十四万打企画夢 | ナノ






「連日の徹夜続きの後のベッドが愛し過ぎて、とりあえず枕に顔埋めて足ばたばたしとくかァー。やッばい、今なら枕に盛れるわァ」

「俺は眠い。凄く、眠い」

「何処触りつつのその口だっての。あァ、眠い眠い」

「お互い様だな」

 現在地、暗殺チームアジト仮眠室、ベッド下。私はいったい何をしているのだろう。

 落ち着け、私。素数を数えないにしても、ナマエ、まずは落ち着こう。頭上ベッド上にいるソルベとジェラートの二人が仮眠室とは名ばかりの使い方を始めそうでも、そう、落ち着こう。そして順序に沿って考えよう。いちゃいちゃする声を遠くに、考えるのだ。どうしてこうなってしまったのか、そう――事の始まりは片耳のピアスが無くなっているのに気付いたことだった。
 別にでかい宝石で拵えられたとか大層お高いものであったとかそういうわけではないが、控えめで小さなそれは私のお気に入りでいて、大抵付けたままにしていたものであった。そしてそのお気に入りの不在は今朝、アジトのリビングにある鏡からニュッと上半身を飛び出してきたイルーゾォの指先と言葉一つで私へと知らされた。「片方ないぞ、ピアス」思わずイルーゾォを鏡の中へと押し戻しながら鏡面で確認してみれば、あ!と声が上がる。本当に片耳のピアスが無くなっているではないか。大変だ、大事だ。自身のアパートに探しに帰らねば、いやアジト内か、まさか……任務中じゃないだろうな。大事だ。自身の髪間へと指先を潜り込ませながら髪型を崩し焦った声を上げる私を数分見守っていたらしいメローネがにやにやと笑いながら言った。「仮眠室じゃない?三日前の徹夜明け、入る前はいたけど出てきた時には家出してたぜ。掃除機の洗礼を受けてないといいがな」その時言えよと両頬を抓り上げたのは言うまでもない。
 駆け込むようにして仮眠室に入りベッド周りを探し、見つからないから私は覗き込んだのだ、ベッドの下を。そうすればその奥にきらりと光るのは反抗期を迎えたが故に家出した私のピアス。私とピアスは感動の再会を迎えたのだ。しかし、その瞬間に抱擁することは叶わなかった。それは何故か。ベッドがでか過ぎて、一番奥のそこの場所へと私の指先は届かなかったのだ。しょうがない、仮眠室のベッドはリーダーだって使う。故にでかいのだ。そして私はしょうがないとそのベッド下に潜り込み、這った姿勢のままにピアスとの抱擁を終えたのだ。ほぅ、と吐いた溜息と仮眠室の扉が悲鳴を上げたのは同時だった。吃驚して条件反射で頭を上げた私は勿論ベッド下なわけで、頭を打って声も上げずに悶えた。その無言数秒の間が運命の別れ道だった、そういうことなのだろう。部屋内へと足を踏み入れたのはソルベとジェラートで、彼らのいちゃいちゃが始まったのは扉が閉まるのと同時だった。此処、鍵とかはないですけど。
 何を後ろめたいことがあるというのだろうか。私はただベッド下に落ちてしまっていた自分のピアスを救出しただけだし、何も盗み聞きだとかを目論でのこの場所への滞在ではないのだ。あんた等何してんの、変な会話止めて。そう言いながらベッド下から這い出れば済む、そう、済む話なのだ。ただ、その短い台詞が何故か私の唇からは出ず、どうしようとばかりに気持ちは焦って仕方がない。

