08.楽しく過ごせるか

Side:***



マルコさんが出発したその日、仕事を終えて食堂に向かうと、すでに皆で一緒に食事をし…というかすでに小さな宴が始まっている一団に声をかけて頂いた。
その一番端にいたイゾウさんが、隣をとんとんと叩いて示してくれるから、そこに座らせて貰うことにした。
すでに食事を終えているらしいイゾウさんは、お猪口に熱燗、ツマミとして煮豚の小皿を置いており、その姿はとても優雅だ。
隣でご飯を食べるのが、なんだか恥ずかしいくらいだった。


「今日は何してたんだ?」
「は、はい、…ッ…あの、エンジンの調子を確認していました」


口の中に食べ物が入っている状態では返事をすることも出来ず、慌てて飲み込んでから答えた。
そんな様子の私に、お水を差しだしてくれる姿すら優雅で、ふふと小さく笑われると頬が色を付けてしまうのも仕方がないと思う。
細身で華奢な身体付きをしていると思えば、お猪口を指先で摘まむその手はごつごつとした、間違いなく男性のものだ。
その手が、着物の袖口を抑えて、まさかの手酌をしようとしているから、慌てて箸を置いた。


「すみません、私が…」
「ああ、それはありがたい。ひとつ頼もうか」
「はい、あの…何か作法とかはありますか?」
「諸説あるようだが、おれは構わん。美人に注いで貰うだけで酒が美味いからな」


お世辞だと分かっていても、照れてしまうのはイゾウさんだからだろうか。
そういえば昔、イゾウさんのことは女性だと思っていた時期があって、ひそかに母のように慕っていた気がする。
記憶が間違いなければ、お父さんもオヤジもいない時なんかは、布団にもぐりこませて頂いていたような…。


「あのガキが、こんなに色を付けていくとはなァ」
「…あの頃のこと、覚えてます?」
「マルコには、秘密にしといてやる」


私が注いだお酒を、くいっと一気に飲み干すともう一杯と言わんばかりにお猪口を差しだされるから、再びそこへ注いだ。
真白いお猪口に、透明な美しい清酒を注いでいくと、その表面にイゾウさんが写りそうなくらい綺麗…。
マルコさんに言えないことが出来てしまったことの罪悪感と、今現在の緊張感で、身体がぎこちなく動いた。
その様子を見ていたイゾウさんが、首を横に向けて声を殺して笑っている。
私は何がどうしたのか、全くわからないまま、イゾウさんの方をぼんやりと眺めているのみで。
それでも、なんだか子供の頃の話をされるというのは、気恥ずかしいような、居心地が悪いような、不思議な感覚だ。


「珍しいな、イゾウがこんなに笑うなんて」


何かあった?なんて陽気な物言いで、サッチさんがお酒の入ったグラスを手に、テーブルへとやってきた。
もう片方の手には、大きなトレイが乗せられており、お酒やおつまみ、グラス等様々な物が乗っている。
私じゃ、あのトレイ一枚、持ち上げることも出来ないかもしれない。
それくらい、盛りだくさんであり、様々な物が乗っていた。
今夜はここで皆で飲む予定だったのかもしれない。


「いやな、***のガキの頃の話してたんだよ、お前覚えてるか?」
「覚えてるぜ〜?舌っ足らずでよ、そのくせ言うことは一丁前で、しゃっちしゃん、くしゃい〜って逃げてったろ?」
「それは…すみません、全然覚えてません」
「マジか〜?おれすっげェショックでよ。まだちょっとばかり若かったからな」
「リーゼントも、へし折ったりしてたよな」
「そーだぜ、こっからボキっとやられた時は、泣いたね!」


自慢のリーゼントの中央あたりを指示して、腕を目元に当てて泣く素振りまで見せてくれるサッチさん。
その姿、そして平謝りする私を見て、イゾウさんがまたぶふっと吹き出して笑う。


「まァでも、マルコには懐いてたよな」
「あんな怖い顔してんのになァ」
「最初は大泣きしてたぜ。だからおれ言ったのよ、あれはただのパイナップルだぜって」
「だから暫く、パイナップル見ては生首って騒いでたのかよ」


