欠片 | ナノ






「いいなあ〜ジェラート」

「……え?」

 何時ものソファに一人で腰掛けるジェラート、の片耳にあるピアスを見ながら私は間延びした言葉を発した。彼の恋人であるソルベはただいま任務真っ最中。私とジェラートは互いにアジトのリビングで何をするでもなく別個に雑誌を眺めていた。ふと捲ったページの見開きを飾る煌びやかなジュエリー。そしてその中の一つ、ピアスを見た時に不意に思い出したのがジェラートであった。チーム内でピアス穴を開けているのは彼だけだ。

「何の話?ソルベはあげないよ?」

「ピ・ア・ス!ピアスの話ぃ〜」

「あァ、ピアスか」

「うーん、私も開けようかなあ」

「そう?じゃ、開ける?」



 え?そう言葉を返す暇も無く、閉じた雑誌を片手にリビングから颯爽と姿を消したジェラートは、数分もせずに此処へと返って来た。ただし雑誌を持っていた手には消毒液の入ったボトルやガーゼ等、反対の手にはピアッサーを構えている。

「えっ、何で常備……」

「いやさァ、ずっと思ってたんだよね。ナマエ、ピアス似合うだろうなァって。ついつい出た先であんたに似合うだろうピアス探しては買っちゃうもんだから、機会を見てたんだ」

「成る程。そうしたら、私が」

「そうそう。じゃァ、バチンといくか!」

「待って待って!フツウは氷で冷やさない!?」

「大袈裟だなァ。横っ腹に風穴が開くわけでもあるまいし」

「やだやだ!」

「えー、強情。こういう時にギアッチョがいればイイけど今いないし」

「冷凍庫に氷があるでしょ!自分で取ってくる!」



 任務中に負う怪我とは訳が違うのだ。痛覚がフル稼働しているものに打ち込まれては堪らない。私は駆け足でキッチンへと氷を取りに行った。幸い冷凍庫で氷は余るほど溢れ返っていて、拝借した小さめのビニールへとたっぷり氷を詰めたそれを自身の耳に当てながら、私はジェラートの待つリビングへと戻った。


「おかえりィ」

「ただいまー」

 ジェラートが自身が座り込んだソファの真横をぽんぽんと叩いて其処に座るように促してきた。氷を当てている片耳の痛覚が鈍くなってきた様な感じがする。

「じゃ、それどけて?」

「お手柔らかに〜」

「優しくするから任せとけ〜……ふっ」

「ッ!ジェ、ジェラートぉお!!」

「冗談冗談」

 ジェラートの方に冷やしていた方の耳を向けたら息を吹きかけられた。殴ってやりたいのはやまやまだが、その後に彼の手によりピアス穴を開けられるかと思うと手出しが出来ない。歯痒い思いだ。

「じゃァ消毒するよ」

「うん……」

 消毒液を含ませたガーゼで穴を開ける位置を拭われた。そして数秒も経たずに構えられたのはピアッサーだ。ごくり。私は生唾を呑んで、さらには身体を強張らせてその瞬間に構えた。

「あ、そうそうこの後なんだけど――」

「それは今する話題かなあジェラート!?」

「まァ聞けって。で、この後なんだけど」

「後にしろ、っあああ!?」

 暢気に御喋りを始めたジェラートに目下するべきことに集中しろと声を荒げた私が気を抜いた瞬間、それはパチンッと小さな音を響かせた。

「あ、開いた……の?」

「うん、開いたよ。別に身構えるほどでもないだろ?」

「あーうん、そうね……」

「じゃァ、ソッチは冷やさずにやってイイ?」

「それは駄目」



 そうして数分もしない内に私の両耳にはピアス穴ができ、穴が出来上がるまでの間のピアスもそこで控え目に輝いていた。私はリビングの壁掛け鏡の中の自分の両耳をしげしげと眺めては、にやける頬のままに唇を満足に吊り上げる。

「ねぇ」

「うん?」

「今は付属の奴だけど穴がしっかり出来たらさァ、オレの買ってきた奴を付けてくれよ?」

「あーうん」

「似合わないはずがない。まァそれも可愛いんだけどさァ」

「え、あーうん。ありがとう……」

「何照れてんの。可ッ愛いぃ〜」

 鏡越しに見るジェラートは悪戯な笑みを浮かべている。確信犯だ。無邪気を装うつもりもない彼は、頬を赤く染めた私を指差して笑い出した。くっそ……!