ナマエは可愛い。行き成り何を言い出すんだと思われるかもしれないが、これは俺の中での周知の事実で、世間的一般的にいってもそうだと思う事柄だ。何をしているでもないふとした時もそうだが、頬を緩めて笑む時といったら言葉に出来ないぐらい、可愛い。勿論、俺だって容姿だけを見て言ってるんじゃない。彼女といったら細かな気配りも申し分ないし、暗殺者としての腕っ節だって他メンバーに引け劣らぬ、もう、完璧といってもいいぐらいなんだ。
恋人の惚気話を聞かせるんじゃあない。そう言われそうだが、残念ながらそうじゃない。そうじゃないんだ。ナマエは、俺の女じゃない。メンバーの誰かの女ってわけじゃない、はずなんだが……毎日のようなその光景をみるとその事実さえそうじゃないんじゃないかと思えてくる。ほら、……今日もナマエが咲き誇った花のような笑顔を向けている。……ソルベとジェラートに。ぁあ!
いや、違う。多分、違う。確かにソルベとジェラートは他のメンバーに比べてナマエと親密だと思うし、実際そうなんだろう。そもそも付き合いが長いらしいし、だから、その距離感があると過程すれば、余計に恋人関係にあるだなんて思えないじゃないか。そうあってほしい。それに、あの二人は既に出来上がっているらしいし。……言葉にすると妙だ。さらにナマエが加わるなんてこと、ないよな。ない、よな……?二人に対して一人だし、それにソルベとジェラートの二人だぞ?う、うーん……あ、また笑った。
「――ナマエの笑顔は癒される」
「……え?」
ナマエは驚いた表情を浮かべて此方へと振り返った。振り、返った。振り返った!?つまり自身がやらかした事実を数秒遅れで認識した。しまった、うっかり口を滑らせた。どうすりゃいい。どうすりゃいいんだ。驚きのままに薄く開いた唇が魅力的だ、なんて思ったが今はそれを考えてる場合じゃないんだ。焦燥の中頭を振って周りに視線をやればニヤニヤとこちらを見ている。ソルベにジェラート、気付かなかったホルマジオと……最悪だ、メローネもいるじゃないか……。
「こっちみんな。……見るなよ!」
「はいはい、見てない見てないってぇ。……ナマエの笑顔は癒される」
「ナマエの笑顔は癒される」
「繰り返すなよ!」
ジェラートにソルベが俺の口から滑り落ちた言葉をそのままに復唱しやがった。けらけらと笑うジェラートへと吊り上げた目を向ければ、奴はひとっつも恐くないとばかりに一層とその笑い声の音量を上げた。地団太を踏んだらソルベさえ噴出しやがった。嫌に満面の笑みのメローネはホルマジオに羽交い絞めにされて引き摺られるようにリビングを二人して出て行く。……ホルマジオに一つ借りができた。未だジェラートの俺を笑う声が聞こえるそんな中、怒り沸騰のおれの耳へと舞い込んできたのは控え目で可愛らしい笑い声だった。鈴を転がしたような笑い声ってのは、こういうのを言うのか。俺は背後になってしまったナマエへと振り返った。
「いや、ナマエ、違うんだ……!」
取り繕うように言えば、それを聞いたナマエが眉を困らせた。
「え?違うの?それは残念だわ」
そんな表情をされるのは余計に困る!
「いや!違うわけじゃ、ないが……その……」
「うん?」
彼女は柔らかな笑みを浮かべたままに小首を傾げて俺の言葉の続きを待っている。だから、そういうの、に、俺は弱いんだって……。口内で言葉をもごもごと咀嚼してから、随分と長い間葛藤していた気もするが、実際は数秒後にその言葉を吐いていた。
「……やっぱり、ナマエの笑顔は癒されるんだ、俺は」
「うん、ありがとう」
「なァ、オレらお邪魔?」
「人の恋路を邪魔する奴はなんとやらっていうな」
態々俺の視界の端に映り込んできて言うジェラートに頭が痛くなる。続くように言ったソルベが浮かべているであろう希少な笑みも頭痛の一員だ。
思わず舌打ちをしそうになった俺の前に二人へと声を上げたのは、なんと、ナマエだったんだ。
「そうよ、馬に蹴られちゃうわ。ジェラートにソルベ、二人は二人でデートでもしてきたらどう?」
「残念、お邪魔虫は退散するか。報告はヨロシク!」
「ソルベ連れてって!」
「ほら、行くぞジェラート」
引き摺られることはなかったがソルベに連れられるように出て行ったジェラート。そのジェラートが、ナマエが自身らから視線を外して「もうっ」と言ってる間に俺に対して首切りのジェスチャーをしたのを俺は見逃さなかった。把握した。恋人云々の枠に嵌らなくても、二人にとってナマエがどれほどに大事かというのを。勿論、俺だって引け劣らぬぐらいに大事なつもりだ。
「えっと、その……お邪魔虫?」
「お邪魔虫。だって、イルーゾォとゆっくり話したかったもの」
「……馬に蹴られる云々は」
「うん?……私から言わせるの……?」
「うっ、……自惚れてもいいのか?」
「私も、自惚れてもいいのかしら?」
「是非」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
その言葉と共に合わせた両の手の平の上、彼女の笑顔が咲き誇る。それもその笑みの向けられた先は他ならぬ俺自身で。両足から腹へそして頭へと上ってきてさらには身体を震わせる、この感覚が幸福を噛み締めるってやつなのかもしれない。
「実はナマエはその、……ソルベとジェラートの二人とできてるんじゃないかと、思ってた。少し」
「うん?あの二人はできてるけど、私はただ相談してただけ」
「相談」
「うん、イルーゾォに関するね」
「俺の」
「もしあと数日何もなかったら私がアプローチかけてた。ジェラート案の方法で」
そのジェラート案の方法とやらの中身が少しばかり気になるが、どうやら両片思いとやらをしていたらしい俺とナマエの気持ちがこうして繋がりあったってのは喜ばしいことだ。
俺が一心に向ける視線のその先でナマエは笑みのままに小首を傾げる。
「今後とも、もっとよろしくね。イルーゾォ?」
やはりナマエは可愛い。完璧だ。もうこれは、惚気話になっちまうが。
(俺の恋心を君に捧ぐ)