はっと息を呑み、私は肩を跳ね上がらせた。
脳裏に広がる残酷な映像と、見開いた自身の目に映る現実に混乱したまま心臓が脈を荒く刻む。待て、脳裏の残酷な映像だって現実のものだ。では、今此処に在る現実はいったい……。
思わず力を込めた指先では、紙がくしゃりと音を立てて皺を作る。音の出所に反射で目を向ければ、私の手の中にあるのは任務に関する書類で、視線を目の前へと向けると怪訝な表情のリーダーがいた。
そう、リゾットは確かに私の目の前にいる。映像が、現実が、交じり合って酷く混乱する。
「……具合でも悪いのか?」
「ッ」
尋ねられたそれに大丈夫だと答える為に開いた口を、瞬時に自身の手で覆い私は駆け出した。声にならない絶叫と、胃から込み上げるものを吐き出す為だ。頭と胃の中で何かがぐるぐると渦巻く。現実の視界にも、どす黒い血を付着させたリゾットの姿が被って見えたからだ。
「……ッぐ……ぇ……!」
朝食に食べた何かが、中途半端に消化された姿を私の見下げる視界へと晒した。
冷たくなった指先が震えて、水を流す為に動かすのが困難だ。それでもそこに指を引っ掛けぐいっと下ろせば、自身の吐寫物は水流に混じり流されて行った。
胃液で焼き付き痛む喉のままに、意味の無い呻きを吐き出す。と、扉をノックされる音が響いた。答えを挟む前に続けて響いたのは、リゾットの声。
「他の者と代わらせる。お前は休め」
「っ!」
それに抗議の声を上げようとして顔を上げて、私はまた顔を伏せることになる。響いたリゾットの声にまた浮かんだ映像に、再度私は込み上げた吐き気に抗うことが出来ずに嘔吐した。
自身の吐寫物で汚れた衣服を処理し終えた私は、熱いシャワーを浴びても震えの止まらぬ身体でベッドへと潜り込み、一人己の身体を抱き締めた。
今頃、リゾットと、私の代わりになった誰かが任務を遂行しているであろう。
私はあの時、抗議の声を上げようとした。それでも、この様な状態では足手纏いでしかないだろう。シーツをきつく握り締め、行き場の思いを吐息と共に吐き出した。
今は、心身の回復に努める事が先決だ。明日にまで引き摺るわけにはいかない。彼に、迷惑を掛けるわけには、いかない。
悪夢を見てしまいそうで怖気付く自分を叱咤して、固く瞼を閉じた。
二時間程度睡眠を取った私は、水分を求めてリビングへと降りた。
そこには、通話の終えた携帯電話を片手に悲痛な面持ちのメローネが佇み、私はそれに胸騒ぎを覚えながら、彼へと視線を定めた。
彼は私と数秒視線を合わせたままに沈黙を守り。やがて、薄く開いた唇で言った。
「……リーダーが、死んだ」
目眩がした。震える足で立つ事も儘ならず崩れ落ちた私へと、メローネは続ける。
「同行してるプロシュートも重症らしい。俺、迎えに行くよ」
「っ私も!」
「駄目だ。ソナタは此処に残るんだ。……あんたは、見ない方がいい」
「メローネ!」
「既にソナタが知る姿じゃないんだ……」
目が回り、眩む。平衡感覚に異常を覚えたまま、視界に移るものが歪み合い、色が混じりマーブル状。
床へと崩れ落ちていた私は、重力に抗えなくなり、上半身さえ床へと打つけることになる。固く冷たい衝撃のはずのそれは、粘着質な泥土のように私の身体を受け容れた。暗転。