十万打企画夢 | ナノ






 はぁ。アジトのリビングに小さく響いたその溜息。その空間にいるのはナマエとメローネ。その溜息の声色は女性のもので、ナマエが吐いた溜息であることが分かる。またその回数が一時間の内で片手の回数を超えたともあって、手の内の雑誌へと視線を落としていたメローネもその顔を上げて彼女を窺う他無かった。とはいっても、メローネもその紙面に一切の興味もなくただ視点を置いていただけしかないが。兎も角、暇を持て余していたのだ彼は。だから、ナマエが何度目かの溜息を吐くその直前に「どうしたの?」だなんて問い掛けたのだ。

「っ、……メローネ」

「ごめんごめん、タイミングが悪かった。でも、聞いて欲しそうだった」

 閉じた雑誌を床へと放り出したメローネは彼女の話を親身に聞く体を取る。その様に彼女は悩んだものの、彼へと口を開くために向き直ってみせた。やけに真剣な表情を作った彼女にメローネもまた妙な空気に姿勢を正してしまった。彼女が、口を開く。

「私って、……イルーゾォの彼女ですよね?」

 正直、メローネは拍子抜けしてしまった。その証拠に彼の唇はぽかんと間抜けに開いているし、表現するなら目もまんまるだ。それでもメローネはその唇の隙間をなくして吊り上げてみせた。そうしてから、もう一度唇を開いて言う。

「だと、思うけど。っていうかそれって本人に聞くべきことじゃないか?それはそれで面白い展開になりそうだが」

「本人に聞けるわけないじゃないですか。馬鹿ですね、メローネは」

「失礼だな」

 憤慨した。と口だけでいうメローネは曲げた体で自身の太股へと肘を突く。両の手で頬杖を突きナマエの話をさらに聞いてやるとばかりに笑う目を向けた。ナマエというと、メローネのその様に思うものもあるようだが、それでも話してみようかと困り眉のままに続きを話し出した。

「だって、なーんにもしてきてくれないんですもん」

 つんと明後日の方向を向いて拗ねたように言い放ったナマエ。メローネはその言葉を脳味噌で噛み砕いて、噛み砕いて、それでも上手く咀嚼出来ない。それだから、彼女へと聞き返してみた。

「うん?なんにも?」

「所謂恋人繋ぎで途切れてます」

「なにそれ終わってる!」

 言いながらもメローネは楽しげだ。勢いのままにソファから立ち上がったメローネはそのままにナマエとの距離を詰め、そうして彼女の手を取った。その目が暇潰しの相手を今まさに見つけたと言っている。それは分かっていたが、彼女もまたその目を見返す他無い。さて、メローネの提案とは――。



 時刻は深夜、そこは暗殺チームアジト。一仕事終えて数日ぶりに帰還したイルーゾォはその身を清めて足早に自身へと用意されている部屋へと向かった。途中壁掛け時計で確認した時刻に内心溜息を吐く。というのも、この時間だ。愛しの恋人は既に夢の中だろう。そうなれば数日ぶりとなる再会がまた明日へと持ち越されるという話だ。予定とは狂うもので、これほど遅くなるつもりはなかったのだが、しょうがない。また、彼女の部屋へと足を運ぶことも適わない。というのも、彼女も暗殺者の一人なので、部屋へと足を踏み入れると同時に起きてしまうのだ。彼女の眠りを妨げるのも、よろしくない。もし睡眠不足だとかで任務に支障が出てしまったら、と思うとイルーゾォは大人しく自身のベッドへと向かうしかない。そして彼は溜息を吐く。

 そうして自身の部屋の扉を開けたイルーゾォは、その扉を静かに閉め直した。間抜けな顔の後に、自身の指先で目頭を揉んでから、ぱっちりと開いた視界でもう一度ドアノブへと手を伸ばす。そうして扉を開く。やはり、光景は変わらない。イルーゾォはなんとも表現し難い表情を浮かべてその光景を見ていた。己のベッドへと腰掛けて、スリッパを履いた足をぶらぶらと揺らすナマエの姿だ。

「おかえりなさい、イルーゾォ」

「あ、あぁ……ただいま。……なんで、いるんだ?」

「えっと、ですね。端的に言います」

「あぁ」

「……一緒に寝ちゃあ駄目ですか?」

 その言葉を聞いた瞬間、イルーゾォは自身の顔を両の手で覆った。声にもならない呻き声のようなものが隙間から漏れている。それを傾げた首のままに聞いて見ていたナマエだったが、あまりにも長い間彼がそうしているものだから、痺れを切らしたようにスリッパをぱたぱたと鳴らしながら彼へと詰め寄った。

「イルーゾォ、好きです」

 顔を覆ったままのイルーゾォの肩が跳ねた。その肩を視界にいれたナマエは一度頷くような仕草をみせてから、イルーゾォの腕へと触れてからもう一度唇を開く。

「だから、私はイルーゾォの全てが欲しいです。私の全てはイルーゾォへあげます。だから、あの……」

「ナマエ……」

「あ、はい」

 自身の顔を覆っていた手を解いたイルーゾォは、ナマエと確かに目を合わせてその名を呼んだ。彼の顔は赤い。少し潤んだ目が彼女の目と見合わされた。

「その……どいつかの入れ知恵だな」

「え……はい」

 あっさりと見破られたそれにナマエは呆気に取られながらも、落とした肩と垂れた頭で落胆を露わにした。彼女のそんな様子にイルーゾォは焦ったように声を上げる。勢いのままに彼は彼女の手を両手で取って包むよう握っている。

「っいや、いいんだ、それは。その、でも……」

「本心です!あの、全て欲しくて全て捧げたいのは、私の本当の気持ちです、から……」

 真剣な面持ちのナマエを不安げにじっと見ていたイルーゾォは気迫迫る彼女の様子とその言葉に瞬間圧倒されるが、その言葉をもう一度と噛み砕いてから安心したとばかりに頬を緩めた。それから、忘れていたとばかりに頬の紅潮を一層に上げた。

「い、や、俺なんかでよかったら幾らでもやるが」

「では、まずはキスしてください!」

「な!?」

「全部くれるんですよね?二言はないはずですよ!」

 イルーゾォを見上げたままにナマエはその視界を柔く閉ざした。彼の見下げる先には自身へと全てを委ねる愛しい人の姿だ。何もしない――そんな選択肢は端から無い。頭を振ってから覚悟を決めたというように一度唇を引き結んだ彼の姿を彼女は確認できなかったが、それでもやってくるその時を思うようにその頬は綻んだ。
 時刻は深夜。それも二人には関係ない。寧ろ、夜は長い。静寂の中、鼓膜へと自身の血液の流れる音を響かせた。

(夜中夢中)