書き上げた文字の真横に、万年筆のペン先からぽたりとインクが落ちて私は思わず眉を寄せた。一息吐いて背を反らす伸びをすれば骨が軋んで音を鳴らし、それが室内にいるもう一人の人物の溜息と重なった。反らした背のままに天と地が反転した視界へとその人を入れると、彼は呆れた顔で私を見て再度溜息を吐く。
「で、アンタは今日もその男に会いに行くってのか?」
「私は何時も通りカフェで微睡むだけ。会いに行くんじゃあなくて、メローネが会いに来るのよ?イルーゾォ」
「締め切りを守ってくれるのは有り難い。だが、作者が行方不明だとか犯罪に巻き込まれるのはゴメンだよ」
「心配してくれるの?」
「連載中の小説の結末をね」
逆様の担当者へと舌をべーッと出して見せた。
しがない小説家をやっている私は原稿を取りに来た担当の男、イルーゾォへとメローネとの出会いから今日に至るまでの事を話して聞かせていた。と言っても、一週間足らずの事であるが。
話の当初は私の無用心さに顔を青褪めていた彼だが、私が話し終えた後に手渡した原稿を読んだ彼は、その顔に呆れを浮かべるのみとしていた。
「メローネ、だっけ?そいつの賜物なんだろ。何時も以上に惹き込まれる出来だ」
私の作品の愛読者でもあるイルーゾォはそう言って、溜息を押し出した。私はにんまりと笑って返し勢い良く体制を前へと戻すと、既に乾いていたインクの染みへと指先で触れながら、浮かんだアイデアを彼へと口に出す。
「それの結末を書き上げた後の話だけどさあ」
「えーと、暗殺者達の?」
「そうそれ。メローネの名前を拝借しようかなあ。ついでに、イルーゾォも出すけど」
「……それはちょっと、嬉しい」
視界の端で確認した時計の指針は、カフェへと向かう時刻を差していた。
初日はスケッチブック上のみにあった私の姿は、今やキャンバス上へと描かれていて、淡い色彩まで乗せられている。きっと、今日完成するだろう。嗚呼、完成してしまうだろう。それでも、それだから、私は今日もあのカフェへと向かうのだ。
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