07.5日間の、我慢

Side:***



今日はマルコさんが一足先に島へ出発してしまう日。
その日だけど、まだ陽が昇る前の薄暗い早朝。
リミットまで、あともう少し。
さすがに身体の疲れもあって、うとうとしたと思ったのに、すぐに覚醒してしまい、当たりの暗さからまだそんなに時間は経過していないだろうと予測できる。
マルコさんは、すうすうと小さな寝息を立てながら私に腕枕をして肩を抱いてくれている。
寝顔、可愛い。

昨夜はマルコさんに、溢れんばかりの愛に包まれて二人で大変なことになりつつ、こっそり一緒にシャワーを浴びに行った。
じゃないと…情けないことに、私の足もとが覚束なかったから。
急ぎ目でシャワーを浴びて部屋に戻ってきたら、しっかり服は着て戻ってきたというのに、すぐにマルコさんに脱がされてしまった。
だから今、裸で抱き合っている状態。
時々マルコさんが身動ぎするから、ちょっとだけくすぐったい。
でもそのくすぐったさもまた、愛しい。
いつも自身たっぷりで強気につり上がっている眉は、今は垂れ下がってしまっている。
無防備な寝顔を見せてくれることも、すっごく幸せだ。
私がここでキスをしたり、何かしたら絶対に起こしてしまうだろう。
そしてその先に発展してしまいそうな気がする。
ていうか絶対なる。
今日はかなりの距離を一人で飛ばなくてはならない筈だ。
寝不足になんか絶対にさせられない。
以前一番隊の人に言われた言葉を思い出す。
これがきっと、安らぐ時間っていうものだと思うから。
こんなに穏やかに眠っているのが、きっとそうだよね。
だから私はおとなしく、動かずにマルコさんの寝顔を眺めているんだ。
普段とは違う、可愛らしいマルコさんを。


ずっと見ているつもりだったんだけど、あんまりにも気持ちよさそうに眠るから、つい私もうとうとしてしまう。
仕方ないことだとは思う。
昨夜はあんなに激しかったんだから…。

やがて夜が明ける頃、マルコさんの目がうっすらと開いた。
最初こそぼんやりとしていた目元だったけど、私と目が合うと驚いたように眉が上がる。
目線だけ移して室内へ遣ると、状況を理解したのか再び私へと戻ってくる。


「寝てた、かい…?」
「はい、ぐっすり」
「…ずっと見てたのか」
「可愛かったですよ」
「いい歳したオッサン捕まえて、可愛いときたかよ」


呆れた様子で言いながらも、どこか照れたように唇の端を上げて笑うマルコさん。
抱いてくれていた掌が、肩からゆっくりと抜かれて、身を起こしながら私の唇にキスをしてくれた。
上半身だけ私の上に覆いかぶさるように、私との距離を少し取って見下ろされる格好になるから、今度は私が照れてしまう。
ただ真剣な眼差しでじっと顔を見つめられる。
私もマルコさんを見つめ返すから、ただ沈黙が二人の間を流れた。
ドキドキと速く脈打つこの鼓動、聞こえてしまっているだろうか。
だんだんと頬が熱くなっていくのを感じている。
マルコさんに見つめられるといつもそうだ。
何度もキスして、何度も肌を重ねているというのに、こんなちょっとしたことでもすぐに照れてしまう。
それだけ大好きで、愛しくて…。
離れたくない。
5日会わない恋人同士なんていっぱいいると思う。
信じ合っていれば距離なんて、って思われるかもしれない。
信じてる。
マルコさんを好きじゃなくなることなんて、微塵も考えたことすらない。
不安なのではない。
ただ、そばにいたい。
今目の前にいるこの人と、ずっと一緒にこういていたい。
ただそれだけの願いだった。


「そんな目で見られたら、連れて行きたくなっちまう」
「連れてってください」
「…出来ねェ」
「やっぱりダメですか…」
「一羽で飛んでる鳥が面白かったのか、大砲撃ち込まれたこともあるからな…おれは平気だが…」
「足手まとい、ですね」
「そうじゃねェよい、守りきる自信はあるが、リスクは減らしたい」


再びキスをされた。
これは困ったから会話を止めたという意味じゃなく、マルコさんからの愛してるの言葉の代わりだと思う。
だって一緒にいたいって思ってくれている、気持ちは同じだと強く感じるから。
私の独りよがりじゃない。

ピピピピッ

小さく枕元のベルが鳴った。
これは、出発の支度ぎりぎりの合図。
マルコさんは長い腕を伸ばしてそれを止めると、私を見下ろして再度小さく笑った。


「5日分、保つキスしてくれよい」
「それは…私も欲しいです」


軽く唇を合わせてから、間近で目を合わせる。
一緒に笑うタイミングも、再び重ねあうキスも同じで、これが幸せというものなのかと、心の底から幸福を感じた。
マルコさんにぎゅっと強く抱きしめられていると、すごく気持ちいい。

