八万打企画夢 | ナノ






 イルーゾォと私は所謂腐れ縁の幼馴染というやつだ。今でさえ男のわりに細い身体がさらに細っこくて、扱けては擦り傷蒼痣を日々作り出していたころからの、古い付き合いだ。今では不健康に見える青白い肌が太陽の日差しの下に僅かに健康そうな色に染まっていた時期も知っているし、似合いもしない短髪にして鏡の前で凹んでいたことも記憶に新しく感じる。
 そもそもに家が隣同士で親同士の付き合いも深く、それでいて近くに同年齢の子供が住んでいなかったということもあったと思う。スクールが始まる前はイルーゾォとばっかり遊んでいたし、通うようになっても付き合いがぱたりと止むだなんてことはなかった。だいたい、自分の部屋の窓の向こうに見える景色はイルーゾォの部屋の景色なのだから、まるっきり接点がなくなるというのも変な話だろう。兎も角、何の問題もなく十代での交流は続いた。

 問題として上げるならば、私が十七歳になって数ヵ月後に起きた出来事のことだろう。

 それは事件だった。世間的には、事故と処理されたが。私の両親が死んだ。そして、イルーゾォの両親も。死んだ――というと正しくはない。正しく言うと、私達の両親は殺されたに他ならないのだから。出かけた先、ギャング間の抗争に巻き込まれたらしい。それを折り目に、私の人生は所謂堅気のそれから道を外し始めたし、イルーゾォも同じだった。

 私はパッショーネの入団試験の時にスタンド使いになった。イルーゾォは元々スタンド使いだった。勿論、そんなの私は知らなかった。「何時から?」だなんて聞いた私に答えをはぐらかしているイルーゾォを長いこと問い詰めてもその答えを得ることは出来なかった。どうせ、深い意味合いはないのだろうけど。

 同じギャングに入って、同じ道を辿って、そうして私達は同じ暗殺チームへと配属された。同期でもあるし、それになにより互いに息が合う。それとあって、単独ではなく複数、例えば二人で就くべき任務内容の際には大概組まされた。別段、文句は無かったが。

 非番の日も自然な流れで同じ時間を過ごすことが多い私とイルーゾォに変な勘繰りを働かせるのは、大概はメローネで、後はホルマジオやジェラートが茶化してくる程度だった。

「ホントに二人は付き合ってないわけ?」

「しつこいな……。それにナマエには今、男がいるってのに」

「ウソッ!?俺立候補しようとしてたのにィイ!!」

「メローネ、どっちにしてもあんたは候補に入ってないっての」


 互いに恋人と呼べる異性を作っていたこともあった。が、これまた互いに長続きしない。どうも駄目なのだ。「付き合って」だなんて言われてそれに肯定の返事を返したわりに、側にいても鬱陶しく感じてくる始末で。前を歩かれても駄目。後ろを歩かれても駄目。隣なんてお話にさえならない。てんで駄目。そうして、別れる。

「別れた」

「また?私もだけどー」

「またか」

 何回か同じことを繰り返すうちに恋人を作ることを止めた。不快に思う存在を、態々側に置こうとは思えなくなったわけだ。そうして恋人なんてもののいない独り身同士、別に傷の舐め合いでもなんでもないが、何時もの流れで同じ時間を過ごしたりする。メローネが喧しい。

 さて、色々有ってか無くてか判断は付かないがイルーゾォの側にいることが多い。それには気付いていたのだが、それが遥か昔からのお決まり過ぎて、本当に何も抱いていなかったのだ。異性に対する愛だの恋だのなんて。


 それが、どうだろう。


 これはほんの数日前の話だ。特に危なげも無く任務を終えた帰りの話――あぁ勿論イルーゾォと組んでの任務だ。例えば銃弾の的になるところを身を挺して庇われたわけでもないし、吃驚するような愛の告白を受けたわけでもない。ただ、鏡の中の街中、イルーゾォの隣を歩いている時に彼の横顔を不意に眺めたのだ。少しばかり見上げる形で。

(あれ?イルーゾォってこんなに大きかったっけ……?)

 昔、子供だった時は私よりチビで私よりも低いところにあった目線が今は、私よりも高い位置にある。そうして、前を向いていたイルーゾォが私の視線に気付き、態々何を言うでもなく顔をこちらへと向けてさらには視線を下げる形で私と視線を打つからせたのだった。

(ッ!)

 心臓が跳ねた。
 ひょんなことで幼馴染の成長を知り、そしてそれは彼を異性として意識する道へと何故だか繋がった。まさか、まさか、イルーゾォに対してこんな気持ちを抱くとは。


 人というのは不思議なもので、それまで一寸も気にしていなかったことでも一度意識の範疇に入ると、目を逸らそうとしてもどうにも視界に入れてしまう生き物だ。

 つまり、イルーゾォの側にいるのが大変むず痒い。隣の少しばかり上の位置にある肩の存在に意識してしまうし、打つかってしまえば衣服同士が摩擦し合っただけだというのに無償に恥かしいやらなんやらで、此方の肩が跳ね上がる始末。それを隠すように自分でも取れる範囲にある物を動揺を隠した声色で「それ取って」だなんて言ってみるのだが、イルーゾォが伸ばした手に浮く血管だとか、細いながらも確かにしっかりと付いている筋肉だとかが、私の視界に飛び込んでくるのだ。
 どうして、こんなにも男らしく見えるのだろう。あの、あの、泣き虫で弱虫だったイルーゾォが。

「ナマエ、次の任務なんだけど」

「ッ何!?」

「いや、そんなに身構えなくても」

 詰めた距離と「何だ……具合でも悪いのか?」だなんて言葉と共に下から覗き込んでくるから、私はそれから勢い良く背を逸らして尚且つ顔も明後日の方向へと向けた。あまりに勢い良く振った為に首は痛そうな音を立てるし(実際痛い)、視界の端へと追いやったイルーゾォは笑いそうに唇を歪めているしで、何故だか腹も立ってくる。
 そうして私の鼓膜を擽ったのは、ついには笑い出したイルーゾォの声だった。

「ナマエって、分かり易いよなあ」

「何がッ!?」

 染み染みと語るように言ったイルーゾォの言葉にえっ!?と驚いて明後日の方向から彼へと顔の向きと視線を戻すと、でれっと頬を緩めたイルーゾォと視線が打つかり合う。

「漸くナマエに男として意識してもらえて、俺は嬉しいよ」


 その言葉が全ての答えであった。


 そうして、今日も今日とて私とイルーゾォは同じ時間を共に過ごしている。付き合い始めた、だなんて報告をいちいちしてはいないが、次に態々茶化すような言葉を吐いた輩の前ではこれ見よがしにイチャついてやろうと思ってなんかいたりする。惚気だって、喧しいほどに吐いてやる。

「なんか、何時もよりくっついてない?」

 差した指と吊り上げた唇でにやにやと言ってくるそれに、イルーゾォと私は悪戯に顔を見合わせた。つまり、メローネは幸福を噛み締めるための尊い犠牲になったという話だ。


(mutuo affetto-相思相愛-)