片付けられない女の話 | ナノ






 プロシュートはナマエの先輩にあたり、その反対にナマエはプロシュートの後輩にあたった。ナマエ、彼女の教育係はホルマジオであってプロシュートだったわけではないのだがそれでも、プロシュート初め他のチームメンバーは彼女にとって敬う先輩方であるわけで、顎一つで命令されれば右へ左へと駆け出す毎日であった。

 何時だったかのアジトでの飲み会を、ナマエは思い出していた。
 その日は夜も深ける前からチームメンバー全員が揃って好き放題に飲んでいたものだから、酷い有様であった。アルコール臭が充満したリビングに酒瓶は無造作に転がり、尚且つ屍とはいかずとも酒気の前に倒れた面々が身を伏せる宛ら地獄絵図を彼女はその時見たのだ。彼女自身はあまり酒を飲まないために潰れていなかったのだが、年少組は早い段階で潰れていた。またその反対に年長組は何本ボトルを転がそうと酔っ払う気配を微塵も見せず、ついには朝日まで拝んでしまった。その時より彼女はリゾット、プロシュート、ホルマジオの三人は酒に強いものだと理解していた。

 そうして彼女が次に思い浮かべたのは、全員といかずともチームメンバー数人での外食の席でのことだ。
 そこでも自分の教育係であるホルマジオは浴びるように酒を飲んでいたし、同じペースで飲んでいたプロシュートもそれなりに彼女の理解の範疇を超える量を、その細身の身体へと流し込んでいたことは記憶に新しい。

 最後にナマエは、現実の下自身の目前へと晒されたそれを見て思いを馳せた。
 普段からきっちり結い上げられている髪は今尚乱れることを知らぬ。それ故に目前へと全貌を晒すうなじ、首筋の肌は酒気の為か朱に染まり切っている。なんとも、色っぽい。が、そんなことを考えている場合ではない!と彼女は頭を振った。ナマエはすっかり泥酔し切っているらしいプロシュートを見下ろして、ほとほと困っていたのだ。こんなことになるだなんて想像していなかった。彼が酔っぱらうだなんて。微塵も。だから、プロシュートと二人で飲んだとしても何の心配もしていなかったのだ。以前、酔っ払ったギアッチョの介抱を頼まれた時は頭突きをくらい偉い目にあった彼女はそれ以後、酔っぱらいは極力避けていたというに。

 マスターである男からナマエへと無言の視線が流れる。それにバーのカウンターテーブルに突っ伏す先輩の姿を見やった後輩は、やるしかないと溜息を吐いて肩を貸すような体制で彼を店から引き摺りだすのだ。

「せんぱーい、プロシュート先輩ねえしっかりしてくださいよう……」

 背だってナマエより高いし、細いにしても立派な男性であるプロシュートを運ぶのは彼女には骨が折れることだろう。その証拠に、彼の上等な革靴の先は地面との摩擦で大変な被害を被っている。しかし致し方無い。兎に角、彼女は彼を彼自身のアパートに送り届けるという任務を全うしなければいけないのだ。
 彼女は重いィ……。と呻きながらも合間にせんぱーい、と彼へと声を掛け続けた。んが、彼は知ったか知らずか返事を返さない。眠っているわけではない。彼の睫毛の奥には確かに瞳が見えているのだから。

「あ、そうだ先輩アパートの鍵は?」

 彼女は先に鍵を頂いておこうと彼へと声を掛けた。

「ぁあ?んなもん、ここに……」

 プロシュートは流石にそれに返事を返しながら自身のポケットを弄った後、視線を彷徨わせた。途中で言葉を途切れさせた彼に彼女の胸は嫌な予感を捉えまた、背中を冷や汗がつぅと流れた。そうして彼が唇を薄く開いて酒気と共に言葉を吐いた。

「あー、……アジトだ」

「せ、先輩……。ぶっ壊して入っても……」

「オレが許可するとでも思ってんのか」

「ですよね……」

「あー、……飲みすぎた。眠い。おめーのアパートはこの近くだったな」

「え」

「決まりだ」

「え」

「え。しか言えねえのかオメーは!このマンモーナ!」

 お母さんッ子だなんて怒られるのは数ヶ月先には彼女の役目ではなくなるのだが、その夜にその役目を被ったのは彼女であった。酔っ払いであろうと腐っても先輩。目上の人間のそれを嫌と首振るわけにもいかず、彼女は彼を引き摺って自身のアパートへと帰り着くことになる。

 そうして酔っ払いもといプロシュートを彼女自身のベッドへと放り出したナマエは、漸く仕事を片付けたと安堵の息を吐き出した。

「じゃあ、大人しく寝て下さいね。プロシュート先輩。はぁ、やっと酔っ払いが片付いたあ」

「誰が酔っ払いだ」

「先輩以外にいませんよねって、えっ!?」

 彼女が驚きの声を上げるのも無理は無い。先程まで酔っ払って自身に引き摺られるぐらいだった人間が、平然の時と変わらぬ一流の暗殺者の身の熟しを見せて、彼女自身を組み敷いてみせたのだから。

 ベッドのスプリングが軋む。ナマエが見上げるプロシュートは、何時もとなんら変わらぬ不敵な笑みをその端正な顔に浮かべていた。吊り上げた口角のままに、彼は言う。

「オレは酒なんざ幾ら飲んでも酔わねえよ」

 つまり、ナマエは騙された。らしい。

「……えー」

「で、これをどう処理してみせるんだ。ナマエ?」

 プロシュートの笑みは挑発的だ。どちらかと言えば、色情を刺激したりするさま。という意味合いの方で。
 またその笑みを向けられたナマエというと、考えるつもりもあまりないらしく、自身を見下ろすプロシュートの目を見ながら困ったように返事を返した。

「あー、……私にはどうも出来ませんよう。せんぱーい」

「だろうな」

 そもそもこんな出来事の処理の仕方を彼女の教育係は教えてくれなかった。対プロシュート用など。他の男であったなら、何通りかあったわけだが、見上げた男はプロシュートその人である。適うわけもなかったし、抗う気も起きなかった。ややこしい物事を彼女が片付けられなくても、処理してしまうのは、彼女の見上げた先にいる彼である。自身の教育係でもないというに甲斐甲斐しく世話してくれるプロシュートのことを、ナマエは少なからず思っていたのだから、彼女は身を委ねるらしくその腕を伸ばした。
 もう暫くは片付けられない女、マンモーナでも良いのだと笑んだのは、どちらだろうか。