幸福論 | ナノ






 真っ赤なパンプスが踏み締める地面には、また色合いの違った赤がぶちまけられている。成人男性の大凡平均的な量の全てが、スタンド能力によって抗う事も許されずに、体外へと引き摺り出されたのだ。粘着質でどす黒いそれで出来た溜まりに伏せる身体は、見るに醜い。
 カツッ、カツッ、と地を打つ音を立て、血を撥ねさせるパンプスで距離を詰めたセレーノは、そのまま俯いた男の身体を蹴った。仰向けになる男。血が抜けた顔は彼自身の血で濡れているが、判別は出来るだろう。
 カシャッと響くのは場違いだろうか。一枚撮った写真は、今回の条件内に含まれている。そしてそれが終えた今、任務は無事完了した事を告げているのだから、彼女は返り血の付いたコートを翻し踵を返した。アジトへと帰る為だ。

『幸せになりたかっただけなのに……ッ!』

 顔を青褪めさせた男が言った言葉。最期の言葉は滑稽だった。
 男にとって、幸せになる為に麻薬の売買は必要な工程だったのだろう。しかし、無知は罪である。侵してはならない領域でそれを行ってしまったのだから、彼に与えられた死は、逃れられぬ事象であった。
 死んだ男の幸福論について談義する気もないが、少しばかり幸福ひいては人生についてセレーノは考察してみたくもなった。つまり、幸福論を求める。
 自身のコートから返り血を引き剥がしながら、彼女はポケットの中の携帯電話を手に取った。血が血に混じりあっていくのを背後に、番号を手早く押して鳴り響くコール音に耳を近付ける。随分と待たされるが、行為の最中でなければ何れ相手は電話へと出てくれる。

『Pronto(もしもし)』

「今から行くね」

 そして彼女は相手の返事も聞かずに通話を終了させた。役目の終えたそれを元あった場所へと押し込んで、地を打つ音を裏路地へと響かせながら、彼等のアパートへと向かうのだ。