04.案外チョロい

Side:Thach



やべぇ。
やべぇ、ヤベェ。
ヤベェんだよ!
あーこんなの、今言ったら絶対キレるに決まってんだろうな。
でも、言わずにいるわけにもいかねェ。
とりあえず手近にある酒瓶の中で、マルコの好きな酒…は見つからず。
うわー、ツイてねェ。
あ、でも、これなら!
おれはいいことを思いついて、その中のひと瓶を手にした。
厨房からダッシュでマルコの部屋を目指し、勢いに任せて部屋の扉を開けた時のこと。


「マルコ!次の春じ、ま…の…さぁ……ぁぁあああ〜〜」
「…ッ………サ、サッチ…さん」
「ノックしろと言ったろう、いつになったら学ぶんだ」


ああ…なんだっておれは、毎回毎回、こんなイチャイチャしてんのを見せつけられているのか。
そりゃね、ノックしないでいきなり部屋に入ったおれが悪いよ?
でもさ、もうばっちり脳裏に焼き付いちゃったんだよね、さっきのキスシーン。
仕事用にしちゃ贅沢な椅子に座るマルコの上に、***ちゃんが覆い被さるようにしていてさ。
ギリ机で見えなかったんだけど、多分あれ、片方の足は膝が椅子に乗ってたね。
絶対マルコの足の間にね!
***ちゃんは髪の毛を耳にかけてたから、唇が重なり合うところなんか、ばっちり見えたし。
ご丁寧に、手は繋ぎ合わせたままだから、おれの登場で***ちゃんは驚いて身を引いたのに、マルコの手によって離れさせては貰えてないみたいだった。
不機嫌で、嫌そうにおれに注意をした後、マルコは親指で***ちゃんの唇を拭っているようだった。
いいからそういうの!
激しいキスで唇濡れてたのか!?
いや、おれが悪いんだよ!?
わーってるっての!
でももう、一人身で暫く女性の肌なんて拝んでもいないおれに、その仕打ち!
泣いちゃうぜ?
しっかし、***ちゃん、いつの間にあんなに色っぽくなったんだろう。
扇情的なキスシーンに、おれもドキっとしちまったよ。
相手がマルコじゃなきゃ、今夜の…。
やめとこ、最近めっきり下品になりましたねってこの間忠告されたばっかりだったんだ。


「あ、あの…ッ…私、船大工部屋に忘れ物してきたんで、取ってきますね!」


ふわりとスカートが揺れているから、私服なんだろう。
おれに見られたことで、思いっきり照れているのも可愛い。
今日はきっとやすみのはずだ。
部屋から出ていく***ちゃんの背中を見送り、マルコへ視線を戻すと…。
ああ…めっちゃ怒ってますよね。
そうですよね。
照れるとかは無縁ですよね、ハイ、すんません。
ものすごく不機嫌に、なんの用だなんて言われたら、これ若いクルーだったら震えあがってここで帰ってるんじゃね!?


「おまえさ、執務室でも作れば?」
「いいや、ここがいんだってよ」
「***ちゃんが?」
「ああ、おれが仕事してるとこが、見てェんだって言うからなァ」


今さらっと惚気たよね?
そしてちょっと、したり顔だよね?
嬉しそうにするんじゃねェよ!
まぁいいや。
次からは絶対ノックしよう。
これ以上、ふたりのお熱いシーン見ちゃってたら、なんか色々バカなことしちまいそうだから。
とりあえず、***ちゃんのおかげなのか、マルコの機嫌もちょっとだけ直ったみたいだったし、本題に移ることにした。

まぁ、率直に言えば材料のひとつを忘れたまま、予算報告書を提出しちまってたんだよな。
それで受理されちまって、マルコにも今回は期限守ったな、なんて珍しい一言を貰ったハズなのに、だ。
でも保存食としても、クルーのビタミン摂取の為でも、あと、女性クルーを喜ばせる為にも、絶対欲しい特産物。
さっき知ったんだから、仕方ねェだろ。


「イチゴと角砂糖、報告書の50倍近く買いてェんだよ」
「却下」
「いやいやいや、ちょっと待てって!」
「明日はおれが一足先に島へ行く、もう無理だろい」
「そこを何とか!超有名な島だったんだよ、そこがよぉ!」
「予算も、もう動かしちまった」
「クルーの健康と、女性陣、…***ちゃんの笑顔の為にも!」


