包まれていると、欲が出てくるのも仕方がないと思う。
広いベッドのこちら側。
いつもマルコさんが寝ている方に身体を横に向けて倒すと、更にマルコさんの匂いがした。
目を閉じて、すぅ〜と小さく吸い込むと、私をいつも包んでくれる安心できる香りがした。
匂い嗅ぐとか、ほんと変態くさいかな…。



「***」


やけにはっきりと名を呼ばれて、ハッとして目が覚めた。
その声は、今この場にいるはずのない人の声で。
マルコさん。
今耳元で、私の名を呼んだ?

でもさっきまで薄暗かった室内が、一気に明るくなっていっていたから、眠ってしまっていたんだろう。
リアルな声が聞こえたものだ。
ちょっとおかしくなって一人なのに笑ってしまった。
マルコさんに会えるのは、もうちょっと先なのにね。
目が覚めたのは丁度いい。
着替えをして、鍵を受け取ろうとイゾウさんの部屋を目指した。


イゾウさんの部屋へ行く途中、サッチさんの部屋の前も通ったけど。
サッチさんはもう、きっと朝食の準備に出向いてしまっているだろうと思う。
サッチさんは誰よりも早く起きて、仕込みをまず一人で先にやってしまっているそうだ。
あまり知られていない事実のようだったけど、うちの船大工部屋では有名な話らしい。
あんなに男気のある奴はなかなかいないぞって船大工長がものすごく褒めていた。

その先にあるイゾウさんの部屋の前までやってくると、ノックをするのに少しだけ緊張した。
廊下では何人もクルーとすれ違って挨拶もしているし、イゾウさんも起きているだろうと思ってはいるんだけど。
それでも意を決して扉をノックすると、中から、開いてるぞという割と低めな声が聞こえてきた。


「おはようございます」
「ああ、***か。おはよう、よく眠れたか?」
「昨日は、あの…すみません、大変ご迷惑をおかけしたと思うのですが…」
「ぶふ…ッ…いや、悪ィ。面白れェもん見られたから、丁度いいぜ」
「面白いもの…ですか?」


イゾウさんは、内緒だと言わんばかりに立てた人さし指を自分の口元に当てた。
ひいい、朝からなんて色っぽいんだ。
くらくらとさせられたから、それ以上は突っ込めなかった。
イゾウさんから鍵を受け取り、二人とも朝食はこれからだという意見が合致して、共に食堂へ向かった。

自室で眠る以外、ほとんどの時間を誰かと過ごしている気がする。
なんだか一人になっている暇もないくらい?
誰かが必ず居てくれることが嬉しくて、手にした鍵を握りしめた。
マルコさん、いつ気が付くかな?
手紙も添えたんだけど、今思えばなんて恥ずかしいことをしたんだと、照れる。
それでも、いつかどこかのタイミングで見つけてくれればいいな。
そんなことを思いながら、食堂へ向かった。



**********



Side:Marco



たいていの街では、繁華街、飲み屋や娼館、遊べる店は深夜から早朝までの営業となる。
おれもそれに時間を合わせて足を向け、滞在日程分の予約を入れるべく、いくつかの店を回った。

何軒も店を回っていると、腹が減ってくるのは仕方がなく、自分の泊まる宿へと戻ってきた。
今夜はここでやめておこう。
とりあえずは、お食事処と銘打っている一階の店で食事をすることにした。
まァ、深夜帯に開いている店だ。
綺麗とは言えない店のあちこちには、その目的があるのだろう、女性達が数人いて、値踏みしている様子の男共の姿もある。
なるほど、需要と供給がきちんと均等になっている。
これじゃあ、うちの船が付いた時には足りなくなるかもしれねェな。
そこは元締めとの交渉次第か。
だが、とにかく今夜のところは、さっさと飯を食って上がっちまおう。
客と見なされたら厄介だ。

注文した酒と料理。
目の前に並ぶそれは、なかなかのもので悪くはない。
味も申し分ない。
ここは人気が出ちまうだろうなと思っていると、視界の端から女性の高いヒールが見えた。
それは此方へと、足音と共に近づいてくる。
ああ…さっそく、お出ましだ。


「相席してもよろしいかしら?」
「席なら他にもたくさん空いてるだろ」
「…わかってるくせに。焦らすのがお好き?」
「一人で勝手に一生焦れてろよい」
「あれ?…あなた、不死鳥じゃない、不死鳥マルコ」
「おれを知ってんのかい?わかってんなら話は早い、男が欲しいなら数日待ちな」


