Requiem | ナノ






 緩やかに浮上した意識に、私は瞼を押し上げた。
 寝入ってしまったと自覚する前に、私は目の前の光景に息を呑み込む。ベッドへと横たわる私と向かい合った場所には、瞼を閉じ、私と同じ様にシーツへと身を沈めているリゾットの姿があった。あまりにも安らかなそれに、正直ぞっとした。彼がまた死んでしまったのだと、思ったから。

 慌てて身を起こしベッドを軋ませれば、薄く目を開けたリゾットと視線が交わった。

「……生きてるぞ」

 普段より少し掠れて低い声は、寝ていた所為だろう。

「りぃ、だあ……」

 私は彼が生きているという事実に、安堵に涙を零さずも目を潤ませた。

 彼の視線が私から外れ、何処かを見た。その視線を追うように、私もその場所へと視線を移せば、そこには時計があって、指針が差す数字に呆気に取られながら瞬きを何度も繰り返してしまった。

「お前の言う、悪夢の日を抜け出せたようだ」

 寝起きのところを悪いが、私はリゾットへと飛び掛るように抱き付いた。ベッドが大きな軋みで悲鳴を上げるが、私の上げる泣き声よりマシだろうと、聞いていない振りをする。
 私は彼の温もりに寄り添いながら、確かな鼓動音に耳を寄せた。嗚呼、リゾットは生きている。

「……まだ、起床には早い」

 そう言って、何事もないように目を閉じた彼に倣って、私も瞼を閉じた。悪夢が終わり温もりを感じる今、良い夢を見れると確信を持ったまま、私はまた眠りに就くのだ。





 斯うしてソナタは繰り返す悪夢から抜け出す事が出来たが、悲劇は幕を下ろしたわけではない。
 二年前、輪切りにされて死んだソルベ。窒息によって死んだジェラート。
悲劇はその日以前より歩み寄っていただけ。

 これは、彼女の身に起きた事象から、数ヶ月後の数日内で起きたことだ。

 ホルマジオが死んだ。
 彼はナランチャとの攻防の末、エアロスミスの激しい攻撃の前に火傷、銃傷を負い敗北、死亡する。

 イルーゾォが死んだ。
 彼はジョルノ、アバッキオ、フーゴ等との攻防の末、パープルヘイズの殺人ウィルスに蝕まれて敗北、死亡する。

 ペッシ、プロシュートが死んだ。
 彼等はミスタ、ブチャラティとの攻防の末、片やスタンド能力によりバラバラになり敗北、死亡する。片や激しい交戦の末に車外に転落。その重症のため後に敗北、死亡する。

 メローネが死んだ。
 彼は、彼自身のスタンドで一度はジョルノを瀕死にまで追い込んだが敗れる。そしてスタンドの残骸から生まれた毒蛇に噛まれ敗北、死亡する。

 ギアッチョが死んだ。
 彼はジョルノ、ミスタとの攻防の末、二人を追い詰めるも形成は逆転し、首を尖った鉄柱で貫かれ絶命し敗北、死亡する。

 リゾットが死んだ。
 彼は此処、サルディニア島でブチャラティチームを追跡中、ドッピオと遭遇し死闘を繰り広げた。彼を追い詰めるが、ディアボロの策略の前に敗れる。ディアボロも彼の死に様には敬意を表したが、彼は敗北、死亡する。


 暗殺チームは一人残さず全滅した。それは彼女、ソナタも例外ではないが、彼女は彼等が死んだことは知らない。何故なら、彼らが死ぬ数日前に彼女は死亡したからだ。

 ソナタが死んだ。
 彼女は、ボスの娘の情報を得るために皆と違う経路で動いていたが、その際に裏切り者を葬るため放たれていた組織のスタンド使い等との攻防の末、まるで交通事故にあったかのように四肢をあらぬ方向へと折り曲げ、肉片を散らしながら敗北、死亡する。


 誇り高い暗殺者達は皆死んだというのに、サルディニア島から見える海の深い蒼さは依然として美しく、海面に日光を反射させて煌く様は、譬えるに宝石の名を持ち出すに相応しい。

 空気はこれ以上無いほど澄んでいて、仰ぐ空は快晴を告げるに相応しい様を見せ付け、太陽光を地上へと降り注ぐ。

 豊かに育まれた草花を揺らすように吹いた風が、青々と茂った木々をも揺らしてサルディア島を駆け抜け、海岸で遊ぶ快活な少年達は在るがままに声を上げて戯れる。


 何れも暗殺者達への鎮魂歌には成り得ない。


 朝露のように、人生は儚くて短いものだとしても、日は巡り、人は巡る。
そう囁くかのように、幾度目かの朝が訪れた。


〔fine〕