わはは〜と笑う二人の大きな声に気付いて、それまで別の話題で談笑していた人たちも、その輪に加わった。
私の小さい頃を知っている人、知らない人、様々なエピソードで盛り上がってしまう。
半分程、記憶にあるけども、知らないことはほんと恥ずかしくて下を向いてしまう思いだった。
そんな私の様子に気が付いたのが、エースだった。
輪の端の方ですっかり眠っているとばっかり思っていたのに、いつの間にかグラスを持って私の隣にまで移動してきていた。



「堪えてやってくれ。兄貴ならさ、弟妹分の過去の話ってのは何よりも美味い酒の肴だからよ」
「恥ずかしい、…でもこんなにも、私のこと知ってる人がいてくれるのが嬉しいとも思うんだよね」
「ああ、そう***が思ってくれてることが、こいつらも何よりも嬉しいんじゃね?」


エースにも大事な弟がいると聞く。
私の返答に嬉しそうににししと笑う顔は、すごく穏やかで私に言いながらも弟に言っているつもりなのだろうか。
こういう時だけは、兄の顔になるんだよな。
いつもはやんちゃ坊主の末っ子丸出しの、我儘し放題なのに。

私の食事が済んだ頃、***も飲めって当然のようにグラスが置かれてお酒を勧められた。
弱い方ではないと思うし、皆と同じお酒を一緒になって飲んだんだけど…。
さすが海賊。
その中でも、ほぼ全員隊長クラス。
その強いこと。

一緒にお付き合いしていると、すぐに身体が熱くなり頭がくらくらとしてきた。
これ以上飲んだら、絶対記憶が亡くなってしまう。
まずい…!
と思いながらも、楽しい話題に、隣で嬉しそうなエース。
話を聞くたびに注がれるお酒。
完全に雰囲気に呑まれてしまったと思う。
一時間後には、一人では立てない程に泥酔し、サッチさんのリーゼントを鷲掴みにするくらいにはなってしまっていた…。



**********



Side:Thach



まさか、話題に出た昔のことがまた現在起こるとは、夢にも思わなかった。
泥酔した***ちゃんが、おれのリーゼントを掴んで折るなんて夢にも思わなかった。


まァ、いきなり真正面から折られたわけじゃなくて。
マルコの特殊なパイナップルの秘密から…ちなみに、誰もルーツを知る奴はいなかったから、あの髪型がハゲてんのか遺伝なのかは謎のまま。
髪型の話題になり、イゾウの髪の長さやハルタの髪がさらさらなのを皆で触って確認したり。
ハルタの場合は、ほぼ全員おちょくってることを含めると、真剣になっていたのは***ちゃんだけだったと思う。
そういうアクティビティもしたし、もともとマルコの話題でテンションも上がっていたんだろうな。
突然おれの方をキラキラした目で見つめながら、それでも目線の先はがっちりリーゼントの先端を見ていた。


「その中ってフランスパンが入ってるんですか?」
「イ、イヤイヤイヤイヤ、入ってねーって!***ちゃん、リーゼントってわかってる?」
「でも前に、イルヴァさんがそう言ってたから…」
「待て待て待て待て、他の誰かの言うことじゃなくて、本人のこと信じようぜ?」
「でもお腹空きましたし…」
「ちょっと…エースまで起きなくていいから、マジで!何か作ってやるから、な?」


料理もほぼ食べ終え、残すところ最後の一口となっていたエースまで、食い物の話題で身体を起こすから厄介だ。
酔っ払い二人分の飢えた腕は、おれ一人じゃ押さえつけられねェよ。
むしろ、***ちゃんのことはどうやったらいいのか見当もつきやしねェ。
女の行動は、抱きしめて止めるのが基本のおれには…。
エースの手は両手とも抑えて、一発殴ってやればそこへ沈んだものの、***ちゃんを殴るわけにはいかねェしなァ。
どうしたものかと、腕を伸ばしては引くという攻防を繰り返していると、イゾウの手がすっと伸びてきた。


「***、女性がそのようなことをするのは、些かはしたないぞ」
「あ…ッ、そうですね、…レディなのでやめておきます」


おれは両手を掴んだり離したり、力加減も調整してめちゃくちゃ大変だったのに対し、イゾウは片手を***ちゃんの前に出しただけで…。
それで止まるって、どういうことォ!?
おれの努力は!?
痛がらせたら、サッチさんさいてーってなっちゃうじゃん?
そうならない為に、全力で紳士的に振る舞っていたというのに。
イゾウの腕一振りに負けるなんて…。
形無しだぜ、全く。

