暗殺チームアジトの冷房が壊れた。毎年皆に涼という名の憩いを届けてくれていた存在は天寿を全うしたらしく、ファンタジーやメルヘンでもあるまいのにプスンだなんて擬音を最期に吐き出した後、メンバーの見守る中、庭の片隅に塵として埋葬された。(ちなみに冷房機具を地面に埋めるだなんて本当はやってはいけない。彼等曰く、廃棄物としての回収費さえ懐に痛いらしい)
墓石に見立てた煙草の吸殻やらを見るうちに察していただきたいのだが、薄給の彼等は暑中見舞いを申し上げ真っ盛りに新しい冷房を迎えることさえ出来ない。
最初は、表情だけは涼しい顔をしていたメローネがパソコンを片手に涼を求めて出て行った。青白い顔色ながら暑さにやられているイルーゾォは、まずは鏡の世界に避難しそれから涼やかな場所を求めに彷徨い出て行った。嫌がる猫を抱いたホルマジオは冷房を完備しているらしい女の下へ。両手の指の数以上に当てがあるプロシュートも出て行ったし、ペッシも彼に引き連れられるかのように出て行った。ブチ切れながらズンズンとアジトを出て行ったギアッチョの行方は知れないが、彼には専売特許のスタンド能力がある。眉一つ動かさなかったリゾットも当てがあったらしく、何時の間にか磁力迷彩を纏っていなくなっていた。
では、残りは――とはいっても残りは3人だが――何処で何をしているというのだろうか。
アンサー。まず、ソルベ。彼はソファに腰を沈めていた。何処の?暗殺チームアジトの、だ。愛しい冷房機具のいなくなったリビングで、澄ました顔で紫煙を燻らせていた。次にジェラート。彼もまた、暗殺チームアジトリビングにて、腰を据えていた。ただし、腰を下ろしているのはソルベの太股の上だ。最後に、暗殺チームの紅一点ナマエ。彼女は暗殺チームアジトにてシャワーで汗を流し、苦し紛れに涼を取った後に喉の渇きでも癒そうとリビングを横切るところであった。
そうして、リビングには3人の暗殺者が揃った。
「……暑苦しい」
そこにいるだけで汗が滲んでやがては珠になり流れ落ちるぐらいの室温。それが支配するリビングで態々身を寄せ合って――いや、寄せ合うだなんて表現が生温いぐらいの密着度だ。暑苦しい。兎も角、涼とは掛け離れたその光景に眉根を寄せたナマエは苦々しく呟くようにソファの上の2人へと言った。ジェラートはソファの上というよりもソルベの上、だが。
「あー、……なんつった?」
「『シントウメッキャクスレバヒモマタスズシ』じゃァなかったかな」
「……イタリア語で喋って」
「ジャッポーネの言葉らしい。"心頭滅却すれば火もまた涼し"」
「そ、気にしなければ暑くなんてないってわけ」
そう言った後に顔を見合わせたソルベとジェラートのこめかみからは、髪間から流れた汗が伝い落ちた。それでも、気にしなければ暑くないと言い張るらしい。
ソルベとジェラートの言い分は兎も角、リビングの室温は下がることはなく寧ろ上がる一方で、ナマエの不快指数も夏の日差しのようにじりじりと上がる一方である。
「アッツイ!あんたら暑苦しい……!」
蜃気楼のように揺れる殺気を背後に背負った彼女はジト目でソルベとジェラートの2人に視線を送る。その視線を受けて、彼女の反応を楽しむように彼等はしっとりとした頬をぴったりと寄せ合う。つまり、「見てるこっちが暑苦しくなってくる」そう言う彼女の視線は絶対零度のように冷たかったが、かといって目の前でいちゃつく2人の熱気が緩和されることはなかった。そういうことである。ナマエのこめかみからも汗が一滴伝って落ちた。
「なんならナマエも混ぜてやるけど?」
心頭云々と言いながらソルベの片方の太股上へと退いたジェラートが、空けた隣を視線で指し示した。つまりそこに座れと。ナマエはあからさまに眉根を寄せて顔を顰めて見せた。
「遠慮する」
「謙虚だな」
「だなァ。もしかしてオレの膝の方がよかった?ソルベを膝上には画的にギリだけど、ナマエが望むならしてやらないこともない」
「結構!」
「あらま、断られた。ツンデレってやつ?」
「なんだそれ?」
「流行ってるやつ。ギアッチョあたりがそう」
そう言いながらぴょんっとソルベの膝上から降りたジェラートはキッチンへと歩いて行った。そしてそうしないうちに返って来た彼の手にはカップ入りジェラートが2つ。スプーンも2つ。ジェラートの挙動に視線を送るナマエ。あからさまに自身へと疑惑の視線を送られつつも、大して気にした素振りも見せないジェラートは片手のカップとスプーンを差し出した。
「あんたの好みはコッチだろ?」
彼女が受け取ったというよりは、彼が押し付けた。そうしてジェラートは元の位置、つまりソルベの膝上へと座り込んだ。
ナマエはカップに描かれた果実とその文字の綴りを読んだ後、ツンッと横向けた鼻の照れ隠しでソファへと腰を沈めた。勿論、ソルベとジェラートが腰を沈めているソファとはまた別のソファだ。ぺりぺりと蓋となっているフィルムを剥がし、押し付けられたスプーンで掬って食べたジェラートは少しばかり涼しげにしてくれる。「ソルベあーん」「あー」だなんてやっている男共を視界の端に追いやることは必要だが。
「あァー、……やっぱあッついな!」
「何処か行くか」
「ナマエ、魚と肉、ドッチ?」
「……何が?」
「チェーナに食うセコンドの話」
「魚がいい。……待って、つまりどういうこと」
「ソルベ、魚だって」
「丁度いいんじゃねぇか?海沿いをドライブして、着く頃がチェーナの時間帯だ」
「澄んだ海を思わせるジュレの果実寄せ。あれには期待せずにはいられないね」
あれよこれよと話を進めてソファから立ち上がったソルベとジェラート。その2人に困惑の表情を向けるナマエ。でもそんなのお構いなしだとばかりにジェラートが彼女の手を取ってソファから腰を上げさせた。ソルベが取り出した車のキーが小さく金属音を響かせる。
「ディナーデートの一つや二つ、付き合ってくれてもいいだろ?」
「……二人で行けばいいのに」
「またまた、素直じゃァないね」
「態々アジトに残ってたわりにその口で言うんだな」
「!」
「顔真ッ赤!オレが気付かないわけないじゃないか!まァ、ソルベはオレの入れ知恵だけど?」
「おいそれを言う必要は無いだろ」
痛いところを突かれて頬を染め上げたナマエの腕を引きながら歩を進めるジェラート。右へやったり左へやったりとどう照れ隠しするべきか視線を泳がせるナマエ。少しばかり後ろを歩みながら2人の背に微笑ましいとばかりに視線を送るソルベ。
――そうして、冷房のいないアジトには誰もいなくなった。
(夏の行方)