天国の欠片 | ナノ






 リゾットがアジトへと帰宅したと同時であった、イルーゾォが逃げ込むようにリビングから玄関へと飛び出てきたのは。緊急を要するのであれば、鏡経由で逃亡を図れば良い。前のめりで転びそうにリゾットの視界へと飛び込んできた彼は、慌てた様子でリゾットを確認すると安堵の息を吐いて、涙目で心の底から感謝の声を上げた。

「リーダー……!あんたが帰ってきてくれて助かった……!」

「……何かあったのか」

 僅かに警戒色を濃くしたリゾット。イルーゾォは唾を喉奥へと押し込むように飲み込んで、青白く血色が失せた唇をわなわなと開いて見せた。

「……カリチェが、キレた」

「成る程カリチェがキレた。…………あいつが?」

 なんだ、そんなことか。そう肩の力を抜いたリゾットは、数秒後に主語となっている人物に違和感を持ち、イルーゾォへと問いかけた。それに彼は二三首を縦に小さく振って、肯定の意を示す。

「冷蔵庫が、細切れになった」

「いったい何があったんだ。あいつはよっぽどのことではキレないだろう」

「理由は知らないよ……」

「キャラもスタンドも、メローネの劣化版のようだと言っても笑うような奴だぞ」

「り、リーダー、それ言い過ぎ……っげ、カリチェがこっち来る!俺は逃げるからな!」

 言い終わると同時にイルーゾォは玄関の壁に掛けられていた鏡へと逃げ込んだ。そうして彼が言った通り、そうしない内にどたどたと玄関にやって来たのはご立腹なカリチェ。マジにキレた状態は既に過ぎ去った後のようだが、それでも、不機嫌なその様を隠すことなくその足取りで表している。カリチェの後ろからは彼を宥めていたであろうホルマジオも遅れてやって来た。ホルマジオは未だにカリチェを宥める言葉を投げ掛けている。

「しょうがねーなー、落ち着けよー」

「落ち着く気なんてプロシュートの無駄に長い睫毛一本分も無いね!うぅ、ぁあ!……そして其処に突っ立ってる黒頭巾、お前が犯人か!」

「何のことだ」

 ホルマジオが手を出しているわけでも無しに、カリチェはまるで彼の手を振り払うかの様に自身の右腕を払ってみせる。そうして左手を己の額へと添えて嘆きの呻きを上げた後、勢い良く人差し指をリゾットへと突き付けた。演技掛かった手振り口振りだが、それは彼の癖のようなもので確かに彼は怒っているらしい。リゾットは己へと差し向けられている指をちらりと見た後、後方に控えるホルマジオへと視線で問い掛けた。それにホルマジオが説明を始める。

「なんでもなー、あー、……キャロル?っつー子に貰った物が消えてたんだと」

「ちっげーよ!キャロラインちゃん!縦巻きカールの太さがオレの親指と同じ太さで運命感じちゃった女の子、キャロラインちゃん!」

 カリチェはこれ見よがしに自身の親指をホルマジオへと突き立てる。突き立てられた彼も、それを見るリゾットも、そんなことどうでもいいと呆れているのがお分かりになるだろう。

「成る程そのキャロルに何を貰ったんだ?」

「キャロラインちゃんだって!貰ったのはブラウニー。彼女のお手製で、任務が終わってからの楽しみに冷蔵庫に入れて置いたのに、消えてたんだ……!」

 がくり。と、カリチェはその場に膝と手を付いてあからさまに落ち込んでみせる。リゾットは彼の台詞に片眉をピクリと吊り上げてからその様を見下ろした。しょうがない奴だとばかりに次に口を開いたのはホルマジオだ。彼は自身の首を振りながらカリチェに言ってみせる。

「ジェラートあたりじゃねえか?アジトに甘いもん置くだなんて、食ってくれって言ってるもんだぜ?」

「いの一番に確認したが、ジェラートじゃなかったんだよ」

「…………」

 ダンダンッ!と床を拳で打つカリチェは嘘泣きさえ始めてしまった。何が悲しくて男の涙を見ながら慰めの言葉を掛けなければいけないのか。そうしてホルマジオもその役目を両手と一緒に放り出してしまった。おそらくそれは正解の行動であろう。

「だあー!……もう別に誰でも良くね?」

「……そうだ、犯人探しなんてしてもしょうがないだろ」

 むっつりと唇を横一文字にしていたリゾットが薄っすらと唇を開いてホルマジオに同意を示した。それが聞こえたかどうかは分からないが、床から勢い良く顔を上げたカリチェはそのままに立ち上がり、宣言と共にリビングへと駆け出していた。

「ダァアアア!不貞寝だ!こうなりゃ不貞寝してやる!リビングの三人掛けソファはオレのもんだ!何人足りとも座らせねえ!!」

「あーはいはい、好きにしろって」

 ソルベとジェラートが帰って来たら蹴り落とされるだろうがそれまでは彼の物だと、ホルマジオは手で払いながら駆け出したその背を見送った。さて問題は解決だ。メシでも食いに行くかと玄関から出て行くホルマジオ。リゾットは瞬きの合間に細切れになった冷蔵庫と、とある事について考えた後キッチンへと向かうのだった。




「そりゃ何だ?」

 アジトへと帰宅したプロシュートが見たものはソファに並んで座るソルベとジェラート。それに床へとへばり着き二人の足置きになっているカリチェであった。ソルベとジェラートの二人は顔を見合わせて、ジェラートの方が彼へと事の成り行きを説明した。

「実はアレがこうして、コレがああなって」

「……成る程な。食べたのが誰か知らないが、やばいんじゃあねえか?」

「もうキレ終わった後だっつーの。冷蔵庫が細切れらしいぜ?」

「いや、そうじゃない。カリチェが惚れ込んだ相手から貰ったもんだろ?そのブラウニーは」

「あァ。ァあ?」

「つまり、カリチェが意中の相手からまともなもん貰えるわけがねえだろ」

「あァ、そういう!」

「…………!!」

「「…………」」

「なぁジェラート。今、リゾットがすげぇ表情で通り過ぎたよな。……胃薬って置いてあったか、此処」

「ただの胃薬で効けばいいけどなァ」

 床で眠りこけるカリチェは、自身が真犯人を言い当て尚且つ神回避をした事にも気付かないままに、夢の中で別嬪の尻を追い駆けることに夢中になっていた。