どれだけ酔っぱらっていても、照れている様子で、顔が赤いのは酒のせいなのか照れたせいなのか。
ここにマルコがいれば全く違った展開になっただろうけど、いないのもまた面白いってもんだよな。


「そろそろ…寝ます、酔っぱらっちゃったみたいで」


ふらふらとしながら机に手を突いて立ち上がろうとした***ちゃん。
だけどやっぱり、足もとが覚束ない上に、付いた手だって震えているというか完全に重心がずれている。
其れなのに立ち上がるから、バランスを崩して倒れそうになった。


「危ねェ!」


咄嗟に身を乗り出して庇おうとしたんだが、隣にいたエースが何故か起きて助けようとしたため、おれの方が一歩遅れた。
おまけに、何故かエースが***ちゃんにタックルしたもんだから、勢いが増しておれの方へと倒れ込んできた。
驚いて暴れた***ちゃんの手が宙を舞い、何かを掴もうと懸命に泳ぐ。

まァ、その先に掴みやすい棒があれば、それ掴むよね。
うん、おれのリーゼントね。

さすがに人間一人分の体重を支えられる程の強度はなく、捕まれたところからぽっきりと折れてしまった。
朝、整髪料でしっかり固めたっていうのに。
***ちゃんの握力に負けて潰れ、そこから下がってしまっていた。


「あ〜ああ〜…まーたやられた」


ぎっちりリーゼントを掴む***ちゃんは、最初こそハッとした表情になっていた。
だけど、一拍間を置いて、どわっとその場の全員が笑い出すと、つられて一緒に笑い出した。
そもそもおれも、特別リーゼントを崩されたことに拘りはねェんで、一緒になって腹を抱えてしまう。
ばさばさと片手で前を崩すと、ところどころ塊は残るものの、割と長め前髪が登場する。
それを見ながら、もうまともには話せないのだろう、ふにゃふやとした笑みを浮かべて、別人みたい、と言った後にエースごと机に突っ伏して眠ってしまった。
***ちゃんの様子を見て、酔っ払いどもがまた大声で笑い出したけど、全く起きる気配すらない。
エースもまたそのまま眠っちまってやがる。
こいつが余計なことしなきゃ、普通に助けられたんじゃねェかなって、おれはちょっと思ったね。

何にせよ…まァ、ホッとした。
正直なところ、どういう風にすればマルコがいなくても、楽しく過ごせるかってのは迷っていたから。
各隊長の暇な時に一緒にいてやってくれとは頼んだものの、それで淋しさが和らぐのかってのは***ちゃん次第だし。
おれが仕事の時とかは、完全に別の奴らに任せちまってる夜もあるしな。
一人にしてやるっていうのが一番ダメなんだろうことぐらいはわかるんだけど。
とにかく今夜に限っては、こんなワイワイガヤガヤ、おっさん連中に囲まれて楽しいんだろうかとの葛藤はあった。
そんなおれの心配をよそに、今夜は終始笑ってくれていた様子だったから、良しとしよう。
一日目の夜はやりきったぜ!


「ベッドまで運んでやろうと思うんだけどさ、イゾウ、お前証人として一緒に来てくれねェ?」
「ああ、構わねェ。この中じゃ、エースかおれか、だろうな」
「エースじゃ一緒に寝ちまう」
「ああ、違いねェ」


***ちゃんを抱きかかえると、その軽さに割と驚いた。
ひょいっと持ち上げると、力の方が強くて浮き上がるくらいだ。
あんまり女性の体重とかはよく知らねェし、力もある方だからわかんなかったけど、女ってこんな脆くて軽いんだな。
それなのに、なんだか柔らかくて…。
あ、やっべ。
やめとこ、こういう風に考えるの。

イゾウと連れ立って食堂を出て、マルコの自室…今はなんて言やいいんだろうな、二人の部屋を目指した。
それ程遠くない箇所にある為、すぐに到着してしまうんだが、問題はその先だ。
自室に鍵、かけてんだろうなァ。
イゾウにノブを回して貰っても、かちゃかちゃと音が鳴るばかりだ。
こういう時は、言いつけちゃんと守ってんのね!
さて、どうしよう。
多分、ポケットに入ってんだろうけどな、鍵。


