窓から覗く外の景色は沈み始めた太陽の為に薄暗くなり始めていた。少しばかり行った所にある街並みでは、人の通りも控え目になり喧騒をも抑え始めているだろう。それはさておき、此処暗殺チームアジトはそんなこと知ったものかとばかりに騒々しい。今もバタバタと暗殺者らしからぬ足音を露わに階段を駆け下りてきたメローネに、その彼を後ろから追い駆けるナマエの荒らげた声が響き渡っている。
「ぐだぐだ言うな!服を脱げ!」
「嫌だ!」
男性用の制服一式をはためかせながら駆けるナマエがメローネへと叫ぶように言う。それに対して後ろを窺うこともせぬままにメローネは拒否の言葉を声高らかに言ってみせる。その後に続く小競り合いの言葉に、一階で寛いでいたホルマジオは自身の片耳に指先を突っ込みながらその喧騒に対して反応をみせている。彼の足元で猫が欠伸をした。
「他所でやれバカップル〜。騒がしくてしょうがねえよ」
呆れたような表情を浮かべるホルマジオの目の前をメローネが駆けて行った。その瞬間に上がる悲鳴は獣のもの。猫だ。ホルマジオの猫だ。メローネに己の尻尾を踏まれた猫は跳び上がり、側に立っていた己の主人の顔へと爪を立てた。ぎゃっ!?と今度悲鳴を上げたのはホルマジオ。数秒遅れてホルマジオの前を通り過ぎるナマエが、メローネの代わりに彼に詫びを入れて申し訳無さそうにまた駆けて行った。
さて、何をどうしてメローネとナマエが追いかけっこだなんてものをしているかというと、それは任務に関することになる。どうも今夜の任務、彼と彼女は二人で組んでとある集まりに忍び込むらしい。ちょっとした、金持ち達の集まりである。酒を飲み、食事としょうもない会話を楽しむ、それ。そこで標的に近寄ってちょいとお命を頂戴するという寸法。問題は、問題にすべきではない場所に潜んでいた。どうも、メローネは正装をしたくないらしい。
「そんな固ッ苦しい服着れないねッ!」
駆けつつもメローネは自身を追い駆けて来るナマエへと言葉を投げ掛けた。そして彼の言葉に彼女は、己の掴んでいる今夜彼に着させなければならない服を一度見てから声を上げた。
「普段の服装が緩すぎるの!」
仕事時に着る服装も、私用で着る服装も、摩訶不思議。
「でもそんな俺がッ!」
「大好き!……とか言ったけど譲れないからね!」
「良いじゃないかビビットカラーな服で行ってもッ!」
「あんた暗殺の意味を辞書で一度引きなさい!」
そうそう、一応とも言うべきか、メローネとナマエは世間で言うところの恋人同士である。前述の会話通り。
さて、追いかけっこは続いていたが、あまりにも騒々しいそれに終始を打つべく重い腰を上げたのは我等がリーダー、リゾット・ネエロ。彼は壁掛け時計の示す時刻を見てから、目の前を駆け行くメローネの襟首を掴んでその動きを制した。ぐえっ、と奇声を上げるメローネに、やっと彼に追いついたナマエがリゾットへと視線を移す。
「……あまり準備に手間取るな」
「リーダーからも言って下さい!派手な見た目はご法度だって!」
「嫌だ、俺は何時もの俺を貫く!」
「……お前は何処に行くつもりなんだ?」
メローネの趣味を思い浮かべて首を振ったリゾットは、ナマエの手から衣服を取った。それをずいっとメローネの目の前へと差し出し彼へと問う。
「もしお前が何時もの服で行くというなら、この任務は俺が行く」
「え、……そ、それってナマエは」
「勿論、変わりない。だが、そうとなれば、お前は今夜俺が殺るはずだった標的の方になるが?」
「やだよ!俺だけ独り野郎をぶっ殺すなんて!」
「嫌ならさっさとこの服を着ろ。そして出ろ。時間が押している」
そうしてメローネは観念したとばかりに頭を垂れた。
さて、漸く自身の準備も出来たと洗面所の鏡を覗き込んだナマエは、最後にちょちょいと毛先をつついて準備を終えた。色鮮やかなドレスに身を包んだナマエはメローネが未だ渋ってやしないかと、確認の声を掛けながら彼のいる部屋へと戻る。彼女の方へと振り向いたメローネはしゃんと服を着込んでいた。そしてその表情は至極真面目だ。
「ナマエ、綺麗だ……」
「えっ、……ありがとう。その、……メローネも素敵だよ?」
不意を付くように真剣になって愛を囁くものだから、こっちの心臓が堪らない。ナマエはチークの色味以上に頬を染めてから、照れ隠しのように俯いた。それから彼女も素直な気持ちを口にした。
「うん、ありがとう。……じゃ、脱がしていい?」
「えっ」
「えっ」
「……ダメに決まってるでしょ。今から出ないと予定の時刻に遅れるじゃない」
「いやいやいや大丈夫だって!俺に任せてくれたら全て旨くいくさ。だから、ね?ちょっとばかり良いじゃないか!」
「やだっ、ちょっと、引っ張らないで脱げちゃう!」
「ぐだぐだ言うな!服を脱げ!」
「ん、もうっ!メローネ!!」
そうしてナマエが荒らげた声がアジトへと響き渡る。その後メローネがナマエからスタンド攻撃を受け且つリゾットからもメタリカで灸を据えられたのは何時ものお察し通りである。
(お約束)