十万打企画夢 | ナノ






 窓辺から柔らかく差し込む日差し。ソファの上に身体を横たえる一人の男と、その傍らで男を覗き見る女へとその光は掛かっていた。
 女、ナマエは眩しいとばかりに目を細める。男の美しいブロンドへと日光が反射して、きらきらと輝くそれは幾ら瞬きをしようと彼女自身の眼球に漏れることなく突き刺さるようだ。また、長く繊細な睫毛は男のものだというのに、嫉妬する程にその美を称えながらそこにある。
 その男に歪みなど見当たることも無く、通った鼻筋を流れるように視線で追った先の唇は、世の女性が乾燥という敵の前に荒れリップを塗りたくるであろうことも知らぬ存ぜぬでそこに在る。ほぅ、と溜息が出る。それは普段であれば素晴らしい芸術を目の当たりにした時に思わず肺の息を押し出してしまうそれだ。

 彼女が溜息を吐いてから三十分程経っただろうか。ナマエの視線の先で男の眉根は僅かに寄せられ、その合間には少々の溝が見受けられた。そうしてその下では閉じられた瞼のままに睫毛がふるふると震える。
 彼女が知らず知らずの内に息を詰めている中で、言葉にもならぬ吐息が薄く開いた彼の唇から漏れた。そしてそれが合図であったかのように、男が瞼を押し上げて、そこから深緑の宝石のような輝きの瞳が覗く。ナマエは固めた身体のままにひゅっ、と息を呑む。吸い込むばかりで、深く吐き出さない呼吸。少しばかり彼女の頭がくらくらとしているのは、その呼吸の為ではなかった。

「…………」

 長い眠りから覚めたかの様に、男は緩やかに無言で瞬きを繰り返す。彼の視線は宙をたゆたい一定に定まらない。波間を漂うように彷徨う視線が、傍らで己を覗き込む彼女へと行き着いた。打つかった視線は互いに二三回の瞬きを繰り返し、ナマエが先に開いた唇から言葉を漏らした。

「具合はどう?」

 ナマエは己へと怪訝な表情を向ける男を見て、質問の答えを得るまでも無く知ることが出来た。男は彼女の視線の先で、緩やかな動きで上体を起こしてから自身の指先を眉間へと押し付けるようにして僅かに唸る。身体が或いは脳が、鈍痛を覚えているのかもしれない。痛みを和らげるように、彼が浅く呼吸を繰り返す。そうして治まるのを確認した彼はその唇から唸り声ではなく疑問を吐いた。

「何、してんだ……?」

「何って、看病だけど?」

 疑問符を付けながら小首を傾げたナマエは、どういうことだとばかりに視線を送ってくる彼の眉根の皺を伸ばすように、そこを人差し指の腹で押した。さすがに、後方へ倒されるほど彼は柔ではない。

「まさかプロシュートがぶっ倒れる日がくるなんて思わなかったよ」

「ア?」

「覚えてないんでしょ。プロシュート、リーダーに報告書を手渡した後の廊下に出た途端、倒れた」

「……覚えがねえな」

「うーん、……目撃者は私なんだけど、私の存在にも気づかなかったでしょう?随分と堪えてるね。ま、今は熱も下がってるみたいだけど」

 それでも無理は禁物だと、ナマエはプロシュートにベッドへと身を沈め直すように言った。彼女の言葉に彼は抗うことなく素直に自身の身をシーツへと預け直した。ぼんやりと向けた視線に天井へと向く睫毛が彼の瞬きのままに揺れる。プロシュートが身を預けるシーツへと両肘を預け、そのままに両の手で自身の頬を包むように頬杖を吐いたナマエは少しだけ頬を緩めてその時を思い出しながら言った。

「そりゃぁ大変だったんだから、プロシュートが倒れた時と言ったら」

「そんなにか」

「前代未聞だしね。新手のスタンド能力か!?って騒ぐ者在りて折角の機会だから!とか言って何か善からぬことを企むもの在り。あとペッシがもう、とても慌てちゃってね。看病の手伝いを進んで買ってくれたんだけど、汲んだ水は零しちゃうし果てにはペッシ自身が知恵熱を上げちゃって。今は仮眠室で休んでるよ」

「マジで言ってんのかよ……勘弁してくれ……」

「ほんと、ペッシはいい子だよねえ」

 それから室内は穏やかな静寂に包まれた。壁掛け時計が時を刻む僅かな音。交わす言葉無くとも重苦しい沈黙はやってこない。プロシュートは天井へと向けていた視線を窺うようにナマエへと向けた。そうすればナマエのそれと合わさる。そうして彼は視線をまた天井へと向けた。この場だけは時の流れが緩やかになっているかのような錯覚。

「…………正直ね」

 薄く開いた唇で小さく、ナマエは言った。彼女の言葉の続きを、プロシュートは天を仰いだままに待つ。ナマエは僅かに目を伏せるようにして目元に睫毛の影を落としながら、弱弱しく言う。

「私、その場は冷静に行動してたんだけど、……すごく、すごく心配したんだから」

 一つ零せば自ずと次も零れ落ちる。
「プロシュートが倒れるところなんて見たことなかったし、……肩を揺すっても、声をかけても返事がなくて……本当に、私……ッ」

「弱気になるのは病人の方らしいがなあ。泣くんじゃねえよ」

 困る。そう言って身体を起こしたプロシュートはナマエの片頬をその手で包むようにしてから親指の腹で彼女の涙を拭う。

「良い女が台無しだ」

「っ、……プロシュートのばぁか」

 舌足らずなそれを言った彼女の細めて笑んだ目の涙が彼の指を濡らした。そして彼の唇は彼女の涙に濡れる。穏やかな時の流れの中触れ合う熱はゆっくりと溶ける飴玉のようだ。呼吸をする度に肺を支配する愛しさを重ねる二人にかかる日差しは柔らかく、また眩しいものであった。


(燦爛たる太陽日)