Requiem | ナノ






 私の目と鼻の先で、打つかった衝撃に彼の肢体は本来の方向とは逆に折れ曲がり、千切れた部位からは鮮血と白い骨を覗かせていた。

 リゾットが、私の目の前で死んだ。
 嘘だと思いたいのに、頭の片隅では冷静に即死だと告げる誰かがいる。誇り高い暗殺者は呆気無く交通事故で最期を迎えたんだよ、と。

 自身の口を片手で覆い、もう片手をその上へと重ねる。反射のまま身を屈すれば、腹の底から胃酸が込み上げて来て、そのままに喉を焼きながら口内へと溜まった。抑えたが耐え切れず、覆った手を口から除き地面へと突いて、身体の反射のままに胃液を吐き出した。
 吐寫物が地面から跳ね返り私の服を汚す。でもそれ以上に私の服は、元々彼を構成する一部だったもので汚れている。私の頬からズルリと落ちた物が地面へと打つかる。それを目に入れた瞬間私はさらに嘔吐した。

「リィ、ダア……?」

 見開かれたままの瞳の黒が私の意識を飲み込んで、私は自身の吐き出した吐寫物の溜りへと身を沈めた。




 ゆっくりと持ち上がる瞼に朝の日差しが問答無用に飛び込んで来る。私はベッドから飛び起きた。

「……ッ!?」

 荒く刻む脈拍に己の襟元をきつく握り締め、ギョロリとした目を部屋へと彷徨わせる。此処は紛れも無く自身の私室であって、私は脳裏に反復された光景に両の手で顔を覆った。深く息を吐き出す。

「なんて、夢見の悪い……」

 何度か深呼吸を繰り返し、最後のそれだと長めに吐き出したものは安堵を含めていた。
 夢で、リゾットが死ぬのを見た。私はそれにより酷い顔色だ。
 私と彼とは所謂上司と部下の関係でしかないのだが、私にとっては彼は淡い恋心を向ける相手であって、そんな彼の死に様を夢で見るだなんて、堪ったものではない。どうせ見るなら偽りでも、思い人同士になりたかった。

 私は頭を振り、ベッドから降りた。身支度をせねばならない。今日はリーダーと組んでの任務で、遅れを取るわけにはいかなかった。




「顔色が悪いようだが」

「大丈夫です」

 無事終えた任務の帰り道、終始顔色の悪いままだった私を見下ろしながら彼は言った。
 私も彼も返り血を浴びぬようなスタンド能力を持っていて、人を殺した帰りには見えない。
 血の染みの一つも無い彼の衣服の黒を見つめながらも、脳裏では夢で見た赤を思い出していた。あれは返り血ではない。あれは、彼自身の血だったではないか。

「ソナタ、無理をするな」

「……してません」

「倒れられても困る」

 その言葉は彼が私の身を案じるというものではなく、私が倒れることによって本来私の受け持つはずであった任務を、誰かに回さなければならないために出てきたものだろう。私は顔色の悪いままに溜息を吐く。
 互いにアジトへと帰る足を止めぬままに、ぽつりぽつりと言葉を零す会話をする。もし彼と思い合うことが出来たら、ここに違った雰囲気を生むことが出来るのだろうか。
私は俯いて首を振った。

「ソナタ」

 リゾットの口が私の名を紡ぎ、私はそれに顔を上げた。
 彼の唇がその後に続くものを紡ぐ前に私と彼とを襲う衝撃は、見たものより遥かに大きい。
 静寂の中に飛び込む劈くような衝突音と、その後に上げる私の音の無い悲鳴を深夜が呑み込んだ。

 本来の方向とは逆に折れ曲がり、千切れた部位から除く白い骨と、嗚呼、そうだ。……夢で見た血は目が覚めるように鮮やかな赤だったけれど、現実のそれはどす黒いではないか。

 ぐるりと反転するように私の意識は失われた。暗転。