「肩が凝ってる。凄く、硬い。ガチガチだ」

「やッばい、ソルベそれはやばい!しゃーない、しゃーない。何か特殊な脳波とか出てるだろうしねぇ今」

「三大欲求のこの位置が底だとする。俺の位置はここだ」

「ブチ抜いてるブチ抜いてるから!それ!」

 ……ソルベの口から流れ出ている台詞が私の鼓膜へと流れ込んでくるけれど、これは本当にあのソルベだろうか。もしかしたら任務中にスタンド攻撃を受けてソルベとジェラートの精神が入れ替わったとか、「ァあー、オレはジェラトリアを潰しにかかりたい。オレの食欲のメーターこれくらいかなァ。睡眠欲がこれで、性欲はこれ」「おい、食欲、おい。だがお前らしいな」……駄目だ、完全にソルベとジェラートで間違いない。でも台詞はミュートに設定出来なかったものか。目の前に鏡があったら確認出来たのだが、多分、私の目は今死んだような魚のそれだろう。ベッドしたで刻む時。加速しているのは時ではない、彼らの熱だ。

「じゃァ、一つずつ潰していこうか三大欲求?」

「良い提案だ」

「睡眠欲から?」

「まさかだろ」

「だねぇ」

 その少し後で聞こえてきたのは、不意打ちで。多分、多分なんだけれど、聞いたこともなかったから本当にそうだったのか比較しようもないのだけれどジェラートの「ァ、ん……もう少し優しくしてくれてもイイんじゃないの?」お前等仮眠室で何してんだよ!
 駄目だった、もう私のメーターはいっぱいいっぱいだった。満杯過ぎてぶっちぎりだった。床に額を擦りつけて私はもう降伏の諸手を上げた。

「っく、ぶ、ふ、はははははは!くッそ!もッ無理だろッ!!」

 ……は?ベッド下まで響いてくるそれはジェラートの笑い声だった。腹を抱え込むようなそれにはソルベの抑えたが抑え切れなかったであろう笑い声も混じっている。思わず呆気に取られた私が額を擦り付けていた床から顔を上げて瞬きを繰り返していたらかかってきたのはジェラートの声。「身悶えてる?」そう、ジェラートの声。確かに、私の背中にはジェラートのその言葉が投げ掛けられた。ベッド下で身体の向きを変える私。そしてばっちりと打つかった視線。逆向きのジェラートのにんまりと笑んだその唇。

「本当に一つずつ潰していった方が良かった?三大欲求」

「……こっ、この野郎!!」

「えーなにさ期待には応えるつもりだけど、なァソルベ?」

「あぁ」

 嵌められた。こいつらに、嵌められた。視界には逆向きのソルベも加わった。

「いやでも、感謝して欲しいぐらいだぜ?本当はさァ。ピアスを拾い上げてやったのはオレなんだからさ」

「え?」

「あと数時間遅かったら掃除機、さらには塵袋の中だったな」

 発現しそうだったスタンドを寸での所で思い留まる。感謝の言葉なんて吐こうとは思わなかったけれど。

「え、っと……」

「まァ、今回のために再度ベッド下に落したのもオレだけどね。盗み見しながらタイミング測ってたわァ」

「ソルベとジェラートは明日非番かな五体不自由になっても支障ないよねそうだよね」

「まァ、良かったじゃん。終いには無事戻ってきたわけだから?ピアス。それ、あんたに似合ってるよ」

 逆向きのジェラートが言って逆向きのソルベが口辺を僅かに持ち上げている。私を持ち上げるその台詞で処刑を免れられると思うなよ。……手加減はしてやろうと思ったけど。少し。少しばかりだ。
 睨む視線をくれてやった先のジェラートは目を瞑るようにして欠伸を噛み殺した。

「あー、睡眠欲がブチ抜いてるわー」

「寝たいならスタンド使ってあげる寸秒でぐっすり」 

「ナマエが手伝ってくれるの?じゃァ遠慮せずに添い寝してくれよ」

「添い寝」



 現在地、暗殺チームアジト仮眠室、ベッド上。右隣にはソルベ。左隣にはジェラート。私はいったい何をしているのだろうと思う、こんな何時もの日々が案外嫌いじゃないから人の一生なんて分からないものだ。


(罪悪感の無駄遣い)