ちゅっとリップ音を立てて唇を重ね合わせ、それから見詰め合う。
見詰め合った後に、またリップ音を鳴らしてキスをする。
何度も飽きることなく、それを繰り返した。
何度しても、離れるとすぐにキスがしたくなる。
マルコさんの唇が大好き過ぎて、困る…。
それに、さすがにこう何度もキスをしていると、私だってマルコさんが欲しくなる。
それは多分、マルコさんも同じなんだと思う。


「また、***をめちゃくちゃに啼かせてェ…」
「その言い方はちょっと…。でも、したくなっちゃいますね」
「ああ…時間、足りねェよい…抱きてェ…」


一緒に時計を見ると、甲板まで出なくちゃならない時間まで、あと5分足らずだ。
はぁ、と同時に溜め息をついてしまい、また一緒に笑った。
そんな短い時間で済ませてしまうくらいなら、こうして抱き合っていた方がずっと有意義だ。
だから生まれてしまったこの熱は、冷めるのを待つしかなくて。
マルコさんもそれをよく分かっている様子で、その中で足掻くように私の胸へ手を添える。
性的なそれではなく、下の方をふにふにと指先で揉む程度で。
こんなになってる、と下半身を押し付けられた時は、さすがに息を飲んだけど、お互いにそれ以上は突っ込まなかった。
5日後に…。
そう、暗黙の了解で我慢をした。
これじゃ、まるで告白する前の時みたいだ。
あの時は、好きってうことも、キスをすることも我慢をした。
私は未経験っていうのがあったから大丈夫だったけど、マルコさんはその先も我慢してくれていたと思う。
今は、その気持ちを私も賛同できる。
5日間の、我慢。


「いい宿、探しておくよい」


ベッドの上で最後に、ちゅっとリップ音を立てたキスをして、マルコさんが離れていく。
気温じゃない寒さが、途端に私の身体を包んだ。



**********



Side:Thach



あ〜、春だねェ。
っつか、春島の気温に引っ張られて、そっちから吹いている柔らかな風に包まれている。
この間まで冬島を体験していた身としては、ありがたいくらいの心地いい風だ。
そして今日は一応、マルコが先に旅立つ日。
午前中のこの時間、4番隊の奴らが見送りに出ようと甲板に向かったから、おれもつられて来てしまった。
不思議なことに、うちの4番隊とマルコのとこの1番隊の奴ら、なんだか仲良くなったみたいなんだよな。
全然毛色が違うのになァ。
どっちかっつーと1番隊は、インテリみたいな風貌の海賊が多く所属している。
マルコの影響なんだろうか。
対してうちは、コックも含めるから荒くれ共だけじゃなくて、一般人もいるからなんだろうか。
いや、海賊船に乗ったら誰でも海賊なんだけどな。
でも料理だけの奴と、戦闘兼料理ってのは意味が違うからな。
それでも、不思議なこともあるもんだ。
一番隊の奴らは、さすがに全員集合してるけどよ。
甲板でマルコがやってくるのを、おれの隊含めて皆で待っている様子だった。

そして予定時刻を3分程過ぎた頃に、マルコがようやく甲板に姿を現した。
珍しいこともあったもんだ。
いつもなら、定刻前に出発したりすることもあんのに。
小さなリュックひとつで、いつも通りに堂々と現れるマルコ。
その後ろからは、顔を赤く染めた***ちゃんが小走りで着いてきているようだった。
あぁ…そういうことか。
大方、自室のドアんところで、名残惜しくて仕方なかったマルコに、襲われてきたんだろう。
もしくは廊下な。
誰かに見られでもしたから、顔が赤いのかもしれない。


「よォ、遅かったじゃねェのよ」
「少し過ぎたくらいじゃ、影響しねェよい」
「別れの儀式は、済んだワケ?」
「済ませられてると思うか」
「お前…いい加減に、…いや、マジでいい加減にしとけよ…」


甲板でもやる気かよと嫌味を言ってやろうと思ったんだけど、見つけちまったんだよね。
っていうか、それ隠す気ねェだろ!
むしろ、晒して見せてるだろ!
そんな風に思わせるくらい、マルコの首筋には堂々とキスマークがついていた。
口紅で付けたなんていう甘いもんじゃねェ。
いや、ある意味甘いモンなんだけど。
あれは昨夜…つぅか、生々しくていつ付いたかなんて考えたくもねェ。
誰が付けたかどうかは明白ではあった。
ああ、それであんなに顔が赤いのか。

