まどろむ午後、穏やかな気候の中暗殺チームアジトのキッチン。甘い香りが漂うその中に控えめに響く鼻歌。それは気分良く頬を緩めているナマエのもので、その後に「ひゃッ!?」と上がった小さな驚きの声もまた彼女のものであった。びっくりとしたそれに合わせて彼女の手の内、カップの中でカフェラテが揺れる。ふわりと甘い香りがまた漂う。波飛沫でシンクに水溜りを作らなかったものの、ナマエは驚きのまま、自身の項へと唇を寄せてきた人物を振り返る。「……プロシュート」その言葉の通りの人物を。
「気配を消すことのお上手なこと」
「それだけお前がオレに慣れてるっつーことだろ」
軽い皮肉なんて何のそのといった様子の綺麗な笑みを浮かべる男の唇へと視線をやって、それから視線を逸らすようにしてキッチン台へと向き直った彼女。彼女は手の内のカフェラテへと視線を落とした。されどプロシュートは変わらず彼女の後ろからその手元を覗き込む。その身体を抱くようにしながら。揺れる水面。
「間違えて零しちゃうかもよ?」
「可愛い照れ隠しだと笑ってやるよ」
「頬に平手の一つでも贈りましょうか?」
「お前から頂けるもんならなんでも、シニョリーナ」
「……プロシュートには勝てないかな」
「だろうよ」
ナマエの髪を梳いて掬い取り、その一房へと唇を寄せたプロシュートと伏せるようにした目と赤い頬で恥じらいを露わにする彼女。カフェラテの甘い香りが漂うキッチン。一言零してしまうそれも照れ隠し、何に一つも隔たりとはならない。邪魔者がいない為に昼の睦言は中断を知らぬ。
彼女の指先はカップの取っ手を撫でて、プロシュートの指先は彼女の肌をやわく撫でる。
「……折角のカフェラテが冷めちゃう」
「その分温めてやろうか?」
「ん、もう……」
ナマエの首筋辺りに笑い声を滑り落とすプロシュートに彼女は堪らず身動ぐ。それでも、彼女が距離を作ってもその分を詰めるものだからそんな行動は些細なものにしかならない。プロシュートはナマエの肩口へと顎を乗せて小さく呟いた。「エスプレッソ」それに返した彼女の言葉は「無糖ね」頷き。それで漸くプロシュートは彼女から離れた。それでも、その手は彼女の手を取ってナマエが自身と向かい合うように引く。
「今直ぐご所望じゃあないの?」
「ンなもんは何時だって良い」
「じゃあ今直ぐ欲しいのは?」
「愚問だろ」
覆い被さるようにナマエの唇へと自身の唇を重ねて彼女の余裕を奪うプロシュート。後ろも前も逃げ場が無いし、端から逃げる気など一切無いのだ。ナマエには。ただカフェラテは冷めるだけ。
解放した彼女の唇。プロシュートは濡れたナマエの目を見ながらやはり綺麗に笑むのだ。
「そんな顔しても残念ながら、オレはこの後任務行きだ」
「ひどいわ、プロシュート」
「残酷なのはお互い様だろ。オレを煽るような表情浮かべがって」
名残惜しいと触れるだけの口付けもその唇へと落としてから、プロシュートはキッチンを出て行く。後ろ手に「エスプレッソ」と声をかけるのも忘れない。
自身の唇へと手を添えて数秒ぼんやりとしてからナマエは頭を振った。意識をはっきりさせる為に口を付けたカフェラテは冷めたままに甘い香りを口内へと拡げてくれた。
さてキッチンから何事も無かったとばかりに入れ直したカフェラテとエスプレッソで満たされたカップを持ったナマエがキッチンへと帰ってきた。彼女が視線で探したプロシュートの姿は無い。遅かっただろうか、それとも出る前にリーダーの所に顔を出しているのかもしれない。きっと後者だろうとナマエはカップをソファテーブルへと預ける。
そして彼女へとにやにやと吊り上げた唇と視線を向けたのはリビングに先にいた人物内二人、ジェラートとメローネ。嫌な予感を孕む二人だとナマエは気付かれないように口角を引き攣らせた。
「なァナマエ、何かあった?」
「……何がかなジェラート、ひとっつも無かったから何がなにやら」
「あー、そういえばちょっと前にキッチンへ行って帰ってきたよな、プロシュート」
「そうそう、プロシュートがねぇ。な、ナマエ?」
「やだ、何が言いたいの分からないけどジェラート。あとメローネもその嫌な笑顔を止めてよ。ぁあもう!ソルベまで笑ってる!……何も無かったの!」
「いやいや、ねぇ?」
「顔真っ赤にして否定されても」
「説得力ないよねぇ。これじゃァもっと根掘り葉掘り聞いてくれって言ってるもんだ!」
「聞くのかジェラート」
「無粋だなァ、ソルベ。それ以外の選択肢無いでしょ?」
「ジェラートの言う通り、無粋っつーわけで、そこんとこよろしくナマエ!」
「あんたら全員無粋よ!」
「聞いて欲しいって顔に書いてるのはナマエじゃないか。酷い言い草だってぇ」
ソファテーブルに叩き付けられた彼女の拳、カフェラテとエスプレッソの波が揃って水面を揺らした。ナマエの赤い頬をおちょくる三人の口振りはプロシュートがきてスタンド能力を用いるまで続いた。暗殺者が賑わうのは不似合いでも、響く笑い声は確かに陽気な午後に相応しい。
(陽気な午後に乾杯を)