お手を拝借 | ナノ






※メローネ視点


 アジトのリビングにあるソファ。其処でプロシュートが寝ている。長い足をソファの端から放り出して、片手は自身の閉じた両目を覆うように、もう片手はだらんと床の方へと投げ出されている。あいつ、ターゲットを寝ずの見張りの徹夜明けだっけ?何日間だかは知らないが、一日二日の生易しいもんじゃなかったってのは推測出来る。あのプロシュートたる男が、無防備に其処で寝入っているんだからな。

「……!」

 プロシュートの指が時折、ピクリと動く。その様に無言で悦に入った表情を浮かべるのは、勿論吉華だ。彼女は身体を床へと伏せて、自身の両手で頬杖を突きながら、プロシュートの手に魅入っていた。決してプロシュートを起こさぬように、声を荒げないが、偶に押し込めなかった悦に入った笑い声が唇の間から漏れている。まったく、俺よりヒドイ奴が来るだなんて思わなかった。

 ぅうん。

 プロシュートが掠れた声を漏らした。普通の女だったら、子宮に響くだろうその声に、クラクラとすることだろうに。吉華はやはり、その手に浮く血管を視線で辿っては、ホゥと桃色の吐息を押し出してみせるのだ。やべぇ、こいつは俺よりやべえ。

 そういえば、と俺は不意に思い出した。自身が此処へと足を踏み入れた理由を、だ。リーダーがプロシュートを呼んでいる。つまり、俺に呼んで来いという指令。さてさて、俺はどうするべきか。可愛い可愛い――笑うところだ――妹分の、至福の時を奪うか否か。そんなの、考える必要も無かったかな。

「おーい、プロシュート。リーダーが呼んでるぜ!」

 俺は眠りを妨げるには充分な声量を持って、プロシュートへと呼び掛けた。勿論、吉華が凄まじい形相で俺を振り返るおまけ付き。俺は素知らぬ顔で口笛なんて吹いて見せる。
 覆う片手の下で、プロシュートが瞼を開けたらしかった。瞬きを数回繰り返し、やがて上半身を起こす。吉華が、ァア!と言いながら手を視線で追う。

「メローネの馬鹿!」

「三十分前から呼んでるぜ」

「遅ぇよ」

 プロシュートは豪快に欠伸をして見せた。まったく、端正な顔立ちの男ってのは何をやっても似合うもんだ。ま、俺もだってのは知ってる。言動が残念だってのも、知ってる。止めるつもりは毛頭無いがね。
 さて、プロシュートは何時もはきっちり結い上げている髪を、今は解いていたらしい。僅かに乱れた髪へと指先から手の平を差込み、これまた豪快に、それでいてきっちりと梳く。ソファから放り出していた長い足。革靴の先から床へと着き、すらりぃと立ち上がる。ソファの背面へと預けていたジャケットを無造作に手に取り羽織ったプロシュートは、三十分前からの呼び出しに出向くらしかった。

「じゃ、リーダーによろしくぅ」

「メタリカを喰らうのはてめぇだぜ」

 上半身を起こして、両手の平は床へと着いたまま。下半身はぺたりと座り込み、あとは縋るような視線を、プロシュートの手へと向けていた吉華。
 その彼女の頭へと、当たり前のような流れで、プロシュートは手をやった。髪を撫で梳かすような動きのそれに、吉華は暫し呆気に取られた後、まるで絶賛麻薬使用中の人間の様な、とろりぃとした艶やかな光をその眼に宿していた。

「俺にはプロシュートの気が知れないな」

 それにプロシュートは鼻で笑うだけ。俺はその背を見送った後、吉華を見た。俺と同じ様に背を見送る吉華。ほんと、俺にはまったく分からないな。プロシュートたる男が、一人の女にお熱だなんて。あぁ、勘違いするなよ。あいつが浮気性だって話じゃあ無い。

「吉華、俺良い仕事したよな?」

「うん、今ならメローネの手に一回だけ頬擦りしても良いよ」

「あー、……お願いしようかな」

「冗談に決まってるじゃん」


 最ッ高に可愛い妹分だよな!



(Che carino!-マァ!カワイイっ!)