知っていようがいまいが、おれの対応はいつもと変わりねェ。
興味ないということを前面に押し付けているつもりだが、目の前の女にはあまり効かない様子で、了承した覚えはねェんだが目の前の椅子に座られてしまった。


「聞こえなかったかい?数日後には、千を超える飢えた男共が来る、そいつらの相手をしてやってくれ」
「私は今、あなたがいいんだけど」


その後は無視して食事をするつもりが、皿を抑えている手の甲に、トンと女の指先が触れる。
自然に眉間にしわが寄り、女相手だということも忘れて睨みつけてしまった。
ああ、***以外に触られたくねェ。
近づいてきたことにより、空気の振動で漂ってくる女の香水。
若い頃はそれなりに、近づいてきた女が好みであれば誰彼かまわず抱いていた。
その時その時で可愛いと思ったし、一時であったとしても大事にしてやっていたつもりだ。
おそらく当時であれば、今もうすでに女の手をおれから取っているだろうということは、明白だ。
だが今は…。


「隊長さんなら、お金は要らないわ」
「他を当たれっての。興味ねェ」
「上の宿に部屋を取っているんでしょう?連れてってよ」


何故知っている?
思わず店主へ目をやると、慌てた様子で遠くから合掌して謝罪をしているのが見えた。
個人情報も何もあったもんじゃねェな。
二度目、女の手がおれの手に触れる寸前で交わし、そのまま料理の乗ったトレイを手に席を立った。
背後で何か女が言葉を発していた様子だったが、もう耳に入れるのも面倒くさい。
店主へとそのトレイを差し出し、怯えている様子の店主へ顔を近づけて、出来るだけ小さ目に、他の客に聞こえないように忠告をした。


「今のは不問にする、だからおれらの船が付いた週は、女の数を増やせ。今のじゃ足りねェ」
「はぃぃぃぃいい、すみません…ですが、マルコ隊長も今夜必要かと思いまして…」
「飯、美味かったよい」


店主のいらない一言ではあったが、おかげで***のことが頭に浮かんだ。
一瞬で面倒なことも嫌なことも忘れさせてくれるあの笑顔。
必要なのは、***だけだということを思い出させてくれる。
今夜必要なのは、彼女だけだ。

面倒くさいことがあったにも関わらず、気分よく店の端に備え付けられている階段を上った。
店内からは、さっきの女が恨めしそうにおれを睨んでいたが、あまり気にはならなかった。
何階か階段を上り、指定された部屋の鍵を開き、絶対に、間違いなく、忘れることなく、施錠をした。
昔酔って忘れたことがあり、女に侵入されたことがあるから、外出先では毎回確認をきちんとするのが癖になっている。

いつものこととはいえ、女性の香水や化粧の匂いは苦手だ。
触れられた箇所も、出来るだけ早く洗ってしまいたい。
どちらかといえば、洗いたてのシャンプーの香りが漂う…***の髪の匂いが好きだ。
今はまだこの腕の抱けない彼女の顔を思い浮かべ、ソファへ座ろうと手にしていたバッグを床へ放った。
どうせ衣類くらいしか入ってないんだ、気にすることはない、そう思っていたのに、予想に反して、何か硬い物が当たる音がした。
何か入れたか?
そんなものに全く記憶がなく、割れたのであれば面倒なことになるとため息を落としながら、放ったバッグを再び手にした。
中を探っても衣類くらいしか入ってはいない。
だが中にあるポケットに膨らみがあるのが見えた。
こんなところに物なんか入れたか?
探ると、指先に金属のものが触れる。
自室の鍵か。
引き出して見ると、見慣れないキーホルダーが見えたのと同時に、紙切れがはらりと落ちた。
ご丁寧にこちらへ白い方を向けている紙を掴んでひっくり返してやると、…一瞬で身体が硬直する思いだった。
『大好きです』
そこにはやや小さめの***の書いただろう文字。
動きを止めた後に来たのは、頬を染める程の熱だった。
思わず声に出て笑った。
片手を親指とその他の指に分けて、左右の頬に触れると僅かに熱を持ったそこ。


「***」


名を呼んでも返事がないことは分かっていても、口に出さずにはいられなかった。
今この場にいたのなら、どんなに強く抱きしめてしまっていただろう。
どうやら***の手作りらしいキーホルダーを小さな手紙と共に手中に収め、拳の上から唇で触れた。
脳裏に浮かぶのは、あの輝くような笑顔。
そして、ありがとう、とのおれの言葉だけだった。



