薄く開けた目に差し込んだ朝の日光が入る。繰り返す絶望に光を失いつつある私には、それがあまりにも眩し過ぎて、自身の手を翳してそれを遮った。と、そこで今いる場所が自身の私室ではないことに気付いた私は、身を沈めていたベッドから飛び起きる。
室内を見渡せば、置かれた物は少なく生活感が殆ど無いも等しい。此処は誰の部屋だろうか。と、働くことに疲れた脳で考える私は、突然響いた扉の開閉音に肩を飛び上がらせる他無かった。
「起きたか」
「りっ、リーダー……ッ!」
室内へと足を踏み入れたのは、リゾット・ネエロ、その人で。
私は磨り減らしてしまった自身の神経の前に、抵抗空しくぼろぼろと涙を零し始めてしまう。
しまった、今いるのは彼のベッドの上だ。と、必死に服の袖で両目を拭うも、涙腺は崩壊したように次から次へと涙を溢れさせてくる。
「……倒れたのは覚えているか?」
そう言いながら私のいるベッド、彼自身のベッドに近寄るリゾットを目で捉えながら、私は止まぬ涙に嗚咽まで漏れ始めた。
彼は私が問いに返答しない事を確認したからなのか、今夜の任務は別の者を同行させると口にする。その言葉に私は悪い顔色を一層青褪めさせて、思わずリゾットの衣服を掴んだ。自身の指先は震えているが、それに構わず強く食い込ませると、指先の皮膚まで青褪めてしまった。
「……何が、あった?」
その声色が僅かばかり柔らかだと感じた私は遂に、自身を襲う悪夢の繰り返しを、始まりから今に至るまでの全てを彼へと吐き出してしまった。
悪い夢の中に囚われているとしても、リゾットの存在に縋りたいままに、彼の服を掴む指は自身で解く事は出来ない。
私の絶叫のような話し口を聞いたリゾットは一度頷いた後、彼自身の服へと食い込んだ私の指を解く。私は抵抗したかったがそれは出来ず、唇をきつく結んだままに、彼へと睨むような険しさの視線をやった。
そしてリゾットは、一言も言わぬままに部屋を出て行ってしまった。私の指先に温もりさえ残さぬままに。
私は子供のように大声を上げて泣いた。
「……何故、そこまで泣く」
てっきりそのままアジトを出て行ってしまったかと思ったリゾットが、数分も空けずに扉を潜り直す。彼の姿を捉えた目で、何故と言葉も発せぬままに問えば、その答えを静かな口調で返してくれた。
「今夜の任務に俺は出向かない。お前もだ」
どうやら、代わりの者を手配して来たらしい。それに私は呻いて、大声にならないように抑えながらも泣き声を漏らした。
響かない足音は暗殺者のそれ。彼はベッドの側へと近づき、そのまま伸ばされた腕は、私の肩口を押した。その力に抵抗する術も無く背中からベッドへと沈む。そして間も空かずに私の視界をシーツが覆った。
「休め」
「……悪夢の中で、悪夢を見るの、なんて、目に、見えてます」
身を捩りながら、被せられたシーツを口元まで下げる。そして寝るのは嫌だと、子供の様に駄々を捏ねた。いや、自分にしたらその程度のものではない。拒絶だ。
上を見つめ細めた目からまた一線を描いて涙が零れた。
ギシ、と軋んだベッドに私は天井を見ていた目を横へと向ける。ベッドの端へとリゾットが腰掛けていた。
何だ。と、思いながら彼の顔を窺う目を、視界を、直ぐに塞がれた。瞼の上に感じるのは彼の掌の体温で、私の顔の大半を覆ってしまった彼の手の大きさに、性別の違いを強く感じた。
「リーダー……止めて、下さいよ」
「お前が眠りに就くまで止めない」
眠りに就くだなんて、恐ろしい。寝入ってしまった後、彼が、リゾットがまた死んでしまったら……?そしてまた今日という悪夢の日が繰り返される。何度も何度も、繰り返す。
重ねてきた悪夢が脳裏に浮かび上がり、身体が震えた。震える睫毛は彼の掌に触れている。
掌の下の、私のそんな状態を察したのかリゾットは続きのような言葉を紡ぐ。
「……眠りに就いても、側にいてやる」
掌越しに私へと口付けを落としたリゾットとその言葉に、私の疲れに疲れた心身は限界を訴えて、そのままに意識を眠りの淵へと沈め込んだ。