十万打企画夢 | ナノ






 青くしっとりとした空を仰いでタバコを銜えた俺は、空いている方の手の平を翳した。手の内を天へと晒すようにしたそれは太陽が眩しかったからだ。目に痛いばかりのそれは季節柄のものではなく、原因は只単に俺が久しぶりにこうしてまともに日の本へと出たからに他ならない。――漸く、一仕事終えた。まだ報告書を出してないが。

 標的の私生活二十四時間分など個人的には一寸も興味がないが、仕事としてのそれとなれば話が別だ。二人組んでの今回の仕事がまさにそれで、ジェラートと標的相手の情報を集めに集め貫いた。末の、暗殺だ。
 任務完了後、変にテンションを上げたジェラートに運転を任すわけにもいかず――そもそも、ジェラートの運転は悪目立ちし過ぎて特別な場合を除いて困る――疲労感の堪った目頭を揉みつつも運転席へと乗り込む他無かった。「家に帰るまでが遠足ってね」ジェラートは仕事が終わった後の僅かな時間で買い込んだらしい菓子、曰くおやつを助手席で頬張りながら頷いていた。ヌガーは俺には甘過ぎた。

 半ば蹴破るようにしてアジトの玄関を潜って行ったジェラート。その後をタバコへと火を灯しながら追ったらそこではジェラートから熱烈な口付けを受けるナマエの姿があった。目元や頬、勿論唇にも。
 ナマエはホルマジオの猫を抱いているようだ。ジェラートの行為は止むことなく、寧ろ過激化している。そのせいで猫がぎゅうぎゅうと二人の間で圧縮されている。その様をタバコの煙を吹き出しつつ見ていた俺へと、視線だけを向けたナマエが目だけで労いの言葉をかけてくる。顔を此方へと向けられないのも言葉を発することが出来ないのも、原因はもちろんジェラートだ。ついに猫が抗議のような鳴き声を上げた。

「――よし!まだまだ足りないけど、報告書を提出する分は補充出来た!」

「っ、もう……。ソルベお疲れさま。ジェラートも」

「あぁ……変わりないか?」

 随分と久しぶりにナマエの姿を見ることになる。数ヶ月にもなった任務でジェラート共々一番に堪えたのはナマエと離れたことだ。……口に出すつもりはないが、やはり、こうして笑うナマエの姿を目にし、己の名を呼ぶその声を耳にするのは良い。「ナマエが側にいないのには本ッ当に堪えた!」そう言いながら口角を吊り上げてもう一度とナマエを抱き締めるジェラートの姿を見るのも良い。猫だけが、勘弁だというようにその場から逃げた。

「ほら、リーダー待ってるよ」

「分かったってぇ、仕方ない」

 渋々といった様子でナマエから離れたジェラートが俺へと一度ウインクを投げてから「お先ぃ」と言いながらリゾットが待っているであろう部屋へと歩を進めた。そうして扉を開けて部屋へと入り込んだジェラートの姿が閉まった扉に遮られた。
 その背を見守るように二人して見ていた俺とナマエ。開閉音のその数秒後には顔を向け合ったせいで視線が打つかった。綻ばせた頬、それと誰に似たのかにんまりとした笑みを少し含ませてナマエは少し距離の離れている俺へと向き直り、さらにはその両腕を迎え入れるように広げた。……抱き付けってか。

「…………」

「ソルベが照れ隠しでタバコのフィルターを噛み潰すの、見るの好きだなあ」

「……」

「さらに隠すようにタバコを指で挟み直す」

「……ナマエ」

「ふふ、だって待ち遠しかったんだもん。甘えたいし、甘えて欲しいの」

 ナマエの言葉に口元のタバコへと伸びた指はその次の言葉で罰が悪いような気持ちで眉間へと当てた。笑うその声が擽るように俺の鼓膜を揺らす。そりゃ勿論、ナマエに触れたい。抱き締めたいが、そうやって広げられた腕の中に餓鬼みたいに飛び込んで抱きつくのはどうだろうか。俺がそうするのは画的に違うんじゃぁないか。

「もう、素直じゃないなあ」

 改めて向けた視線の先では勿論ナマエが笑みを浮かべている。

「ソルベ」

 俺の名を呼ぶその唇を色付けているのは、任務前に俺が買って贈った紅の色だった。

「ねえ、抱きしめて?」

 一度噛み潰しているフィルターをさらに噛み潰した。懐の携帯灰皿を取り出そうとして、それを車内へと忘れてきたことを知る。取りに行きさらにこの場に戻る。待てるか、いや無理だ。脳裏で問答をする前に吸い掛けのタバコは床へと向けて落とされていた。誰それにどやされるだとか、そんなのは意識の範疇外だった。――そして俺はタバコの火を踏み消した。


(Baci e abbracci-キスと抱擁-)