お手を拝借 | ナノ






 ――で、どうする?変な奴だが、こいつは使える。――あぁ、オレの勘だ。――だろ?――ハンッ!――直に連れて帰るが構わねえだろ。――任務は無事完了だ。切るぜ、リーダー

 そうして、通話を終えた男が携帯を仕舞うその手から私は視線を外せない。男の、多分弟分であろう男が戸惑いの表情を私へと向けてくるが、そんなのに構ってる暇があるなら、彼の手を網膜に焼き付けたいのだ。
 手の持ち主である男が、流れる様な動作で腕を此方へと伸ばした。私の視線が釘付けになっているその手が、指を使い私の顔の向きを右に左にと動かし、また正面へと戻す。触れている決め細やかな肌を持つそれにホゥと恍惚とした表情を浮かべる私に、男も満更ではない様子で口唇を引きゆがめた。弟分だけが落ち着きない視線を彷徨わせている。

「あ、兄貴ィ……」

 その場の雰囲気に堪えきれないのか情けない声で兄貴分を呼ぶ男。それに対して目の前の男は車を回して来いと指示を出した。その言葉にこの場から逃げるように慌しく駆け出す男を尻目に、私は今後の事に付いて考える。どう見ても堅気には見えない男に、電話の内容。なんだか自分から面倒事に突っ込んでしまったが、男の手のことを思うと全て許容範囲内だ。兄ほどには平穏であることに拘りの無い私は目先の事ばかり。

「名前は?」

「あ、吉華です」

「ジャポネーゼか?」

 私は男の質問にうんうんと頷いて見せた。その後に会話は続かず、車が回されるまで男と私は沈黙を守ったままだ。その間中、男が名乗っていないのは特に気にせず私の意識は常に男の手に注がれていた。

 
 漸く手に釘付けの意識が逸らされたのは、男に連れて行かれるままに着いたその先だ。憶測だが、彼等のアジトだろう。手を引き一人放り込まれたその部屋で漸く夢中になっていた手から意識を外したのだ。
 放り込まれたことで、床に無様に膝を突いた私に部屋にいた男が視線を寄越した。数秒目が合ったが、私から視線を外す。おっと、彼もなかなか良い手をしている。方向性の違いの為に自分の趣味ではないが、と数時間の間に私の思考回路は『手』に乗っ取られていた。
 何時までも床に座り込んでいるわけにもいかず、私は男に促されるでもなく進んでソファへと座った。依然外されぬ視線をそのままに質問され、それに正直に受け答えをすること数分。男にドン引きされた。プロシュート、だっただろうか……?兎に角、彼の『手』に惚れこんだ事と受けた感銘を事細かに答えたことにあるのだと思う。一度された、堅気の人間か?という質問をもう一度された事もその所為だ。

「…………まあいい、使える人材ならな。……メローネ、そこにいるのは分かっている。こいつを連れて行け。……お前の同類だ」

「あー、ばれてたか。はいはい連れて行きますよっ、とー」

 ガチャリとドアノブを回し部屋へと入ってきた男に目を向ける。奇抜な外見と滲み出る歪んだ性質に、これと同類……と少しばかり嫌気が湧いた。そして男に引き摺られる様に部屋を出た私はきっと兄も吃驚!暗殺チームの一員となってしまったわけだ。いやほんと人生分からないものだし、世間は物騒だ。ちょっと観光に来たらアッサシーノに出会ってしまうだなんて。依然男に引き摺られるまま私は手の質感を思い出しては恍惚状態を維持していた。





「……メローネに次いで面倒な奴が増えた気がするんだが」

「やたらと惚れ込んでるのは便利じゃねえか」

 男、リゾット・ネエロは疲れたような溜息と共に呟いた。それに対し紫煙燻らせながら答えたプロシュートに、彼は訝しそうな目を向ける。

「お前に、惚れ込んでるわけじゃあないだろ」

「手にしたって、オレに違いねえだろ」

 プロシュートは自身の右手を振るいハンッ!と鼻で笑った。彼の自身に満ちた言動にリゾットの目は左上を向く。その眼球動作から先程見たものを思い出していることが分かり、寄せられた眉根が多少の不快感を表している。

「…………堅気らしいが、完全に犯罪者の顔をしていたぞ」

「あ?」

「お前の手が如何に素晴らしいか説く時だ」

「あぁ。……なかなか可愛い顔してただろ」

「…………お前の感性を疑う」


 暗殺チームのリーダーは増える厄介ごとに頭が痛いとばかりにこめかみを揉み解して深い溜息を吐くのだった。