シャクリ。艶やかな赤の表皮は齧りついた歯により削られ、その内からは熟して黄色に色付いた果肉がその身を覗かせている。抉られた身につつぅ、と果汁が滴る。それはその完璧なフォルムを辿るように、緩やかに、なだらかな角度を描く肌を重力に従いながら伝い落ちる。手首に浮く血管の流れを知りつつも存ぜぬとばかりになすがままに伝うそれは、やがて肘の所で捲くられたシャツで遮られその身を隠してしまった。ああ――。
「――あの果汁に、私はなりたい」
「うわぁ……」
「あ、いたんだイルーゾォ」
自身の背後で声を漏らしたイルーゾォに首を捻りながら言ってみれば、引き攣った唇で彼は言った。「いたもなにも、俺ら今の今まで次の仕事の打ち合わせしてただろ……」そうだっただろうか。そうだったかもしれない。それでも、記憶を司る器官に詰め込みたい情報は今の今まで見ていたそれただ一つなのだ。即ち、プロシュートさんの手である。
「今日も良い日になりそう。ね?」
「……俺はもう何も言うまい。そんなので一転任務に就いたら抜かり無いだなんて、人は分からないもんだな」
「仕事終わりに完璧な手を見る。最ッ高!の、瞬間」
「同意仕兼ねる」
「残念」
欲を言えば、あの手を何時も鑑賞出来るように肌身離さず持ち歩きたいのだが、そうなると方法が切り落とすしかなくて、そんなことをしてしまえば腐食の道を抗うことが出来ず、何れあの芸術品は朽ち果ててしまう。そんな愚かしい真似、出来るわけがない。誰かさんはそれを推奨しているようだが。
「……あ」
「何だ?侵入経路についてか?」
「よく考えたら、私のスタンド能力使えば腐食は防げるんだった」
「……何の話?」
「切り落としたら腐っちゃうから今の今まで踏み止まってたって話」
「主語は、手?」
「うん、プロシュートさんの」
「……俺、プロシュートに逃げろって言ってくるから」
唯でさえ青っ白い顔色を一層悪くしたイルーゾォはプロシュートさんのいる方へと歩み出そうとしている。それをぼんやりと見ながら脳裏に浮かぶのはやはり手で、反射により無意識な反応を動きで見せるその様や、不意打ちのような戯れの皮膚の触れ合いを思えば、自身の上唇と下唇の間には薄っすらと隙間が出来ていた。少し熱い吐息と共に押し出した言葉は自身のものだ。
「やっぱり、切り落とすの駄目」
「うん、俺もそう思う」
自身の頭を撫でてくれたあの時の手の体温を思い出したら、自然と頬が緩んできた。やはり、切り落とすだなんて選択肢は端から存在しないのだ。
「何だかその笑みが恐い」
「なあに?イルーゾォの手を切り落としてあげましょうか?」
「許可しないッ!」
「冗談に決まってるじゃん」
だって、イルーゾォの爪には噛み痕が残っている。お話にならない。
(con brio)
(-生き生きと)