欠片 | ナノ






 暗殺チームアジト玄関前。そこで男は己の腕時計が刻む時刻を確認した。午前11時50分。それに一度無言のまま頷いた彼、リゾット・ネエロは玄関扉を押し開ける。

 数日間の任務を終えた暗殺チームリーダーの帰還であった。


「リーダー、お帰りなさい!」

 彼が踏み入ったリビングで一番に顔を合わせたのはナマエ。彼女は明るい声でリゾットの帰還を出迎えた。
 リゾットは彼女へと返事を返した後、リビングをぐるりと見渡し、在中メンバーを確認する。どうやら、ソルベとジェラート以外は勢揃いしているらしい。

 ナマエの後に、各々リゾットへと声を掛けるメンバー達。それ一つ一つに返事を返しながら、彼は誰に言葉を吐き出すか、考えていた。
 誰でもいい。とは思っていたものの、気持ちとしてはメローネは除きたかった。他であるなら……そうだ、今目の前の、自身を見上げている彼女でいい。リゾットは数秒間考えた後、ナマエの目を見ながら、その言葉を吐き出した。

「俺に、娘がいるらしい」


 メンバーの反応は以下の通りだ。

 まずはホルマジオ。彼は驚きのあまりにスタンドを解除して、自身のスタンドで小さくしていた猫を元の大きさに戻してしまった。猫は瓶入りだった。辺りには、割れた瓶が散乱した。

 次にイルーゾォ。彼はリビングの壁に掛けられていた鏡を拭き掃除していたのだが、リゾットの言葉の衝撃に、思わずそれを殴りつけていた。鏡には亀裂が入っている。

 その次はギアッチョ。彼は携帯ゲームを悪態を吐きながらしていたのだが、先の二人同様に衝撃の為に力を込め、液晶を割ってしまっていた。無論、画面にはゲームオーバーの文字が出ている。

 お次はペッシ。彼はプロシュートへとカッフェを運んでいる途中だったのだろう。盆に載っていたそれは、驚きのままに中身の液体ごと床へと打ちまけられた。勿論カップは粉々だ。

 そしてプロシュート。彼は指と指で煙草を挟んでいる時に、あの言葉の衝撃を受けた為、開いた口にならって開いた指の隙間から、煙草を落とした。火事にはならなかったものの、ソファには焼けた穴がぽかりと開いてしまった。

 さて、メローネだ。彼は怪しげな液体の入った小瓶を摘まみ上げ、表現もしたくない厭らしい顔と目で見ていたのだが、その言葉の瞬間は己の性分も忘れて呆気に取られていた。小瓶は転がり、蓋が開いてしまって、中身をトロリィと零している。

 最後に、ナマエ。彼女は目と鼻の先でその言葉の衝撃を受けてしまい、手に持っていたミネラルウォーターを握り締めてしまった。暗殺者の渾身の力を一心に受けた哀れなペットボトルは、悲鳴を上げて破裂した。後には、濡れた彼女自身と、リゾットだ。


 さて、各々に反応を示したメンバーは、衝撃から立ち直ったかどうかは定かではないが、自身が生み出したものも厭わずに口々に声を荒げ始めた。

「おっ、おま、しょうがなくねえよ!」

「むっ、むすめぇ〜!?」

「どういうことだよッ!?」

「子供がいたんですかい!?」

「マジで言ってんのかリゾット!」

「娘!幾つ!?可愛い!?あんたに似てるのか!?肌は、肌の弾力は!?」

「娘?ムスメ?むすめ?妻子持ち?まさかでしょ?夫婦円満?入り込む余地無し?」

 自身の言葉に騒ぎ立てるメンバーを、何処か満足そうに見渡したリゾットは、掛け時計へと視線をやった。時刻は彼が帰宅した時より十分と数分経っている。
よし。と、彼は一度頷いて。皆が見守る中、口を開いた。

「嘘だ」

 メンバーは一斉に言葉を無くした。

「……?」

 リゾットは頭上に疑問符を浮かべて、とりあえず目の前のナマエへと視線をやった。勿論彼女も皆と同様に呆然としている。

「……午前中に嘘を吐いて、午後にばらすものじゃなかったか?」

 ナマエはリゾットの言葉にハッとなった。そして、他メンバー数人が口を揃えて言う。

「「「昨日だッ!!」」」

「何ッ!?」

 そうだ、我等がリーダーは今日という日が、エイプリルフールだと勘違いしていたらしい。
 勘違いの被害は凄まじい。リビングはぐちゃぐちゃのでろでろになっていた。


「しょうがないよ、リーダー。時差で呆けちゃったんだよね?」

「…………」

 ガチャガチャ、カチャカチャ。
 破片と破片を箒で塵取りへと追い立てるリーダーの背へと、ナマエは慰めの言葉を投げ掛けるが、彼にはどうも届かない。
 リゾットは溜息一つに視線を流した。その先ではリビングの壁にある日捲りのカレンダーが、2の数字を晒し出しているばかりである。
 らしくない事をするものではない。彼はまた一つ溜息を吐き出して、破片を追い立てた。