マルコが一番隊の連中に指示を出している間に、こっそり***ちゃんの隣に移動してみた。
んで、無言のまま自分の首筋をとんとんと人差し指で示すと、更に赤くなっちゃって、まぁ!
可愛いったらない。


「見えます、よね…?」
「あれ見えねェ奴は、目が悪いかセックス知らねェかのどっちかだろ」
「だから、シャツの前締めてって言ったのに!」
「それで遅れたわけね」
「…なかなか離してくれなくて…すみません、遅くなって」


***ちゃんは、はぁ、と深い溜め息をついてるけど、ありゃ絶対言うこときかねーだろうな。
船を離れる時は、勝負服なのか何なのかわかんねェけど、紫のシャツは絶対羽織っていく。
胸元のオヤジマークも絶対、露出させていくから、前を閉めるなんてもっての外だ。
その上、***ちゃんのキスマークがあるんだから、余計だろ。
遅れた理由は、2つだった。

顔を赤く染めていても、目線はまっすぐにマルコに向いている。
今は一番隊に話をしているところだから、横顔だっていうのに、視線が熱い。
これ覗いたら、目ん中にハートがいくつも浮いてるんだろうなァ。
いいなァ、そんな恋してェし、そんな風に恋い焦がれてェもんだよ。
はぁ〜っと大きく呼吸をしながら両手を頭の上で組んでおれもマルコを見ていた。

そしてようやく指示が終わった様子で、マルコが振り返ると、さすがに神経質そうな不機嫌そうな、いつもの隊長の顔をしてやがった。
でも、***ちゃんを見つけた瞬間、ぱぁぁって花が咲いたように表情が緩んだんだ。
いや、オッサンにさ、花が咲くとか、気ィ狂ってんのかって思うじゃん?
キモイって。
でもさ、マジにそうだったのよ。
ビックリしたね、おれも。
まさか、マルコのそんな表情を真正面から見ることになるとは思わなかったからさ。
近づいてきたマルコは、おれのことをチラリと見た後に、おれに背を向けて***ちゃんを離すように腕の中に仕舞い込んだんだ。


「***、あまりサッチのわきの下に入るな。匂いが移る」


ちょっとォォォオオオ!?
本人に聞こえてますけどォ!?
そういうの、いじめに繋がってよくないと思いますけど!!

よく言うぜ。
昨夜おれにしおらしく、***ちゃんのことを頼んできたくせに。
その時くらいだぜ、素直だったのは。
ほんとマジこいつ、いつか殴ってやろう。
そう決意していると、隣でまたいちゃいちゃが始まった。
くれぐれも気をつけろ、だとか。
部屋のカギはきちんと閉めろ、だとか。
遅い時間に船を歩き回るな、だとか。
ガキに言ってんじゃねェんだからよ〜。
お前は、***ちゃんの父親かっての。
一番隊は一番隊で、そんな二人を丸く囲んで黙って待ってるし。
どういう教育してんだよ。
…って思ってたら、4番隊も交じってたわ。
一緒に囲んでたわ。
マジかよ。

そしてようやくその時が来て、マルコが甲板の手すりまで移動した。
***ちゃんの手を引きながら。
連れていきたいんだろうな。
でもさすがに危険すぎるから、我慢してんだろう。
だからこそ、名残惜しくて仕方ないんだろう。
わかるからさ…。
はやく行けっての。
***ちゃんも泣きそうになっちゃってるし。
ほんとこの二人、マジバカップル。

マルコが手すりに手を掛けた時、皆の気を付けて下さい、だとか、いってらっしゃい、との声がわぁっと響いた。
これでようやく行くんだと思った。
マルコもようやく***ちゃんの手を離して、手すりに乗り上げたし。
後は蒼い炎になって…。
と思ったら、うををいいい!!!
素早く手すりから降りたマルコが、***ちゃんの目の前に降り立つ。
そして軽く腰を曲げて高さを合わせ、***ちゃんの顎を指先で持ち上げ、ちゅっとここまで音が聞こえるくらいの音を立ててキスをした。
それからすぐにその場で不死鳥になって、飛び立って行った。
そうだよな…。
わざわざ手すりに昇らなくたって、甲板からでいいんだよな。
なんて別のこと考えてないと、頭が一気に真っ白になりそうだった。
つぅか、なったわ。
不意打ちのことで、***ちゃんはキスをされた時に上を向いたままの体勢で止まってるし。
1番隊なんか、目ェひん剥いて驚いてるし。
うちの隊なんか、鬼の一番隊隊長ってのしか知らないから、多分あれ、アゴ外れてる。

あーあ、この場のほぼ全員、おれ以外が金縛りに合ったみたいに固まった。
どうしてくれんだよォ!?



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