十四万打企画夢 | ナノ






死ネタ注意

 下ろしていた瞼を上げたナマエはやわらかい空気の中の酸素を吸って息を吐いた。自身の頭の下の柔らかくなく快適とは言い難いジェラートの膝の感触を意識の隅で感じながら、見上げる視界の中その持ち主を見つめる。ゆっくりと向けた視線で壁掛け時計を確認してから、元の位置へと戻した視線を今度は少しばかり上へ。雑誌を読んでいるらしい伏せられたソルベの目元、静かに紙を捲くる音。また元の位置へと戻される視線。睡眠の淵から意識が浮き上がるその前から続くジェラートの彼女の髪を梳く動作はその間も絶えることはなく、緩やかに瞬きを繰り返しても波間をたゆたうような意識を拭えないナマエは抗うのを止め瞼を閉ざした。

「……眠い」

 起き抜けの少々掠れた声で呟けば二人が口辺で笑った雰囲気をナマエは感じた。おぼろげな思考。波はひどく穏やかだ。

「好き」

 閉ざした視界のままに言うナマエ。変わらず彼女の髪を梳くジェラートに雑誌を捲るソルベ。ナマエは瞼を閉じる前に見た二人の姿を広がる黒の中に浮かび上がらせる。
 ソルベ、ジェラート、二人のこんなにも穏やかな姿を知っているのは私だけ。このやわらかい空気でたゆたえるのも、呟いた後に落ちてくる二人の唇の熱も私だけのもの。
 時間は有限ではあるが、任務を告げるであろう足音はまだまだ聞こえてこない。どこか舌の上で甘い空気を胸に一度深く吸い込んでから、ナマエはまた眠りの淵へと身を預けていった。



 ぱちぱちと瞬きを繰り返し面食らった様を見せるナマエへと言葉を繰り返したのはリゾットで、まさかと聞き返したのは彼女ではなくその場にいるメローネで他の面子でさえ言葉を返したそうな表情を浮かべていた。同じ内容を繰り返すこと三度目となっても顔色を変えないリゾットが差し出した書面を受け取り目を通すプロシュート。彼の手元の紙へと同じように目をやり簡単に読み上げたホルマジオに声を漏らしたペッシ。何時もは声を荒らげるであろうギアッチョも今は静かで、イルーゾォの顔色は平常よりも良いものである。
 パッショーネのボスがどうやら変わったらしい。それが良い事か悪い事かと問われれば良いと答えるだろう。紙に記された暗殺チームという立場の色々と配慮され改善された処遇は以前となるものとは比較にならない。ナマエが信じられないとばかりに向けた視線の先のリゾットの様子は、よく見ると何時も通りとはいえないかもしれない。



「吃驚しました。人生、何が起きるか分かりませんね」

 穏やかに吹いた風に流れる自身の髪を押さえながらナマエは呟くように言った。傍らに静かに立つリゾットが「……そうだな」と、同様に呟き返す。伏せた目で考えるようなナマエの指先が滑らかな花弁を撫でる。静かに踏み出し、そっと花を置いた彼女は名前の記されていないその石――墓標をその手で愛しむ様に撫で、瞼を閉じた。呼吸。目を開けた彼女は振り返った視界にリゾットを移す。

「リーダー、お願いがあります」

「……何だ、ものによるぞ」

「私はもう、長くは生きられません」

「……ナマエ」

「末期なんです。死に場所を共にすることが出来なかったんです。だから――」

「分かっている。……約束しよう。此処に、ソルベとジェラートが眠る此処に埋めると」

「ありがとう、ございます。……リーダー、そんな顔しないでくださいよ」

 ナマエは眉根を寄せたリゾットの顔を見た。髪を梳くような風の中、彼女は確かに笑みを浮かべている。

「私は間違いなく幸せなんですから」



 傾げた如雨露から雨のように静かに降り流れ出す水が花壇の植物を濡らす。青々とした緑に乗る透明な水の珠が滑り落ちて土へと浸透していく。一通り水遣りを終えたナマエは如雨露を片付けて庭の隅に一つ置いた椅子に腰を下ろした。一仕事終えた彼女は空を見上げる。そうして、思わず言葉を零した。

「幸せ、だな」

 また三人で、身を寄せ合える。手を翳しても、細めた目に零れる夏の眩しさ。涙が滲んだ。


(溺れる)