さすがに、***ちゃんの名前を出すとマルコの腕がピクリと揺れる。
もう一押しか!
そこで、手にしてきた酒を机の上に乗せた。


「…なんだ、清酒か?」
「そ、これ、あの島の代表的な清酒ね。んでこれに、あの島の苺漬けるとさ、超絶絶品なんだってよ」
「だから何だい」
「女の子も好きだろうなァって、それに、***ちゃん、苺乗ったショートケーキ大好きなんだよなァ〜」
「分かった、…ずる賢くなりやがって。今回限りだ、明日までに予算組んでおくよい」
「…っしゃぁ!」


案外チョロい。
こいつ、***ちゃんの名前出せば、割といろいろいけんじゃね?と思ったね。

多分キスをする前までも、マルコは仕事をしていたんだろう。
おれとの会話が終わったと判断した様子で、机に向かってまた何か書いている。
こいつ、仕事の途中でもなんでも、***ちゃんがいればキスぐらいすぐするんだろうなァ。
おんなじ部屋に置いてさ、片時も離したくねェんだろうな。
まぁ、そりゃそうか。
おれなんかは、初恋もとっくに済ませたし、失恋だって何度かした。
恋しい女が出来る度に、島で別れたり、相手が船を下りたり…。
様々な経験をしても、今でも女は大好きだし、肌も恋しいし抱きてェ。
許されるなら、恋だってしてェよ。
まだまだ、現役だ!

でもマルコは…。
いや、童貞じゃねぇし、いろいろな経験はそれなりに積んできてるだろうけど。
今まですっげぇモテてきたから、女に困ることなんか一度だってなかっただろうけど。
本気で恋したことあんの?って誰かに訊かれたら、おれは首を縦に振れない。
それに、ある島でなんかあったみたいで、それ以降、女を毛嫌いというか汚いものでも見るようになっちまったんだよなァ。
マルコに聞いたって、絶対答えないし何度もはぐらかされたけど、嫌な思いをしたことがあったようなんだ。
だからさ、***ちゃんに、ドキドキしちゃってるマルコ。
エースと楽しそうにしてる***ちゃんを見て妬いているマルコ。
完全に若い子にべた惚れで振り回されているマルコ。
どれもおれからしたら、めちゃくちゃ新鮮で、すっげぇ面白い。
今まさに、初恋を謳歌してます!っていう感じの、10代の猿みてェに***ちゃんを求める気持ちがわかるからさ。
応援したくなっちまうんだよなァ。
たった今邪魔したばっかりだけど。
でもマジで、女の肌の気持ちよさとか、愛おしさとか、セックスの気持ちよさとか、もっともっと知ればいいと思ってるよ、おれは。


「…行かねェのか?」


もう用事は終わったのに、いつまでも部屋を出ていかねェおれに、怪訝そうな表情で顔を上げている。
それでもおれが立ち上がらないから、再び仕事を再開したようだった。
ほんと、無口だよな。
文字を書くマルコを黙って見ていると、その手が止まって何かを考えているようだった。
そして顔を上げ、再びおれを見てくる。
何を言われるかと期待して、ん?と眉を上げて返すと、なんとも嫌そうな表情になるから面白ェ。
それを何度か繰り返し、いい加減飽きてきた頃、ようやくマルコが羽ペンを机に乗せた。
ほんと、わかりやすい男。
マルコがこんな歯切れの悪い態度を取る時は、十中八九***ちゃん絡みだ。
***ちゃんに関することは全て自分でやりてェけど、それが回らない時に、こういう行動をするようになった。
なんか人間ぽくて、おれはイイと思うんだよね。
…マルコ観察しまくってて、キモイとかいうのはもうナシな。


「お前に言うのも、あまり気は進まねェんだが…」
「なんだい、この万能なサッチさんに何でも言ってみ?」
「…はぁ…、明日からおれは船を離れる」
「そうだなァ、5日開けんだよな」
「前回みてェなことにならないようにしてやりてェんだよい」


