十万打企画夢 | ナノ






 例えば、忘れられない言葉がある。四六時中頭を埋め尽くしているわけではないが、ふとした時、突拍子もなく思い出しては脳裏を埋める言葉だ。
 それは私がまだ暗殺チームに入りたての新人だった頃、始末し終えたばかりの標的の身体を見下ろしていた時のことだ。スタンド能力の仕様の為に自身の頬に標的からの返り血を付けたまま、私はその言葉を自身の教育係としてあてられたプロシュートから聞いた。彼は私の頭部へと手を置いてくしゃりと髪を撫でるようにしながら言った。

「大人になんかなるな」

 それから彼は私の頬に付いていた血痕を親指の腹で拭って、直ぐにその場から踵を返し離れた。私は数秒その場から動けないでいるも、ハッとしてその背に置いていかれまいと慌てて駆け出した。だから、その言葉の意味をプロシュートにその時聞き返すことは出来なかったし、その後も聞くことはなかった。その言葉がいくら忘れられないものだったとしても、聞くことは、出来なかった。

 大人になるということは、いったいどういうことだろう。それは身体的なことだろうか。それは精神的なことだろうか。大人になるなと言われた時には私は成人済みであったし、既に両の手では足りないぐらい人を殺めていた。だから、プロシュートがいう言葉の意味がもっと別のことにあるのだとはぼんやりと考えていた。大人になんかなるなと言われた私はその時確かに大人になれていなかったのだろうから。

 二年前の話だ、仲間のソルベとジェラートが死んだのは。人員の出入りの著しい暗殺チームでも古株だった二人。まずはジェラートの遺体が彼等の部屋で見つかり、そしてソルベは幾つにもなってアジトへと送られてきた。口数も少なく、仲間の遺体を深く掘った穴底へと預けその上へと土を落とす。重苦しい空気の中でも浮かんできたのはあの言葉で、僅かに眉根を寄せているリーダーや奥歯を噛み締めて怒りを露わにするギアッチョ、口元を押さえたままトイレへと駆け込んだペッシなどを脳裏に浮かべて己に問いただす。答えは出ない。平らになった地面に手を添えても、優しくしてくれた二人の温もりなんて一片も伝わってこなかった。

 大人になるとはどういうことなのだろうか。例えば、今ある現実を受け入れてしまうことは大人になるということなのか。目を背けることが子供であることなのか。理不尽なことを運命だと受け入れる判断をすればそれは大人なのか。

 私は己のスタンド能力を発現して対峙する彼等へと目を向けた。ボスの娘を連れている彼ら。彼らと私がこうして対峙しているということは、先の者が彼等に敗れたということを示している。敗者であるということが何と等しいということかは既に分かりきっていたが、私は自身の唇へと噛み切らんばかりに歯を立てるのを止められなかった。
 私が彼等に勝とうと負けようと、失ったものは戻ってこないのだろう。それを理解することは大人なのかもしれない。それでも理想を、偶像を、追い求め抗うのは子供のすることなのかもしれない。スタンド能力を行使しながらもどっち付かずの私はきっと、彼の言いつけ通り今尚大人になれないでいる。ただがむしゃらに手に入らないものに手を伸ばす子供なのかもしれない。それでも――。




「――あそこで判断を誤るだなんて、オメーはまだまだ餓鬼だな」

「大人になんかなるなって言ったの、プロシュートじゃん」

「唇を尖らしてんじゃねえよ。さらに餓鬼だ」

「餓鬼餓鬼ってねえ、私は成人済みです!」

「そう言い張るとこがまた餓鬼なんだ」

「ふんっ、どうせ私は餓鬼ですよー」

「ハッ、それでいいんだ。オメーは、ナマエは大人になんかなる必要はねえんだ」

「あー、またそれ!」

 私の頭部へと手を置いてくしゃりと髪を撫でるようにしてプロシュートは言った。控えめに開けられた扉の隙間から困り顔のペッシが此方へと顔を出して、リーダーが呼んでいることを告げた。それに返事をしたプロシュートが私の頭を一度叩いて踵を返した。ペッシは苦笑いを私に向ける。私がプロシュートの背に舌を出してみせていたからだ。子供っぽく。そうして子供は親、もといプロシュートにもう一度頭を叩かれることになる。ありふれた、なんでもないような日常に、大人になんかなれないねと私は再度舌を見せてやった。


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