**********


Side:***



マルコさんが船から出発していったのは昨日の朝だ。
どんなに数えても、まだ二日しか経っていない。
さっきまでは、船大工チームの人達と一緒に、ずーっと船の構造やこの先の整備、長く保たせる為の工夫等、とにかく全員で語り合っていた。
途中からお酒が入ったから、わけがわからなくなって宴会みたいになっていたけど。
お酒が入ると、熱い理想を語り出す船大工長のお話は、私は大好きだった。
お父さんの意思を受け継いでいるような雰囲気もしていて、すごく懐かしい感じ。
だからこそ、私が何かしでかした時には全力で叱ってくれるんだけどね。
そんな楽しい一夜だったけど、朝早い人もいるからとさっきお開きになった。
もう日付を越えていることを考えれば、十分な時間だ。

一人の自室に戻ってくると、少しだけ、やっぱり淋しい感じがした。
だから早々に、マルコさんの匂いがするベッドに入ってしまったんだ。

お酒を飲んだからなのか、仕事で疲れすぎたのかはわからないけど、なかなか眠りにつけない。
何度も寝返りを打って、ごそごそと衣擦れの音だけが部屋に響く。
眠れない夜は、マルコさんはどうしてくれていたかな…?
眠れねェのかい、なんて言いながら頭を撫でてくれた記憶が真っ先に浮かんだ。
優しくて大きな手の感触が心地よくて、すぐに眠りについてしまうことが多かったように思う。
それでも眠れない時は、運動するかい、なんて唇を舐められて余計目が冴えたこともあったっけ。
そのまましちゃった夜もある。
ここで…。
このベッドで。
一気に恥ずかしくなり、せめて枕を抱っこしようとその下に腕を差し入れた。
ん?
何か、ある?
枕とは違う質感の薄い布のようなものに指先が当たり、とりあえずそれを引っ張り出してみた。
暗いとよくわからない。
ベッドサイドの灯りを灯すと、引っ張り出してきたのは…マルコさんのシャツだった。
いつも来ている紫のじゃなくて。
部屋着にしている、真白なシャツ。
それが折りたたんだ状態で枕の下から出てきた。
マルコさんは几帳面だから、普段こんな風に枕の下に服を隠したりする人じゃない。
軽く鼻を近づけると、確かに着た跡がある。
それなら尚更、洗濯籠につもは放り込むものだ。
だからこれは多分…じゃなくて絶対。
私のため、だ。
シャツを握りしめて、再びベッドに横になった。
ニヤニヤが止まらない。
変態みたい、私。
だけど、シャツのマルコさんの香りも嬉しかったんだけど。
それ以上に、これを置いていこうと思ったマルコさんの気持ちが嬉しかった。
思った以上に早く発見してしまって、残り3日どうしようっていうのは置いといて。
今は、マルコさんの香りと、気持ちを堪能して眠ろう。
さっき付けた灯りを消して、マルコさんのシャツと共にベッドへと深く、沈んだ。

ありがとうございます、マルコさん。



**********



Side:Marco



薄暗い部屋の中で目が覚めた。
気温の寒さというよりは、身体の寒さで目が覚めた。
暖を取ろうと片手を伸ばしてシーツの上を指先が滑る。
いつもならすぐ近くに、暖かな身体がありすぐに抱きしめてしまうものを。
幾度となく探り、冷たいシーツの上を滑った後にベッド端へと指先が届いてしまった。
指先に触れたのは、求めた熱ではなく冷たい壁だった。
ああ、ここは宿屋か。
モビーの自室ではない。
それに、ここは春島だ。
寒いなんてことがあるわけないだろう。
春島というよりは気温的には、初夏だ。
今頃、愛しい恋人はそこを暖め、ひとりで眠っているのだろうか。
いつもなら手を伸ばせばすぐに届く範囲に眠っているというのに。
今はどれだけ探っても、手中には収まらない虚無感に苛まれる。
一人で眠ることなんて当たり前であったのに。
いつの間に、人肌が恋しくなり、それがないと熟睡すら出来ない程に必要としてしまっていたのか。

寝慣れないシングルのベッドの上、一度目が覚めるとなかなか寝付けなかった。
明日も島中を巡らなければならないのに。
上半身を起こしてみると、妙なことに気が付いた。
なんとも、ベッドの端にいる自分がいた。
中央で眠ればいいものを。
いつの間にか、無意識に身体まで覚えていたということだ。
***が隣に眠っているということを。
なんとなく、中央に寝る気にもなれず端に位置したまま、再び横になった。
テーブルの上には、キーホルダーと、折りたたんでいた為一部浮いているように見える手紙が見える。
大丈夫だ。
あれのおかげで、今日もまた任務を遂行できる。

もう少し、眠っておこう。
モビーの到着まで、あと3日。



[ 64/79 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


戻る




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -