八万打企画夢 | ナノ






 今日も今日とてソルベにジェラート、ナマエの三人はアジトのリビングにあるソファの上で身を寄せ合っていた。
 三人掛けソファのそれは人数ばっちり横に並んで座れるというのに、ナマエはソルベの左太股の上に腰を下ろしているし、ジェラートは彼女とソルベに重心を預けるようにして密着しながら見開いた雑誌を片手で支え、もう片手でサブレを食べている。ソルベはナマエの腰を左腕で抱くようにして右手で煙草を吸って、ナマエは少しばかり高い視界から見下ろす形でジェラートの手の内の雑誌を見ているようだ。

「これナマエお抱えのブランド」

「あっ、新色出たの?」

「桃とレモンのジェラートをイメージだって。イイんじゃない?」

 マニキュアを見開きいっぱいに紹介している雑誌には興味は無いが、同じ雑誌を覗き込んで和気藹々とする二人には関心を向けるに値する。
 煙を斜め上空に吹き出してから、ソルベはちらりと視線を時折二人へと流した。振り返って「どちらの色がいいと思う?」だなんて聞くナマエに「どっちも似合うだろ」と返せば「じゃあ両方買ってくれるってわけね」と彼女は悪戯に笑む。その笑い方がジェラートに似てきたと染み染み感じながら煙を肺へと送ったソルベは忘れずに付け足した。「檸檬の方がイイんじゃねぇか?」決して財布が軽過ぎるわけではないが。



「ん」

 サブレを一枚銜えたジェラートがナマエの唇の前へと残り一枚のサブレを突き出した。いや、どちらかと言えば押し付けているだろうか。小さくグラッツェと言ったナマエの薄く開いた唇にそれは差し込まれるし、微かに彼の指が彼女の唇を掠める。
 咀嚼した彼女の頬は満足そうに綻んだ。ジェラートの選んだ菓子にハズレは無い。その証拠にはならないかもしれないが、彼女の唇に付いた菓子の欠片を舌先で舐め取ったソルベも常時から在る眉根の皺を僅かに緩ませていたのだから。


 抱かれた腰のままに上半身を伸ばす形で、ナマエはソファテーブルへと腕を伸ばした。そこにばら撒かれたかのように並ぶのは色柄取り取りのフィルムに包まれた飴玉だ。銀とラメ色の緑がマーブルを描くフィルムを選んだ彼女は直ぐに、解いた包み紙をテーブルへと放り飴玉は己の舌上へと放った。そうして、彼女は眉根を寄せた。

「ミントだった……」

 不ッ味い!と舌先に飴玉を乗せたままげんなりするナマエをジェラートは可笑しそうにけらけらと笑い、彼女のお気に召さなかったミント味の飴玉の所有権はソルベへと譲渡された。彼はミントでもなんでも食べる。

「他の飴にする」

「またミントだったりして」

「何ソレ不運。ジェラートが今食べたのはどれで何味?」

 ソルベへとミント味の飴玉を口移したナマエは気を取り直して次の飴玉に有り付こうとした。しかし先程の失敗を活かし事前の調査を忘れない。彼女に尋ねられたジェラートは舌先に乗せたそれを見せながらその味を言った。

「ブルーベリーのレアチーズケーキ味。あァ、――最後の一個だったみたい」

 言い終わるや否や、ジェラートはこれ見よがしに飴玉をガリガリと音を立てて噛み砕いた。

「ぁあ!ジェラートが意地悪するッ!」

「しょうがないなァ。ほら、幸せのお裾分け」

「っん。……ううん、この飴また買ってきてね」

 曰くブルーベリーのレアチーズケーキ味。それを重ねた唇と絡めた舌で味わったナマエが言う。それに小さく噴き出してからソルベが口を開き、続くようにジェラートも口を開いた。

「次もミントだろ」

「だろうねぇ」

「ヒドイ!」




「で、何か用かメローネ」

 僅かに吊り上がっていた頬を元に戻し――いや、どちらかといえば寧ろ下げて、ソルベは言った。その視線の先には土足であるラグの上に身体を伏せ尚且つ頬杖を突いて三人へと観察するような視線を送り返すメローネの姿。ニタニタと笑うメローネは、どの口がいうんだとばかりに「何でもないよ!」と明るく声を上げる。

「嘘おっしゃい」

 あまりにも嘘っぽいその言葉に、ナマエは掴んだ一つの飴玉をメローネの眉間めがけて投げながら言った。避けられるだろうに、コツンッとその飴玉はメローネの眉間へと打つかり、そうしてラグの上へと転がった。

「んーん、ただね、ナマエもソルベもジェラートも不思議だなあって思ったんだ」

「「不思議?」」

「三人で吊り合ってることがだよ。嫉妬とか、しないわけ?」

 メローネの言葉に目を丸くしたナマエとジェラートは顔を見合わせた。

「嫉妬!ちょっとジェラート、メローネが変なこといってる」

「聞いたさナマエ!メローネの癖して愛は一人にしか注げないもんだと思ってらァ」

「つまり、そういうことだ」

 笑いそうになっているのだろう。ソルベも口の端を僅かに痙攣させながらメローネへと言ってみせた。

「うーん、……俺が馬鹿にされてるのは分かったよ!」

「メローネも、本当に好きな人が出来たら分かるんじゃない?」

「複数形で?……分からないね!AとBと俺がいてAとBがキスをする。それが微笑ましいって?さっぱりだ!」

 メローネはそれなりに疑問に思っていたらしい。しかし幾ら三人から回答を得ようと彼にはそれを上手く飲み込めないらしく、結果メローネはお手上げだとばかりに両の手の平を翳して見せた。

「まァ分かってもらおうとも思ってないし?」

「ねぇ?私達からしたら好きな二人が幸せなんだから、微笑ましいのに」

ソルベがジェラートとナマエに。ジェラートがソルベとナマエに。ナマエがソルベとジェラートに。嫉妬?そんなもの欠片もないさ。つまり、大好きなんだからさ、そんなの当たり前だよ。そうやって笑うナマエとジェラートの後ろで、ソルベも声を出さずとも口角を吊り上げた。

「つまり……一夫多妻制!」

「「それは違う」」


 愛の形はそれぞれだと、らしくないことを少々泥汚れが目に留まるラグの上で大の字を描きながら考えたメローネは、上目で見た三人の愛の成り立ちを分からないまでも羨ましいと思った。――やわらかな午後の話だ。



(とある愛の話)