前回。
ああ…前回ね。
ハイハイ。
冬島の時のことを言っているんだろう。
あの頃はまだ、こいつらは恋人同士って関係ではなくて、なんだか見てるこっちがもどかしい気分にさせられてた時ね!
あの時***ちゃんは、マルコ不足で完全にイッちゃってたからなァ。


「でも今は、もう大丈夫なんじゃね?ベッドはここだし、おまえ今着てる服とか、下着とか洗濯すんじゃねェぞ?」
「…うるせェよい…言われなくとも置いていくつもりだ」


机に肘を乗せて顔の下半分を掌で隠しているけど、照れているのはバレバレよ?
あら、可愛い。
まぁ普通、自分の匂いのしみついた服で、恋人が喜んでくれるとか、男としてはたまんねェよな。


「お前の時間が空いてる時でいいんだ、一緒に飯とか食ってやってくれ」
「ああ、そういうことね!そんなのはお安い御用よ」
「今回は***メインの仕事もねェし…」
「楽しく過ごしてりゃ、5日間なんてあっという間に過ぎちまうって。そういうことなら、おれら家族に任せとけよって」
「悪いな…頼む」
「じゃ、夜はおれの部屋…に……ィ!?」


冗談のつもりで言った言葉は、最後まで言わせて貰えずに何か鋭利なものが飛んで来た。
おれの自慢のリーゼントに突き刺さったそれは、何か、まっすぐな…?
そっと抜いてみると、金属製の定規だった。
それも、直角も図れるようになっているもので、…こんなの投げたら危ないでしょぉ!?


「…っぶね、しぬわ」
「今のはお前が悪ィ」
「おれがお前の女に手ェ出すわけねェだろうが」
「***は魅力的だからな」
「あー…唯一、お前が街で女買ってたら、そん時は貰うわ」
「一生、ねェよい」


マルコの不敵な笑みを見て今度こそ立ち上がって、そっと凶器の定規は机の端に戻しておいた。
多分これ、***ちゃんのだ。
製図用だろ、これ。
海図を書くものとは別の文房具で、ここにも***ちゃんの私物が登場してくるとなんだかくすぐったい。
色気のなかったこの部屋も、随分と様変わりしたものだ。
二人分の荷物があるとは思えない少なさではあるものの、端の棚に鏡が置いてあったり。
すぐに着る用に壁にかけてある上着が、二枚になってたり。
そのうちの一枚の、なんともいえない淡い色合いの女性特有の可愛らしさ。

仕事に没頭中のマルコに、じゃあなと声をかけるも、その顔はもう上がることはなかった。
入ってきたときよりも、静かにその部屋を出ると、丁度戻ってきただろう***ちゃんと廊下で会った。


「悪かったな、邪魔しちまって」
「い、いや、あの…すみません…自重します」


立ち止まり真っ赤になって俯いてしまったけど、そこも可愛らしい。
忘れ物、とさっきは言ってたのに、その手にはなにも持っていないところを見ると、思った通り部屋を出る口実だったんだろう。
気ィ使わせちまったな。
頭を撫でてやると、ひやりと外の空気を感じたから、甲板にでも出て時間を潰してきたのかもしれない。
本当に、悪いことをしちまった。


「マルコに、温めて貰えよ?」
「まだお仕事されてると思うので、大人しくしておきます」
「今のあいつなら、仕事より***ちゃんを選んじゃうと思うぜ」
「もう、サッチさん!からかってばっかり」


頬を染めて嬉しそうに笑う***ちゃんに手を振って、厨房へと足を向けた。
さっきよりも軽い足取りで部屋へと戻っていく***ちゃんの足音を聞きながら。


さて!
予算を組み直しているマルコへの礼の為、おれは明日以降のスケジュールを組もう。
***ちゃんが、ひとりにならない為に、毎晩誰が暇で誰が見張りで仕事なのか、把握する必要があった。
おれの料理と酒と、一緒に飲む家族がいれば、淋しくねェよな。
1から16番の隊員達、船大工チーム、航海士チーム、雑用チーム、そして医療チームのナースちゃん達。
まずは手始めに…。
丁度食堂に居たイゾウ達に向けて片手を上げて足早に向かっていった。
こういう人を楽しませるスケジュールを組むのは、大好きで、大得意だぜ!


「お、ちょっといいか、お前ら?我らが一番隊隊長様からの要望で、特別任務だぜ!」




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