「イゾウ、***ちゃんのポケット探れるか?」
「ああ、いいぞ」


おれは恐る恐る伺ったのに、あっさりと承諾するイゾウにビビった。
その上、戸惑うことなく***ちゃんのズボンのポケットに手を入れて、何の問題もなく取り出してしまった。
いや、いーんだけど。
こういう時のイゾウの思い切りの良さというか、潔さには感心する。
イゾウのストライクゾーンからは、***ちゃんがかなり外れているってのもあるんだろうけど。
女性とみれば全員対象!っていうおれからしたら、こういうところは羨ましくもあった。
乾いた音を立てて開かれる扉。
室内へ入ると、イゾウが枕元の灯りを灯してくれた。
そっとベッドへと***ちゃんを下ろす。
ここはもうすでに、普段寝慣れたベッドなのだろう。
以前に無理矢理連れてきて寝かせた時とは違う。
緊張の色はなく、どちらかというとリラックスした表情になっているから、また安堵した。
今日のおれ、すっげぇ心配性なんだよなァ。
過保護っつーのかな。
サッチさんは優しいんですからね!

ベッドに下ろした***ちゃんは、暫くもぞもぞと動いてたけど、毛布を掛けてやると落ち着いたように小さく寝息を立てだした。
こうしてると、マジで昔のまんま、ガキの頃と一緒なんだよなァ。
イゾウも同じことを思ったみたいで、二人で無言のまま寝顔を見下ろしちまった。
いや、ごめんなさい。
女性の寝顔覗くなんて最低なのはわかってんだぜ?
でもさ、可愛いって思うのは仕方ねェだろ?
イゾウだって見てたんだ、大目に見てくれ。


「ん…ッ…マルコさん……ちゅう…して」


うッ……。
突然の***ちゃんのお願いに、おれとイゾウは動きを止めてただじっと見つめてしまった。
ドキっとした心臓が、口まで近づいてきたような気がした。
隣のイゾウをチラとみると、さすがに頬が染まっている。
おれだってなんかほっぺた熱いよ!
恥ずかしいわ!
普段こんなに可愛くてエロい***ちゃんをマルコは見ているのか。
う、羨ましい…。
だってよォ。
だってよォ!
ちゅうして、って言いながら、自分の人差し指で唇をちょっと開くんだぜ?
開いた唇の隙間からは、赤い口内が見え隠れしてるし。
思わず前かがみになりそうになるのを懸命に堪えた。
おれら、親友であり、家族であり、兄弟の女にだけは絶対に手ェ出さねェって決めてんのに。
ぐらつく。
すっげぇえええ可愛い。
やべぇ、この部屋にいつまでも居たらしぬ…。


「おれはこのまま、部屋で寝ることにするぜ」
「おれも、部屋で寝る…」


どっと疲れて、とりあえずマルコの机の上に合った紙に、さらさらと羽ペンを動かして文字を刻んだ。
『鍵はイゾウの部屋』


「預かるのおれかよ…?」
「明日おれ朝早いんだ」
「わかった。おれも起きたら気にすることにしよう」


二人で示し合せ、扉の内側に先程の紙を貼りつけた。
そしてしっかりイゾウに部屋に施錠をして貰う。
これで***ちゃんは、明日の朝、イゾウの部屋に鍵を取りに行くだろう。
そうすりゃ、朝飯もイゾウと一緒だ。
ヨッシャ、これぞ、完璧な計画!

鼻歌を歌いながら廊下を歩いて自室を目指す。
イゾウの手をふと見ると、手中には鍵とそれにくっついているキーホルダーが見えた。
木で出来たキーホルダー。
棒状にカッティングされて、濃い蒼で色を付けてあるもののようだ。
あの色…マルコの羽か?
***ちゃんの自作かなァ?
女の子の持ち物にしちゃ、ちょっと色気もないような気がするが、それでも嬉しそうな顔をして彼女はあれを作ったのだろう。
明日も笑顔が見られたらそれでいい。

おやすみ、マルコの夢を、な。




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