「おなか空いた。おなか空いたねソルベ」
ナマエはソルベを見上げ、彼の服の裾を掴み引きながら言った。ソルベは遥か下からやってきている視線へと見下ろす形で自身のそれをやって、それから目を泳がせた。
「でもソルベがお料理できないこと知ってるよ」
ばつが悪い。ソルベはどうしたものかと自身の後頭部を掻きながらさらに視線を泳がせる
「……外に出るか」
「おなかぺこぺこで歩きたくないよ」
ナマエはぐいぐいと彼の服を引っ張りながらソルベの案を却下した。それならばとソルベが口を開く。
「……買って来るから留守番を」
「やだ、ソルベ。ひとりにしないで」
やだやだ!と引っ張られる己の衣服にソルベは唸りはせずともどうしたもんかと考える。良案はひとっつも浮かんではこない。
黙りこくるソルベの服を引っ張るナマエが良案を出したらしい。こっちへ来いとばかりに彼の服を引っ張ってある場所へと誘導し始めた。ソルベはナマエの行動に身を任せることにしたらしい。黙って引かれるそのままに歩み出した。
やって来たのは何てこと無い、キッチンである。ナマエが小さな手で冷蔵庫の扉を開け、中を覗き込む。それに釣られるようにして同じく覗き込んだソルベ。彼はまちまちにある食材の名称を口にした。また、冷蔵庫から振り返ったナマエの視線の先には少しだけ残っているパンがあった。彼女が笑う。
「ナマエがソルベにつくってあげる!」
二個あった卵はボウルの中へと割られて塩と胡椒をぱっぱと振られた。ナマエはフォークでそれをくるくると掻き混ぜる。
「手伝うか?」
「うーうん、ソルベにお道具さわらせちゃダメだってジェラートからいわれてるもん」
「……マジか」
薄くオリーブオイルの引かれたフライパンに、スパイスの加わった卵液がじゅじゅぅと拡がり立ち上る良い匂い。それにナマエは頬を綻ばせた。それでもハッと慌ててそれらをフォークで掻き混ぜる。焦げては大変だ。一度皿へと逃げさせたそれはただの卵ではなく、既にスクランブルエッグになっていた。
ナマエの手の平より大きいふわふわのパン。冷蔵庫で見つけたレタスやチコリの欠片を乗せて、スライスチーズを重ねた。お情けのように残っていた生ハムを見つけたのはまるで宝探しで宝石を見つけたような気持ちだ。大事に、それも大事に重ねた。一個だけ残り熟していたトマトを切って置いたらつるんと一度滑り落ちた。ナマエは笑う。トマトを乗せ直して皿に退けていたスクランブルエッグをぱらぱらと乗せる。最後にまたふわふわのパンを置いた。ぎゅっぎゅ。彼女の小さな手の平がふわふわとしたそれを押している。
「おしくらまんじゅうだね!」
「包丁ぐらいは触っていいか?切らなきゃな」
「んー……いいよ!でもジェラートにはないしょね!」
「秘密だな」
ソルベが切ったサンドイッチはナマエの手には少し大きかった。それでもそれを両の手で大切そうに持った彼女は、ぎゅぅぎゅぅと押し合いへし合いで詰まっている食材達を見て楽しげに笑っている。
「もうがまんできないね!」
「だな。キッチンでの立ち食いだなんてジェラートにどやされるかもな。……内緒だ」
「ひみつだね!」
いひひと笑ってサンドイッチに齧り付いたナマエ。じゅわっと溢れたトマトの汁が彼女の指先を伝っていく。もぐもぐと噛んでごっくんと飲み込んだナマエはぺろりと自身の指先を舐めた。自身と同じようにサンドイッチを頬張るソルベを見てにっこりと笑う。それにつられるように頬を緩ませた彼は、自身が笑っているのを隠すようにさらにサンドイッチに齧り付いた。ぽろりと落ちるスクランブルエッグ。――今日もいい日になりそうだ。