八万打企画夢 | ナノ






 急カーブを決め込んだ車は路面へと黒々とした痕を付けた。視界より僅かに消えていた標的の乗る車が、見据える視線の先へとまた姿を現す。ハンドルを握るギアッチョが打った舌打ちが車内に響いた。そろそろ、制限時間が尽きる。――相手の、だ。

 態々、いや、そうなるように意図して追い込んだに他ならないが、人気の無い場所へとドライブを決め込んでくれた相手に心の中で拍手を送る。勿論皮肉だ。

「ギアッチョ」

「おう」

「安全運転お願いね」

 下ろされたリアサイドウインドウから、走る車が生んだ風が車内へと流れ込む。自身の髪が風に掻き撫ぜられる。窓枠へと右足を掛け、車外へと上半身を乗り出した。髪は後ろへと流される。左手は車道へと放り出されないために身体を繋ぎ止める役割を。標的へと真っ直ぐに伸ばした腕は相手の命を放り出すための繋ぎを切る役割を。
 子供が遊びでやるような銃の形を取った手は、大体の人間が見たら失笑ものだ。例えば、バックミラーで私の姿を確認したであろう標的は、きっと笑った。もしくは不気味さに冷や汗をさらに垂らし流したのかもしれない。

 風の生んだ音に掻き消えるぐらいの声量で、自身のスタンド名を口にした。私の身体に重なるように現れたその姿を今この場で目にすることが出来るのは、ギアッチョと私自身以外にいない。

「神の祝福を」

 勿論、神なんて信じてもいないのだが。そう呟いてから、スタンド能力を用いた銃弾を放った。一発、二発、三発、おまけのもう一発。

 障害物を無いものとし、目標にだけ到達する銃弾は非常に便利だ。四箇所分の急所を打ち抜かれた男はハンドルへと身体を押し付ける。車体は大きく右へぶれる。目前には障害物。ブレーキは踏まない。いや踏めない。当然だ、既に男は事切れている。――クラッシュ。

 男の死体ごと拉げた車体のフロント部分から、煙が立ち昇る。今回の死体の後始末は流れに任せることで充分だ。


 単なる事故車が在る画を車窓から見える景色に流して、私達はドライブを続行した。任務完了の電話は既に入れた。つまり、午後を少し回ったばかりの残り一日は自由の身というわけだ。リーダーはさっさと報告書を提出しろと何時も言うが、それは明日に回してもなんら問題無い。ちょっとリーダーの頭を悩ますだけで。

「チェーナまでには帰れるかなあ。なんでも話題で持ちきりになってるリストランテらしいの。曰く、予約を取ることに骨が折れた!らしくて?」

 話題の提供のような、独り言のような、分かり辛い言葉を吐いた私の姿をギアッチョはバックミラー越しに見てくる。ちらちらと。間接的に打つかった視線の後に、私はにっこりと微笑んで唇を開く。

「デートなの」

 だから帰りも安全運転で、それでいてぶっ飛ばしてお願いね。そう続けて言うと、吊り上げた眉でギアッチョは舌を打った。それが面白くて、私は口角を吊り上げてしまった。彼の視線がバックミラーから外される。

 傍らに置いてあったポーチから幾つかの化粧品を取り出し、コンパクトミラーを覗き込みながら崩れた箇所を手早く直す。とはいってもそう崩れていない。塗りなおした口紅の発色を確認しながら、ちらりとバックミラーを見た。苛々とした様子のギアッチョが窺える。私は小さく笑い声を漏らした。

「ッつーか"骨が折れる"ってよォ……いくら困難だからって骨が折れるか?例えばどっかのマヌケは電話一本入れて予約を取るのに骨を折るらしいがよォ……電話を掛けるだけで骨が折れるわけねェだろ!どういう事だ!?どんな電話の掛け方してやがんだ!!折ったつーなら大人しく入院でもなんでもしとけってんだッ!」

 走行中の車のハンドルへと拳を打ちつける。クラクションは鳴り響く。

「両腕を折ってたら、私が食べさせてあげなきゃ駄目ね」

 ぎりぎりと、音は聞こえてこないが歯軋りをするギアッチョの姿に私は、顔には一切出さずに内心諸手を上げる。でも、でも駄目だ。ハッキリ、キッパリと言い放ってもらわないと、ね。

「朝帰りになると思うから報告書、よろしくね?」

 金切り声を上げるタイヤ。衝撃。運転席後部へと額を打ち付ける。即ち、急ブレーキだ。

「ギアッチョ、痛い」

「ッ!!」

 勢い良く切られたハンドルで、車は進行方向を先程までとは正反対へと変えた。速度も先程の非にならない。

 私は運転席へと回した腕で、ギアッチョの髪へと指先を埋めた。くるっくるっの、彼の髪。顔を真っ赤にして怒りを露わにする彼は、達者な口振りの方向は変えないものだから、私は覗く赤みがかった耳へと囁くように言うのだ。言いたいことがあるならハッキリ言ってよ、わかんないよ。――ギアッチョの肩が跳ねた。

「ッおもしろくねェんだよ!クソッ!」

「何が?」

「全部だ!」

「あら、ごめんね?面白みに欠けて」

「ナマエのことじゃねーッ!」

 グングンと、車は速度を上げる。流れる景色が描く色彩を横目で見ながら、笑い出しそうになるのを抑えた私はもう一息だと悟った。問い掛けるように、彼の名を呼ぶのだ。ギアッチョ?

「ッァアアアアア!!ナシだッ!!」

「うん?」

「チェーナの予約もッ!そのマヌケとの仲もッ!」

「つまり?ねえ、私、夕飯を食べられないなんて嫌よ」

「ッ奢ってやる!オレが!」

「うん、で?」

「ア。…………で?」

「しないの?朝帰り」

 怒っている時以上に顔を真っ赤にさせたギアッチョは正直可愛い。それそのものな言葉はまだいただけないようだが、長らく待たされたその言葉を言わせることにした私は、残りの時間を楽しむことにした。制限時間はたっぷりある。だって、朝帰り云々にギアッチョは俯きながらも悪くない返事を返したのだから。


(ドライバーズ)