十万打企画夢 | ナノ






 その夜、アジトのリビングは活気賑わっていた。酒と酔っ払いと、酒と酒だ。酸素で肺を満たすのと同時に身体の隅々、細胞の一つ一つにまでアルコールに侵略されるような酒臭さに支配された室内には声を荒らげるものもいれば床に伏せったまま死んだように眠っているものもいる。ただでさえ悪い顔色をさらに悪くして伏せっているそれはイルーゾォなのだが、死んだようでいて生きているのだろう。多分。
 イタリアに在中しながらもドイツ式に乾杯をした馬鹿はどいつだっただろうか。そうだ、メローネとホルマジオだ。おっ始める前からできあがっていたらしいホルマジオとその時は素面だった癖にテンションの高かった馬鹿、もといメローネがかち合せた所為で割れたジョッキは未だ床の上だ。酒盛りが始まった先から片付けに入ろうなんて奴は暗殺チームにはいないのだ。そう、今夜は酒盛りだ。夜の静寂なんて知ったこっちゃあない。また一杯呷ったメローネに賭けをして対抗しているのだろうホルマジオがまた勢い良くグラスを空けた。
 酔っ払い代表格ともなるプロシュートに早々に捕まったペッシは無事だろうか。肩をがっちり組まれてプロシュートからつらつら長々と脈絡の無い話を聞かされる彼は酷く静か、真面目に聞いているようだ。――いや、違う。よく見たらペッシは白目を向いて気絶している。そりゃあ、静かだろう。それに一寸も気付いていない兄貴分といえば、ペッシの髪を引き抜かんばかりに鷲掴みながら呷った酒で再度唇を湿らせてから話を続けるのだ。
 一滴二滴程にしか中身を残していない、つまり空といってもいいボトル達がソファテーブルの上には乱雑に並び、高低様々な度数をお披露目している。火気厳禁にあたる数字が書かれているボトルに直接唇を付けて所謂ラッパのみでそれを空けたのはソルベだ。またテーブルの上に空き瓶が新たに加わった。そして追う様にその隣へとさらなる空き瓶が置かれる。グラスを用いているにしてもそのペースはソルベに引け劣らぬ、こちらは何故か眼鏡をかけたジェラート。彼は自身の唇を親指の腹で拭った後フレームに指を引っ掛けてその眼鏡を外し、ソファに預けた背を反らして持ち主へとそれを返した。
 くるりと渦巻く髪の毛に眼鏡のフレームを突き刺したギアッチョは中身の入ったボトルに添い寝されながら夢の中だ。ワインの水溜りで泳ぎながらもむにゃむにゃと小さく寝言を漏らしながら眠っている。そんな彼のお陰で、騒々しさは最骨頂時に比べれば半減したほどだ。

 さて、以上で全てを説明し終えたかといえば勿論そうではない。暗殺チームに属する者を後二人残している。リーダーであるリゾット・ネエロその人と、紅一点の存在であるナマエだ。
 シングルソファに腰を沈めて焼けつくような琥珀色の感覚で唇を濡らしているリゾットは、酒に溺れた面々へと視線を巡らせた後に小さな溜息を吐いた。アルコールに犯されていない酸素は此処にはない。またそこに住まうものも一人残らずそれに侵略されている。リゾットは己の普段より高い体温を自覚しつつ、自身よりさらに高いその肌の体温へとぼんやりと意識を飛ばした。それは彼の首に巻きつくように絡められているナマエの腕である。彼女は紅潮した頬とふらふらと焦点の定まっていない目線、されど普段ではお目にかかれない満面の笑みを以てつらつらと言葉を流し続けている。当初あったリゾットの困惑の表情も今や影を残していない。まるで曲のように、洗脳のように、ずぅっと、本当にずっと流れるそれを真面目に聞いていれば限りがないと数十分前に踏ん切りをつけたからだ。

「――だから、リーダーは素敵なんです。なんていうか、暗殺者としては勿論男性としても、一人の人間としても。もう、本当に、尊んで敬うのは勿論なんですがリーダーを信仰しても良いぐらい――いえ、信仰したいです。一生ついていきます、ついていかせてください。教えを説いて下さい。ああ、もうっ、リーダー素敵です。分かってますか?ちゃんと分かってますか?素敵なんです。本当に、素敵なんです……!」

「そうか」

「素敵です。素敵過ぎてどうしたらいいのか分からないぐらい。うぅ、リーダーが眩しすぎてよく見えないくらいなんですッ……!」

 それは只単に酔い過ぎているだけだ。その言葉を呷った酒と共に胃へと流し込んだリゾットは、常時のナマエを思い浮かべては今の彼女と照らし合わせていた。こういってはなんだが、普段の彼女といえば少々お堅いというか生真面目でいて、型に嵌りきった仕事人間。あまり自身の心の内を口に出す人間ではないのだ。それをどうだ、今夜は。

「ぁあっ、もうっ、……好きです!好きなんです!」

「そうか」

「シスターってこんな気持ちなんでしょうか。神を愛するって、つまりこういうことでしょうか。うぅ、このワイン美味しーですね。好きです。リーダーぎゅっ、てしてもいいですか?好きなんですー」

「そうか」

 酒は恐ろしい。そう思わずにはいられなかった。既に自分の持ち合わせている指の本数では足りぬほどに彼女から愛を囁かれたリゾットは、泥酔しているナマエを再度見てから溜息を吐く。正直、自身へ向けて愛を囁くナマエも彼女から回される腕も、満更ではないのだ。それ故に、これが酒に溺れての行く末であることが口惜しい。「俺の部下がこんなに可愛いわけがない」口からはそう出さぬが、心中でそうやって呟いてから首を小さく左右へと振った。そうしてリゾットの心中を察せぬままにナマエは彼の頬へと自身の唇を寄せた。己の頬へと寄せられるその熱。リゾットは心中で呟く「口付けは今片手の回数を越えたな……」夜は長い。

「リーダー、聞いてますか?」

「聞いてるな」

「嘘だあ、聞いてないですよね」

「聞いてるな」

 会話のキャッチボールは成立しているものの、同じ問答は二三度繰り返される。三度目の答えを返したリゾット、ナマエはその言葉を聞くと彼の首へと回していた腕に僅かに力を込めたようだ。それに対しては別段、問題はないものだが。その後、だ。

「本当に聞いてますか?」

「聞いてるな」

「好きなんですよ」

「そうか」

「私、実は酔ってません」

「そうか。……何だと?」

 リゾットが怪訝な顔を向ける前に彼女は絡めていた腕をさっと解いて彼から距離を取った。呆然とした表情を浮かべるリゾットへとしっかりとした視線を向けて、数秒の後に羞恥に耐え切れないといった具合でその場から駆け出した。どうやら仮眠室へと逃げ込むらしい。その足取りも確かで、リゾットは走り去るナマエの背中へと呆然と視線を送りながら、確かに彼女の言葉が確かなものであることをぼんやりと確信した。――確かなもの、だと?そうなれば、つらつらと流されていたあの言葉は?

「俺の部下があんなに可愛いわけが、あった……」

 片手で自身の顔を覆って頭を垂れたリゾットを酔っ払いどもは知らない。


(効用:積極的になります)