鏡にまつわるエトセトラ | ナノ






 リビングの鏡からにゅっと出てきたイルーゾォはスタスタとソファまで歩いて、そこを覗き込んだ。ソファへと仰向けで横になっていたフューメは自身を覗き込んだ彼を見上げて、彼の髪が自分へと垂れ下がっているのを気にも留めず、ニッと唇を吊り上げたままに口を開いた。それにイルーゾォはまたかと思いつつ、彼女の顔を見下げたままに耳を傾ける。

「紫の鏡って知ってる?」

「……額縁の色のこと?」

「えーと、……鏡面が紫なんだと思う」

「曖昧だな」

 イルーゾォが笑うと、フューメは煩いとばかりに垂れ下がった彼の一つの髪束を叩いた。彼は自身の毛束が揺れるのを視界の端に見ながら、彼女へと話の続きを目で促す。それに仕方ないとばかりに口を開くフューメがいて、イルーゾォは予想出来る彼女の行動にまた笑いが口辺へと浮かぶの感じた。

「"紫の鏡"って単語を二十歳まで覚えてると不幸になるの」

「なんだそりゃ。下手なスタンド能力じゃあるまいし」

「他の特典は死ぬだったり、結婚出来ないだったり。いやー、二十歳一ヶ月前にはびくびくしてたもんだ」

 そんな彼女の言い草にイルーゾォは、当時の彼女がそんな与太話に怯えている姿を思い浮かべて、思わず笑いそうになってしまった。確かに今でも心霊関係には極端に弱いのだが、普段の威勢の良い姿を見ていると、どうも可笑しく感じてしまう。抑えていても、肩を小刻みに震わせいる彼へと、彼女はじと目をやる。それにフォローの様に口を開くイルーゾォ。

「そりゃあ、可愛かっただろうな」

「……過去形?今も可愛いでしょ」

 フューメは、自身の顔に向けて垂れ下がる髪束の幾つかを引っ掴み、思い切り引っ張る。それにイルーゾォは痛い痛いと声を上げるのだが、頬は笑みの形を取ったままだ。
 フューメはふと、今回話している鏡の都市伝説の死について、もっと詳しい設定があったことを思い出した。数秒それを考えて、口を開く。

「死に方はさ、鏡の破片に全身を刺されて死ぬ。なんだけど」

「なんだけど?」

「イルーゾォの仕業っぽいよね」

「いや、何でそうなるんだよ……」

「それだったら、悪くないし」

「え?」

 それはどういう意味だろうか。と、イルーゾォは見下げる彼女の瞳を覗き込む。彼は彼女の瞳に宿っているのが明らかに悪戯をする時と同じ光であることに、ほんの少し落胆して苦笑いを浮かべた。

「だって、イルーゾォだったら返り討ちに出来るし」

 ほら、やはりそういう意味ではなかった。

「ま、不幸解除の単語らしい"水色の鏡"とか、"白い水晶玉"とかぎりで覚えたから大丈夫だったけどね」

 彼女はしっかりと都市伝説に踊らされていたらしい。いや、万が一の可能性に対して行動していたのは、彼女らしいというか。

「だから、私は将来結婚出来る!出来るはず」

「はは」

「笑うな馬鹿」

 思わず笑ってしまったイルーゾォの額へと、勢い良く打つかったのは彼女の額。フューメの全力の所謂頭突きを食らった彼は、仰け反ったままに数歩後退した。彼女といえば、ソファから勢いをつけて上半身を起こし、痛がっているイルーゾォを指差して声に出した笑いを見せている。フューメが思ったような意味で笑ったわけじゃない。と、胸中で言うイルーゾォ。彼が強気に出られるのは鏡の世界だけである。