鏡にまつわるエトセトラ | ナノ






 ふと、雑誌から顔を上げたフューメは部屋の中をぐるりと見回した。一、二、三、と視線で数えたその個数は鏡の存在のものだ。あっちに一つあれば、こっちにも一つあり、幾つも在るために、それらは対面している物も確認出来た。そしてその向かい合った鏡をじっと見た後に、彼女はぽつりと単語を零す。

「合わせ鏡」

 都市伝説紛いのその単語。フューメのそんな呟きに、幾分前の彼女と同じ様に雑誌から顔を上げたのはイルーゾォ。活字を追っていた目を彼女へとやって、何だと問うている。フューメはそんな彼と視線を打つけながら、続けて口を開いた。

「合わせ鏡を作って呪文を唱えると」

「唱えると?」

「悪魔が現れるんだって。で、過去と未来が見えるんだって」

 スラスラと都市伝説としての内容を口にした彼女は、悪魔。と駄目押しのようにもう一度言った。イルーゾォは呆れた顔をフューメへと見せながら、言うほど雑誌の内容に意識を向けることが出来なかったこともあって、見かけの雑誌を閉じる。視線を一度、自身の部屋で一番大きい鏡へちらりとやった後、彼は溜息を吐きながら言う。

「悪魔、ねえ……。フューメがそういうのを信じてるっていうのは意外だな」

「信じてない」

 フューメはすっぱりと言い切って見せた。イルーゾォは自身の米神を押さえたくもなったが、その気持ちを抑え込んで相槌のように言った。

「だろうね」

「スタンドはあれど、オカルト関係は信じない」

 そういえば、フューメは心霊関係に酷く怯える。と思い出したイルーゾォは、僅かに片方の唇を吊り上げた。それを見止めたフューメが遠慮ない加減で彼の横腹を小突いて、イルーゾォは小さく呻き声を上げ、後に其の場所を自身の手で擦り上げる。マジで痛いそれは、後に青痣が出来るんじゃあないか?と思わずにいられなかった。
 ぶつぶつと文句を垂れ流したい思いではあったが、唇を突き出して不服そうな雰囲気を醸し出すフューメに、これ以上不満を買わないように、イルーゾォは会話を続けることにした。

「過去と未来ってのは?」

「過去ねえ……自分のことは自分がよく知ってるし、イルーゾォのこと知りたいなら、直接聞くよ」

 イルーゾォはふーん、と口内で呟くような相槌を打った。彼自身で言えば、彼女の過去には少なからず興味があった。でも未だ知らないし、これからも彼女から言うことがなければ、自分が知ることはないだろうと彼は頷く。自分から尋ねようとしないのは、そこまで興味が無い。と、いうものではなく、彼女の過去がどうであれ、イルーゾォの満足する現在が在ってのことである。
 彼はもう一つの事柄を彼女へと尋ねた。

「未来は?」

「映画なら結果をネタバレされちゃっても、そこまでの過程が大事!って言うんだけどね」

「興味無いと」

 ネタバレ禁止!と言って笑うフューメに、イルーゾォも釣られたように唇を吊り上げた。そして彼女はふと、思いついたという顔をして、直ぐにその表情を悪戯をしようとする子供のような表情へと変えた。それにイルーゾォは気付いていない振りをして、彼女が行動に出るのを待ってやるのだ。

「あと、私、予知出来るし?」

「へえ」

 勿論、フューメのスタンド能力はそんな内容のものじゃない。彼女の能力はそれこそ、殺しに特化したものである。それとあって、予知だなんて言い出したフューメへと、イルーゾォは続きを促すように視線で言った。それに彼女は続きを口に出す前からしたり顔である。さて、フューメは何と言うのだろうか。

「私はこの後、イルーゾォの奢りでプランツォを食べるでしょう。勿論、イルーゾォも一緒にね」

 そうきたか。イルーゾォは苦笑いを一つして、壁掛け時計を見た。なるほど、彼女の腹時計はなかなかに正確らしい。彼女のお眼鏡に適うだろうかと、幾つか店の候補を脳裏に思い浮かべながら、彼は唇を開いた。既に立ち上がって財布を手に取っていることから、彼女に奢ることは承知済みであるようだ。

「店は俺が選んでいいんだろ?」

「イルーゾォが選んだ所はハズレが無いから、いいよ」

 でも、今は魚介が食べたい気分。だなんてフューメの呟きに、イルーゾォはじゃあ、あそこだな。と、脳裏で呟き、行く店を決めた。善は急げと、フューメはばたばたと暗殺者らしからぬ足音を立ててイルーゾォの部屋を飛び出した。後に残されたイルーゾォは、フューメが放り出した雑誌と、自身の閉じて置いていた雑誌を手早く本棚へと片付けた後、ちらりと鏡を見て直ぐに彼女を追って私室を出て行く。
 住人の居なくなった部屋では幾つかの鏡が合わさり、無限に続く画を見せているが、呪文を唱えるような人間はいないらしい。