十四万打企画夢 | ナノ






 一番の始まりはなんだっただろうか、ジェラートがナマエの頬に押し付けたその唇かそれともソルベが回した腕で抱いた彼女の腰か。細かなことを気にしていては始まらない、大事なのは今の現状でいて些細なきっかけではないのだ。

 時計の針は緩やかにシエスタの時間帯を指しているというのに、穏やかな睡眠とは不似合いに室内に小さく響いているのは熱を帯びた吐息の合間に漏れる水音だ。
 ソファへと腰を沈めたソルベの膝の上に跨り彼と対面するナマエは、そのままに何度も角度を変えながら彼と舌を絡ませ合う口付けを繰り返す。呼吸を落ち着ける為にか距離を取った彼女の唇は深呼吸のそれを数度繰り返した。
 出来るだけ緩やかに吐き出した息の後に向けた彼女の視線の先では、彼女自身の手を取って悪戯な笑みを浮かべてみせるジェラートがいる。ちゅっ、ちゅっ、とリップ音を立てながら手首の血管を辿るように唇を落とし、劇の一幕のように手の甲へと誓いの印めいて口付けたジェラートはナマエの漏らした甘い声に満足そうに声無く笑う。
 ジェラートのそれに顔を向けているナマエの首筋へと顔を寄せたソルベはそのままにそこへと自身の唇を押し付けた。僅かに跳ねる彼女の身体。その反応に二人の男は彼女の肌へと笑う吐息を落とした。
 ムッと眉根を寄せたナマエがぐっと寄せた身体で距離を詰めたのはジェラートで、鳴った可愛げな小さな音は彼女が彼の額に口付けたそれに他ならない。してやったりな表情を浮かべた彼女に面食らうジェラートではなく、そのお返しだとばかりに彼女の頬を包み込むようにその両手を添えて、額や目元、唇の端など何倍もの触れ合いを彼女へと与えてみせた。

 カチャンッ、と鳴った陶磁器の金音。向けられる三人分の視線。向けられたのは一人。ジェラートが一応と離した手のお陰で顔を向けるに至ったナマエは液体の満ちたカップを驚きのままに鳴らした人物の名を口にした。

「どうしたのペッシ?」

「いや、どうしたも何も……」

 挙動不審を体現したままに流したペッシの視線の先でこれ見よがしにジェラートがナマエの耳を食んだ。今度こそ跳ねた彼の肩に合わせてカップも跳ねる。あーぁ、と視線で言うソルベとナマエの向けた視線の先で宙に舞うカップとカッフェと思わしき液体の珠はペッシの身体能力を以ってしては助からないし、やはり床へと打つかり破壊音と雨音にも似たそれを響かせた。声にもならない絶叫を上げたペッシ。そ知らぬ顔でソルベは抱き直したナマエとまた口付けを交わした。

「ん、ペッシ、片付け手伝おうか?」

「え、遠慮しておくよ……というかナマエってできてたんすね」

「ん?」

「……ソルベとジェラートの二人と」

 言葉尻を小さく呟くように言ったペッシにソルベとジェラート、それにナマエを合わせた三人は一様に顔を見合わせる。そして噴出すように笑い出しその肩を震わせた。その様子におろおろと困り顔を向けるペッシに視線をやることなくソルベと顔を向け合わせたままにナマエが唇を開く。彼女の腕はソルベの首へと回った。

「んーん、できてない。この二人はできてるけど」

「そ、オレらはできてるけど」

 ナマエの手を弄びながら彼女の言葉に同調するジェラート。ペッシはその光景と与えられた言葉に思考を絡み縺れさせあ、だとかう、だとかを開けた口で漏らす。つまりは、だったらなんだこの光景と問いたいのだが彼がそれを口にすることは難しいだろう。

「ペッシ、ペッシ、ペッシさァ……聞くは一時の恥で聞かぬは一生の恥って言うぜ?」

「ジェラート、ペッシを苛めるとプロシュートが黙っちゃいないよ?」

「あぁ、それは恐ろしいな」

「ねー?」

 鼻先を擦り合わせるソルベとナマエにペッシはまた肩を跳ね上げる。そして半ば声を裏返させながらまるで言い訳のように言葉を吐き出してその場から駆け出した。

「お、オレ箒持ってくるッ!」

「あ、ペッシ……」

 大きな音を立てて閉じられた扉は勢いの割りには上手く閉まらなかったようでキィ……と小さく唸りながら隙間を見せた。
 数秒はいなくなったペッシの背中を追うように扉へと視線を向けていた三人だったが合わせたようにまた揃って顔を見合わせ笑い出した。何をそんなに焦って逃げ出す必要があると。

「ペッシったらおかしいねえ」

「できてないことに驚いたのかそれともできてることに驚いたのか」

「両方じゃねぇか」

「さぁねー。……あ、そうだ。私好きだよ?ソルベとジェラートのこと」

 ペッシのことをくすくすと笑ったナマエはついでにとばかりにその言葉を二人へと吐いた。少し素っ気無い響きで言ったくせに緩んだ頬は至極幸せだと彼らに知らせる。ソルベとジェラートは互いに顔を見合わせてからふ、と小さく笑った。

「それは光栄だなァ」

「ふふ、たぶんね」

「たぶんか、まぁだが悪くねぇな」

 気まぐれな愛を囁く唇は戯れを繰り返し、その頬は確かに幸福の前に緩んでみせた。ぺろりと悪戯に出して見せられた彼女の舌先は直ぐにでも絡められるだろう。漂う雰囲気の味をその舌の上で転がすことが出来るとすれば、それは甘く溶ける甘美を孕む。


(喰らい愛)