カフェのテラス席。其処で蜂蜜色の髪の持ち主、メローネは通りを見つめていた。行き交う人は多く、それでも彼の目は誰か一人を探しているようだ。
メローネはカップの取っ手に指を滑り込ませて、引っ掛けるように持ち上げたそれを口元へと運んで紅茶を飲んだ。それは大変下品とされる行為であるが、彼は一片足りともマナーを守る気は無いし、人の目なんて別に気にしてはいなかった。そもそも、人の目を気にするというなら服装を改めるはずである。
ずずずと啜られた紅茶が音を立てた。
「メローネ」
「やあ、ナマエ。久しぶり、調子はどうだい。まあ座ったら?」
メローネは己の目前へと立った彼女、ナマエへと席へ座るように促した。ナマエと呼ばれた彼女は美しい。それこそ、メローネと共に同じテーブルに着こうと見劣りはしないし、寧ろ吊り合ってさえいた。彼女の、メローネのそれに良く似た蜂蜜色が日光を受け、きらきらと眩い。
ナマエが席に着くと同時にメローネは、自分と同じ物を彼女用に店員へと頼んだ。彼女は彼が指先で引っ掛けるカップの中の物をちらりと見ただけで、何も言いはしなかった。
「それで、用事ってなに?」
「なんだい、用がなくちゃあ呼び出せないのか?」
「……性格悪い」
「ナマエも悪いけどな」
「誰に似たのか」
「まったくだ」
彼女はメローネをじろりと睨んだが、彼には何処吹く風で、どうやら皮肉は通じなかったらしい。
ナマエは携帯電話にも似たそれを発現させて、手の内で遊んだ。メローネは彼女のスタンドを一視して、僅かに目を細めて笑う。ナマエは機嫌の良さそうなメローネに視線をやることもなく、徐に口を開いた。
「それで、仕事の方はどうなの」
「ん?気になるかい?」
「そりゃあ、そうでしょ。……暗殺者だなんて、笑えない」
彼女は後半の言葉は声を潜めた。それもそうだろう。真昼間のこんな場所で、声を大きく目の前の男は暗殺者ですよ!だなんて言えるはずも無いのだから。
店員がやって来て、ナマエの前に紅茶の入ったカップを置いた。メローネはそれに角砂糖を一個、二個と放り込みながら、彼女へと視線をやって口を開く。
「俺には、ナマエが情報屋だなんてのも、笑えないがね」
こうしてお茶をしている間にも、彼女のスタンドはせっせと仕事をしていることであろう。そうして携帯電話にも似たそれの画面に流れている大事な商売道具から視線を上げたナマエは、嫌そうに唇を歪めた。説教は止めてくれ。まさにそういう表情であった。それを見るメローネはけたけた可笑しそうに笑う。と、それを急に真剣な表情に変化させて唇を真横に引き結んだものだから、目の前の彼女も彼の雰囲気に圧倒されるように、唇を一線にした。
そうして何時に無く真剣な表情のメローネが、薄く唇を開いた。
「最近、うちのチームからも仕事受けてるだろ」
「……うん」
「いいか、良く聞くんだナマエ。まず――」
リゾット。確かにリーダーは頼れる良い男だ。だけど駄目だ許さない。未だに頭巾を被って仕事するんだぜ。イカレたセンスをお持ちだ。
プロシュート。確かに奴は器量の良い男だ。だけど駄目だ許さない。あいつの側にいたらとんだマンモーナにされちまう。あと他の女の嫉妬の目が痛いはずだ。
ホルマジオ。確かに奴は面倒見が良い男だ。だけど駄目だ許さない。趣味はギャンブル。この時点で破滅臭がする。あと猫の方が本命のはずだ。
イルーゾォ。確かに奴は配慮深い良い男だ。だけど駄目だ許さない。あいつのスタンド知ってるだろ?ヤンデレルート一直線だ。
ギアッチョ。確かに奴は情に厚い良い男だ。だけど駄目だ許さない。ツンデレなんだかツンギレなんだか、兎に角キレるのが早過ぎる。
ソルベにジェラート。確かに奴等は面白い良い男達だ。だけど駄目だ許さない。そもそもあいつ等は互いを思い合ってて、入り込む余地も無い。
あー、ペッシは……問題外だ。
「それで、誰が狙いなんだ」
「……真面目な話かと思って損した」
「真面目さ!大真面目だぜ!」
「ペッシ可哀相だし」
「げっ、奴が本命なのか」
「そうは言ってないでしょ」
ずずず。ナマエは心底うんざりした顔で紅茶を啜った。
メローネにとっては大真面目な話だったようで、彼女が興味を無くそうが、未だに口内で誰狙いなのかぶつぶつと議論しているらしかった。
彼女は通りへと流した視線で何処を捉えずとも思慮に耽る。またその彼女の様が、彼には物思いに耽る様に見えたらしい。つまり、意中の誰かを思って、溜息を吐いていると。
「嘘だ。嘘に決まってる」
「嘘も何も」
「こんなに辛いだなんて、ナマエに男が出来ることが」
「出来てないし」
テーブルに突っ伏して泣いている男。もしかしなくとも嘘泣きではあるが、その丸まった背を見ながらナマエは深い溜息を聞こえるように吐き出した。そして。
「少なくとも、メローネ以上の男の人が今のところ見つからないの。ねえ、だから、買い物でも連れてってよパードレ」
嘘泣きなんてしてないで。
そんな彼女の言葉に顔を勢い良く上げたメローネの角膜は、やはり通常の量の涙しか覆わせていなかった。せめて、嘘でも流していろと、ナマエは呆れた溜息を吐く。
さて、娘から呆れた表情を幾ら浮かべられようと慣れっこである父は、機嫌を良くしてこの後金の羽振りも良くなるのだが、実は彼と腕を組んで歩くのが娘は嫌いでもなかったりする。寧ろ悪くないと思っているナマエはもう暫く男も出来なければ、何処かへ嫁ぐことも出来ないだろう。
確かに己の血を分けた可愛い娘ナマエ。彼女こそが、メローネにとって片付けられない女。つまり、嫁がせることが出来ない程に可愛い娘なのである。