天国の欠片 | ナノ






 カリチェはアジトのリビングへと足を踏み入れると同時に、其処に在る三人掛けソファを一人で占拠していたギアッチョへと左手の人差し指を突きつけた。彼の反対の片手は人差し指と薬指を真っ直ぐに揃えたままに彼自身の喉仏へと添えられていて、踏み出していた右足は何故か爪先立ち。カリチェは僅かに後方へと背を反らせながら、高らかに宣言の声を上げた。

「ギアッチョ、お前と初恋の話がしたい!」

 つまり、暇を潰そうぜ!ということらしい。意味の分からないポーズはきっと患っている病気の所為だろう。まだ、オレの片腕に眠る悪魔が目覚める……!だなんて言い出さないだけ、マシな話ではある。
 さて、暇つぶしの道具に任命されたギアッチョといえば、ソファテーブルの上へ銃の部品を広げたままにカリチェへとギロリと視線を流して、声を荒げ返した。

「しねえよッ!」

 するわけもない。が、そんなことお構い無しだと言わないにしてもカリチェは部品の一つを摘み上げながらソファへと飛び乗るように腰を沈めた。わざわざギアッチョの数cm横に。それにギアッチョが苛立ちの声を上げるよりも早く、カリチェは部品をギアッチョへと放り返しながら彼にとっての本題を口にする。

「今日オレ初恋の女の子とたまたま会ったんだけどさー」

「初めてるんじゃねーッ!テメーの初恋なんざ知ったこっちゃねえんだよ!」

「まあまあ、聞けよ。聞いてくれよ、ギアッチョ。そしてオレに酒の一杯や一本奢ってくれよ。なあ、お手元にハンケチなど用意しておいてくれ。きっと泣いちまうからな」

 そうしてカリチェはつらつらと、自身の青い春の詳細を事細かにギアッチョの鼓膜へと流し込んでいく。ありきたりな褒める形容詞を散りばめながら、合間に彼女のこういう部分に盛っておっ勃てたもんだ。だなんて言いながら、お前は女の子の手持ち鞄に欲情したの何時頃?だなんて尋ねては、同類にすんな!とギアッチョから右頬に拳を打ち込まれていた。

「つーか、……泣きドコロ一つもねえじゃねーか!」

「急かすなよギアッチョ。早漏かよ」

「ゥウゥウッ、うっせ!」

「え……。まあお前の性事情なんていいから、オレの話だな。ハンカチ持った?オレ、その子と会って、昔話に花が咲いちまったんだよ。それでさあ、ホテルへ連行したわけだ。ら、さ、あったんだよ……」

「何が」

「ナニが」

「……ナニが」

「そう、ナニが」

「……カリチェ、行き着けのバールでいいか?」

「マジで!?グラッツィエー。いやあ、有り難いな」

 ギアッチョの同情を乞うことに成功したカリチェはソファから勢いを付けて立ち上がった。善は急げ。日も沈まぬうちから酒に溺れようぜ!とばかりに彼は鼻歌を歌いながら出口へと足を踏み出した。

「ちょっと今日はツイてるよなー」

「あー、ツイてたっつーのは間違い無いな」

「初恋の子のおっぱいは気持ち良かったし」

「……は」

「ん?……ぁあ!いや、なにさ、まだおっぱいは切除してなかったらしくてそっちのお世話になったわけだよ」

「……誰がテメーに奢るか死ね!」

「何だよ急にツンデレんなよ!奢れよ!オレこの間アデリアちゃんに有り金持ち逃げされたって話聞いただろう!?」

 その後スタンドまで発現して奢る奢らないの喧嘩をおっ始めた二人に、リビングが崩壊し、それをリゾットに目撃され二人仲良く剃刀を吐き出すことになるのは、ご愛嬌である。